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高校の時生物が苦手でした。覚えることが多く暗記ばかり、計算が無いしイメージできず辛い。世界史と並んで毎回赤点寸前の劣等科目でした。もちろん大学入試には使わず、うっちゃっておいた領域の一つです。
しかし食や環境の本を読むにつけ色々な主張の生物学的根拠に一々疑問を持ってしまい、本当にそうなんけ、間違ってるんとちゃうんかい、一体どこまで妥当なの?と考え生物学の必要性を痛感しました。その後いろいろ物色してこの本に辿りつきました。
本書はLIFEという向こうではポピュラーな生物学テキストの抄訳です。 MITでは全員(生物学専攻以外の学生も含む)がこの教科書で学ぶそうです。
本シリーズ全5巻で、この教科書の約半分をカバーします。第1巻である本書では生物の基本のキである細胞を取り扱う、「細胞生物学」というタイトルがついています。
生物すごすぎ
内容は見事というしかありません。いや生物学が専門の人から見たら物足りないとか翻訳がダメとか言うんでしょうが私のような生物初心者にとっては最大級のインパクトがありましたよ。生物すげぇ!
まず丁寧な図解。しかもカラー。文字だけではわけのわからんカタカナ語の羅列にしか見えない複雑な反応系が図に落とし込まれることで脳に優しい形に変化し、葉緑体のホラーな生物工場っぷりやファゴサイトーシスのキモさ、クエン酸回路の美しさや膜内タンパク質の不気味さを存分に味わうことができます。
そして生物の奇跡。超蝶々複雑であると同時に美しくキモく絶妙なバランスで安定を保つ完璧な構造をしています。人間がどんなに頑張って作業ラインを組み立てたって敵いそうにない最強の物質生産・消費工場です。しかもこれがあらゆる生物の微小な細胞一つ一つに備わっているなんて!何十億年という地球環境の厳しさによって絶え間なく破壊され続けてもそれに抗って生き延びてきた生命の所業ということなんでしょう。
空気を読む細胞
(以下は生物学に詳しい方にとっては当たり前の内容です)
最も感動したのは好気呼吸における正のフィードバック・負のフィードバックの仕組みを読んだ時でした。
好気呼吸をざっと説明します。我々が炭水化物や脂肪類を食べると唾液や胃酸などでグルコース(ブドウ糖)に分解され、それが各細胞に行き渡ってエネルギーに変換されます。細胞内では次の図のような複雑な反応が行われています。これは単細胞生物のような原核生物を除いた全生物ほぼ共通です。
呼吸 – Wikipedia
目が痛くなりそうな図ですね。細胞内ではまずグルコースを炭素数半分のピルビン酸*2に分解し(解糖系、上図の左半分の反応)、それをミトコンドリア内のクエン酸回路(上図の右下の反応)に放り込んで二酸化炭素まで分解します。グルコースに蓄えられていたエネルギーは解糖系とクエン酸回路で各種物質と結びついたH+として化学的に保持された後、これらはミトコンドリアの電子伝達系(上図の右上の反応)を通じて大量のエネルギーを生み出します。
こんな超複雑な化学反応を連続して安定的に起こすためには、バーのマスターなんか目じゃないくらい各種物質を絶妙な割合で混合し、しかもその状態が恒常的に持続する必要があります。どれか1つの中間物質が少なくなる・過剰になるだけで、分子のバケツリレーが止まり細胞は死にます。おそろしい。
生物はフィードバック機構という化学的な仕組みを取り入れこの問題を解決しました。すべての反応には酵素が関わります。酵素とは化学反応を円滑に進めるための生体触媒です。矢印一つ毎に別々の酵素が関わっていると考えて良いです。好気呼吸においては、各所の産生物がいろんな場所の酵素にくっつき、反応速度を速めたり(正のフィードバック)、遅くしたり(負のフィードバック)するのです。
サブページ 1
上図は負のフィードバックの例です。例えるなら、ドラえもん(上の図の最終産物D)を量産する工場があったとします。ドラえもんを1日100体製造するペースを保ちたいのに、今日は組み立てラインの工員(上の図の酵素Ⅰ~Ⅲ)が頑張りすぎて正午なのに80体も製造してしまったとします。すると最終産物であるドラえもん自身が「お前ら働き過ぎ!休め!」と言いながら工員にくっついて邪魔をします。以後はラインの速度が低下し1日100体という計画をずれることなく見事操業時間を終了することができました。これが負のフィードバックです。
最終産物自らが酵素に働きかけ、自立的に物質の流れを制御する…なんてエレガントで美しいの!感動しました!いわば細胞内の物資たちが勝手に空気を読み、永遠の秩序を保つわけです。空気の読めない発達障碍者のみなさん、あなたが生きているということは、あなたの身体の中の物質は立派に空気読みまくってるわけですよ!誇ってください!
ざわざわする
このような奇跡は一方で危うさを感じさせます。ちょっとバランスが崩れたら死ぬんじゃないか。実はその通りで、1カ所の酵素が機能不全であるだけで慢性的な難病になることが多いのです。バランスが崩れるの怖い。すぐ死ぬ。同じことは宇宙に関する本を読むたびにも思います。地球があと少し太陽からはなれていたら寒くて死ぬし、少し近づいていたら焼け死んでる。本質的にスケールのでかい本を読むといつも気分がざわつきます。最悪の想像ばかりしてしまい、ああ1秒後に死ぬかも。次の瞬間に世界が終わるかも。という気持ちになります。我々は無数の奇跡の上に生きていると強く感じさせられる本でした。
化学知識と原書
本書の欠点は高校程度の化学の知識が必須であることです。私はたまたま化学で大学受験したので何とか読めましたが、そうでないと厳しいでしょう。
でも原書には化学の基礎知識の章が1つもうけられてますね。
Life: The Science of Biology
Part One. The Science of Life and Its Chemical Basis
- Studying Life
- Small Molecules and the Chemistry of Life
- Proteins, Carbohydrates, and Lipids
- Nucleic Acids and the Origin of Life
さすがは1冊で独習できる書の揃ったアメリカ。ちゃんと完結していてすばらしい。いずれ原書も読んでみたいものです。訳者がこの本を読むのは化学を高校で勉強した人間だけだぜって仮定したからなのか、紙面の都合(こっちかな)で大事な1章をばっさりカットしたことは欠点の一つです。
しかしそんな欠点なんぞ全く気にならない内容でした。すばらしい。生物すごすぎる。まじすげぇ。まずはこのシリーズを5巻全部読破することが目標です。
全部読み終わったらこれかな。
16200円1728ページ!!たけーーー。なげーーーー。
原書は10版がすでに出てるじゃん!買うならこっちだね。でも3万円。死ぬ。100ページ当たり約200円と考えれば安いかも。でも一度に15冊大人買いするのと同じ意味だからやっぱり死ぬ。アメリカamazonでは絶賛されています。