書籍レビュー:『ファインマン物理学を読む 力学と熱力学を中心として』著:竹内薫

★★★☆☆

生徒さんに面白い物理の授業をしたいのでファインマン物理学を読みたいのですが、いきなり読んでも太刀打ちできないだろうから、先に概論を読んでおくことにしました。原書は無料で公開されていますがチャプター1だけ読んだところで時間が無くて続きを読めていませんし。

ファインマン物理学は1冊400ページくらいのものが5冊もある大著です。著者の竹内薫さんは物理学者で、いかにファインマンさんが優れた学者なのかよく分かっています。良い手引書です。ですが、体系だっていないので結局「ファインマンさんはすごいんだぜ!」ということが理解できる、ということが最大の収穫となりました。ほかには

・相対論、量子力学はノリノリで書いているが、磁力については苦しい

・量子コンピュータは面白いらしい(が、肝心の内容については説明が雑でよくわからん)

・エネルギーとは何か、とは、物理学では説明できない

・物理学は実験して測定して理論を裏付けるから、計算が超大事

ということを学びましたが、各トピックの内容がペラいので消化不良です。長いけど5巻セットを読んだ方が満足度が高いだろうと予想されます。

 

もうこのシリーズはお腹いっぱいなので、高いけど買うしかないですね


書籍レビュー:『その後の不自由』著:上岡陽江・大嶋栄子

★★★★★

薬物・アルコール依存症を持つ女性をサポートするための施設「ダルク女性ハウス」を主な舞台として、主に「トラウマからの回復」について書かれた本です。共著者の一人上岡陽江さんはダルク女性ハウスの代表で、自らも依存症の経験を持つ方でした。

依存症は、「家族の中の緊張関係」が大きな原因になることが多いです。家庭に何らかの問題があるのに、子どもが「自分が頑張らなきゃ」という思いを抱いたり、「家の恥」などが足かせになって外に相談できない。すると、子どもは外に出せない痛みを和らげるために、何らかの依存症になる。痛みを受けた人は、自分の痛みがわからなくなります。痛みを認めると死んでしまうからです。依存症は生きのびるための手段です。このメカニズムは以前読んだ本にも書いてありました。本書には、自分の痛みや他人との距離の取り方、他人への相談のやり方が分からなくなってしまった人が、どうやって回復していけばよいか、が書かれています。回復というよりも、その人に本来備わっていた、生きていく力を獲得するための指針を示す本、といった方がいいかもしれません。

本書で繰り返し述べられているテーマとして「回復とは、回復し続けること」というものがあります。心の傷は、外科処置のように「悪い場所を切り取ったからもう大丈夫!」というようにはいきません。いや外科処置でも予後は長いので同じことでした。傷も病気も完治というものはないので、一生スパンで、どうやって傷と付き合っていけばよいかが問われます。人生は長いので好調不調は必ず周期的に訪れますが、大波がやってきても船の漕ぎ方が分かれば転覆しないですみます。

ぼくは家庭に大問題はありませんでしたが、11年の結婚生活は、本書に書かれている大問題のある家族そのものでした。元配偶者との関係は対等ではなく、ほぼ、母子関係と同然だったということがわかりました。そういえばぼくの他人との距離の取り方は、ゼロか無限遠になりがちです。

また、親に生きるための知恵をほとんど教えられてこなかったので、何もかも自己流でやらざるを得ず、そのせいか自分の体の状態の把握がいまだにできません。加えて、痛みを認めると倒れてしまう状況でしばらく生きてきたので、痛みには鈍感です。近頃、周りの人たちの助けのおかげで、水分補給ができるようになったり、疲れたら休めるようになってきました。回復とは、回復し続けることでもあるし、生きる力を獲得し続けることでもあるんでしょうね。


書籍レビュー:『今日から使える物理数学』著:岸野正剛

★★★★★

物理数学を平易な言葉で解説することを目指したと思われる書籍です。

これ1冊で

  • 微分方程式
  • ベクトル解析
  • 複素関数
  • フーリエ解析

のエッセンスをざっと掴むことができる、という野心的な本でした。数式は理工学系のカタい教科書の半分以下、でも意味分からん省略はされてないし、したとしても必ずフォローが入っている親切な本で、非常に読みやすいです。しかも力学、電磁気学、量子力学(ちょっとだけ)で実際に使われている場面にも触れることができます。数学でよくある執拗な厳密さはなく、ひたすら「数学はこうやって使うと楽だよ!便利だよ!」と数式を道具に使うことに徹することを学びました。

物理数学のイントロとしては最適だと思います。ぼくは複素関数やフーリエ解析を大学で学習する前に退学してしまったので、なんとなく理解するために役立ちました。250P程度の紙面では限度があるため、4分野の他の詳しい書籍も読んでみないといけないでしょう。

 

 

次はこれ



書籍レビュー:『力学の考え方』著:砂川重信

★★★☆☆

120ページしかないし力学のおさらいに良いかと思ったのですが、あまりお勧めできません。力学の基礎~慣性モーメントのあたりは直感的でそれなりに面白かったのですが、終盤の波動~解析力学のあたりは数式が難しいし説明は飛びまくりで、逆に難しく感じました。

ときどき砂川先生が内容を大きく離れて物理について熱く語るのが印象的でした。こんな風に物理のことを好きになれたらいいなあと思いますが10年くらい学習しないと無理

物理屋は、考えられる無数の微分方程式の中から、神の意図したただひとつの微分方程式を選び出し、それを自然法則と認める。これが物理学者の仕事である。このように無限の可能性の中から、ただひとつの微分方程式を選び出す才能は、真白なキャンバスの中から微妙な曲線を取り出す画家の芸術的才能に類似している。(P18)

 

 

最初の一冊には次の本を読むのが良いと思います。

レビューも以前に書きました

書籍レビュー: 苦しいことは良いことだ 『力学 (物理入門コース1)』 著: 戸田盛和

 


書籍レビュー:『つながりの作法―同じでもなく 違うでもなく』 著:綾屋 紗月, 熊谷 晋一郎

★★★★★( ºωº )

自閉症スペクトラム者(本書では「アスペルガー症候群」と記載されています)の綾屋紗月さんと、脳性まひの熊谷晋一郎さんの共著です。本書では書かれていませんがお二人はパートナーだそうです(Wikipediaより)。

本書は「つながり」について書かれた本です。綾屋さんと熊谷さんの身体的なつながりの疎・密の過剰の話から始まり、社会的なつながりの話へ展開して、いかに適度な「つながり」を模索してゆけば良いのか、方法論と分析、試みについて書かれています。

一つのテーマは「当事者研究」です。当事者研究とは

自分の身の処し方を専門家や家族に預けるのではなく、仲間の力を借りながら、自分のことを自分自身がよりよく知るための研究をしていこうという実践(P102)

と定義されています。

自閉症、脳性まひなどに限らず、マイノリティは当事者運動やグループを作り、いままでマジョリティに抑圧されていた自らのアイデンティティを再定義することができますが、いったん当事者がカテゴライズされてしまうと、用語やカテゴリーが硬直化し「お前はほんとうの自閉症じゃない!」という本質主義に陥る恐れがあり、またせっかくマジョリティからの圧力から逃れたのに、グループができればそこで力関係が発生し、新たな圧力が登場することは必至です。

二人は現代フェミニズム(上野千鶴子さんの言説だそうです)を例にとり、カテゴリーとは「常に暫定的なもの、差異化をして絶えず線を引き直さなければいけないもの」と捉えます。これを実践するのが、当事者研究である、と主張します。簡単に要約すると、安全なコミュニティの中で「語り」と「解釈」を繰り返すことで普遍的なパターンを見出し、一方では変えられない差異を見出したりする活動のことなのですが、具体的な実践活動がどのようにされているかについては、本書を読んでみてください。

ここからは個人的な感想です。

綾屋さんはあらゆる刺激を等価に受け取り、あらゆる情報が大量にインプットされ、それらを統合することができず、頭がフリーズしてしまうそうです。

ぼくもアスペルガーの診断を10年近く前に受けていますが、外界の刺激についての情報の感じ方は綾屋さんとは逆で、情報量が極端に少ないのです。脱水症状も熱中症も疲労も全部「眠い」で済ませてしまうし、色や質感の感覚にも乏しいし、文章内で形容詞をほとんど使いません。数名から言われましたが、ぼくの文章を読んだ人は堅くて淡々とした印象を受けるそうです。なので綾屋さんの文章は、第一印象では、言いたいことはよく分かるのですが冗長で読みずらく感じました。熊谷さんの文は論理構造があらかじめ決まっていると思われる四角い文章なので、すらすら読めました。

ところが綾屋さんの書いた第6章は死にたいスパイラルに落ち込むまでの過程が超詳しく書かれていて、当事者研究でいう所の「部分引用」にあたる言葉が頻発し、落ち込みました。そのまま外出したら、外界の音や意味や光や色が怖くなりました。人の顔を見るのも厭だし、咲いてる花や葉の色が眩しいし、立て看板や広告の文字をみると不安になるし、音楽を聞いていても腹が立つ。

ぼくは小さいころ、感覚過敏でした。雷が鳴れば光が怖くて座布団3枚の下に顔を隠したし、ドラクエやFFのエンカウント音と光が怖くてプレイできなかったし、寝室にチクタク言う時計があって毎日眠れませんでした。

感覚過敏は大きくなると治るとよく言われますが、ぼくも中学生くらいから症状が治まっていきました。しかしこれは治まったのではなくて、「感覚を殺して無視するようにした」のだと気づきました。具合が悪くなると、感覚過敏が蘇るからです。あらゆる色や匂いや音が襲ってくる感覚は、ぼくにもあったのでした。忘れていました。体力のあるときは、感覚過敏があると生きづらいので、無意識下で感覚をねじ伏せてしまえるのでしょう。しばらくして調子が良くなると、ハイコントラストで針が振りきれ切っているような世界はどこかに行ってしまいました。

そんなことが分かったので久しぶりに★5+をつけました。良い本です。

 

参考文献

当事者研究の実践書。本書に引用されていたセリフに印象深いものが多かったので、ぜひ読んでみたいです。

 

これも近いうちに読みたいです。


書籍レビュー:『微分積分(理工系の数学入門コース 1)』著:和達三樹

★★★★☆

微分積分の復習用です。

厳密さはガン無視して、微分積分の最低限の知識を身に着けるのに最適です。これ1冊でイプシロンデルタ法から多変数関数の微積分、無限級数までほぼ網羅的なおさらいができます。巻末には公式集もついており至れり尽くせり、数学をツールとして使う工学系学生にとってはもってこいの1冊です。

昔、大学で指定図書だった「解析入門」はガチガチの理論書で、足し算とはこういうものだと公理にしておきます、というレベルから話が始まるため、計算ができるまでに超大な推論の回り道を抜けないといけなくて、ぼくにはまったく理解できませんでした。本書のような概論を先に読んでおけばよかったですね。

 


書籍レビュー:『入門線形代数(放送大学テキスト)』著:隈部正博

★★★★☆

放送大学で使われているテキストです。放送大学はよい教授陣が揃っているので、テキストは概してよくまとまっています。

著者の隈部先生の授業で以前に数学基礎論をとったこともあったので、信頼してこのテキストで勉強しました。初学者にも読みやすく具体例を頻繁に交えながら書かれており、かつ一般性を失わないように行列をn次に拡張した場合の証明もなされており、幅広い読者が読むことのできるテキストです。大学時代は機械的に行っていただけの行・列基本変形の意味、階数・次元や線形独立・従属、線形写像のあたりの説明は分かりやすく、授業で大いに役立てることができました。

しかし先生の体力が途中でなくなったのか、終盤3章の固有値、基底変換、対角化については全然ページが割かれておらず、そこだけが残念です。他の本で補う必要がありそうです。


書籍レビュー:『躁と鬱』著:森山公夫

★★★☆☆

著者は1934年生まれの精神科医、陽和病院元院長、現名誉院長の森山公夫さんです。2014年刊行です。

著者は、単極性のうつ病というものは存在しないという立場に立っています。躁とうつはいずれも、「焦燥→努力→焦燥…」「孤立→焦燥→孤立…」といったスパイラルを形成する点、24時間生体リズムの崩壊であるという点で同じであり、これらが循環をなして躁うつ病を形成すると言っています。

躁うつ状態を日常からの「転調」と捉え、吉本隆明やシェークスピアなどを引用して美しい躁うつ病理論を構築したことは見事というほかなく、読み物としては面白いのですが、じゃあ具体的にどうすりゃいいんだというと「寝ろ」「生活リズムを整えろ」くらいしか言及がありませんでした。それができてたら苦労せんわ!!

著者は薬物療法にも懐疑的で、それはそれでよいのですが、対症療法しないなら患者本人の深層心理に向き合って長い対話を続けていくしかないことは以前読んだレインの本にも書いてあったのに、対話についてはぜんぜんページが割かれていませんでした。

病気を理解するには、概念を作って言葉を割り当ててあげないと、治療するにも雲をつかむようだしデータの蓄積もされません。偉大なる先人たちによって医学用語が定義されていったから今日の医療があることは分かります。分かりますが、それでも本書はやや概念論に傾き過ぎている気がしました。それから、文章がわかりにくいです。わりと致命的です。わからなくて上手くまとめられませんでした。

Amazonレビューでも、患者さんに「思弁的にすぎる」と書かれていました。やっぱそうだよねー

関連書籍

精神科医がうつ病になった本だそうです。

主人公が孤独からリズム崩壊していく話だそうです。


書籍レビュー:『金閣寺』著:三島由紀夫

★★★☆☆

京都旅行に行ったとき金閣寺に寄らなかったので、どんな寺なのかなと思って読みました。1950年の金閣寺放火事件をモチーフとした小説です。三島がマッチョになりかけている途中で書いた小説らしいです。彼の長編作品を読むのはこれが初めてです。

主人公はきもいです。金閣寺に妄執と言っていいほどの執着があります。これから女性と初体験というときに、彼にとっての永遠の美の象徴である金閣がイメージとして現れ、不能になるという設定でした。しかも2回も。この設定自体きもい。クライマックスでは金閣の美について何Pにも渡って饒舌に語られ、ぼくは高校の同級生でNHK教育テレビの出演者や番組について長々と説教を垂れてくる友人のことを思い出しました(彼はいい人です)。

三島の日本語は美しく精緻ですが、ぼくには理解力や感受性が足りず、高尚な美について理解できませんでした。巻末の解説で「三島はその溢れる言語宇宙できもい人間を的確に描写してるんだぜ!(意訳)」と書いてありましたが本当なんでしょうかね。

現代が舞台だったら主人公はオタで、永遠の美=二次元キャラに翻訳されるであろうと思います。想いのままの妄想をぶつけられる点で金閣とよく似ています。世界的文学作品にこんなこと言ってごめんなさい。あと金閣にもごめんなさい

大槻ケンヂが三島にハマってた理由がよくわかりました。

サウンドはいいんだけどなぁ。。


書籍レビュー:『あたらしい自分を生きるために アサーティブなコミュニケーションがあなたを変える』 著:森田汐生

★★★★★

ぼくは自分の気持ちを伝えることが苦手です。言語表現能力が足りないことも理由の一つですが、もっと深刻なのは「言ってはいけないのではないか」という思い込みがあることです。例えば体調が悪くても「心配させてはいけないから言わない」という選択肢を選んでしまうことがあります。

これは間違っていました。

本書に登場する概念「アサーティブネス」とは、「相手も自分も大切にして気持ちや意見を伝える(P10)」ことです。

アサーティブネスの「4つの柱」として、本書では次の4つが挙げられています。

①誠実であること……自分の気持ちに嘘をつかず、いやなことはいや、うれしいことはうれしいと、自分で認めてもよい、と考える。気持ちにフタをしない。「私はどう感じたか」を伝える。

②率直であること……伝えたいことを相手に伝わるように伝える。相手にわかるように伝えるためには、「もっと家事を手伝ってほしい」と曖昧にではなく、「ゴミは、改めて頼まなくても毎朝外に出してほしい」のように、具体的に話す。

③対等であること……誰に対しても、目上でも目下でも、社会的立場が強い人にも弱い人にも、対等に話す。自分を卑下しない。③は、アサーティブネスがアメリカの公民権運動や女性解放運動から生まれたことに由来します。

④自己責任を持つこと……言葉と行動を一致させる。できないと思ったら「できない」、途中で気持ちが変わったら「気持ちが変わった」と、率直に言う。

「体調が悪いことを言わない」のは、アサーティブネスに照らすと①(つらいのにつらいことを隠す)③(心配させない、のは相手を対等と思っていない)の2点に違反しています。

アサーティブネスは権利と責任をコインの裏表に例えています。「責任を取る覚悟ができた上で、初めて権利は行使でき」、「自分に『まちがう権利』を認めるのなら、まちがえたあとの責任をどうとるかを考える必要があります(P34)」。自分で考え、正しいと思った権利を行使して、その結果も正当なものとして引き受け、自分も相手も尊重しながら次のステップに進める、クリエイティブで健全な姿勢だと感じました。

この本には感心しましたが、よくよく考えるとパートナーが毎日実践していました。見習います。