書籍レビュー: エジプト人はいい迷惑、あと人死に過ぎ 『旧約聖書 出エジプト記・レビ記』

口語訳聖書(新約および旧約 索引)

★★★★☆

 

だいたい本1冊分くらいになったので一度レビューを加えます。日課でつけているtwitterに書いたまとめを自分で読み返してみました。1日260文字程度とはいえ1か月で8000文字くらいになるのでかなりの量ですね。

 


 

自作自演の脱出劇

「出エジプト記」は前半がモーセの誕生、神とエジプト王との対決から例の海を割る有名なシーンを通したユダヤ人の脱出まで、後半は宗教的行事の細かい定めを中心とした神のおことば全集です。

前半は神話的でダイナミックです。特に神がエジプト王に様々な嫌がらせをしてユダヤ人を追いだすように仕向ける逸話の数々は、カエルやイナゴを大量発生させるなど想像力を刺激される話が多いです。といってもエジプト王は頑固なので神の嫌がらせもエスカレートして、長子が全部死ぬとか国中が腫物の病気になるとか凄惨なものになっていきますが。。

で、エジプト王が頑固なのは、神がわざとそうしている、ということが作中に何度も出てきます。つまりこの嫌がらせ合戦は神の自作自演なのです。神の言い分はこうです。

そこで、主はモーセに言われた、「パロのもとに行きなさい。わたしは彼の心とその家来たちの心をかたくなにした。これは、わたしがこれらのしるしを、彼らの中に行うためである。また、わたしがエジプトびとをあしらったこと、また彼らの中にわたしが行ったしるしを、あなたがたが、子や孫の耳に語り伝えるためである。そしてあなたがたは、わたしが主であることを知るであろう」。

―出エジプト記10章1~2

つまり神の物語を作るためにエジプト中を大混乱に陥れ、家畜や人間殺しまくってるってわけです、大迷惑!神学的には一体どのような解釈になっているのか興味があります。

不必要なほど詳細な儀式の指定

後半は儀式のやり方が中心ですので正直言って退屈です。やれ幕にはあれ使え、器具は金を何タラント使えだの、そんな記述が延々と続くのです。たとえば祭壇に置く燭台についての指定はこんなものです。

また純金の燭台を造らなければならない。燭台は打物造りとし、その台、幹、萼、節、花を一つに連ならせなければならない。また六つの枝をそのわきから出させ、燭台の三つの枝をこの側から、燭台の三つの枝をかの側から出させなければならない。あめんどうの花の形をした三つの萼が、それぞれ節と花をもって一つの枝にあり、また、あめんどうの花の形をした三つの萼が、それぞれ節と花をもってほかの枝にあるようにし、燭台から出る六つの枝を、みなそのようにしなければならない。また、燭台の幹には、あめんどうの花の形をした四つの萼を付け、その萼にはそれぞれ節と花をもたせなさい。すなわち二つの枝の下に一つの節を取り付け、次の二つの枝の下に一つの節を取り付け、更に次の二つの枝の下に一つの節を取り付け、燭台の幹から出る六つの枝に、みなそのようにしなければならない。

ー出エジプト記25章31~35 (まだ二倍くらいの似たような記述があるよ!)

執拗なくらい詳細な規定が大量に書かれています。現代に生きているユダヤ教では一体どれほどこの戒律が守られているのでしょうか。

強力な汚れ思想

レビ記も出エジプト記も後半と同じく、1巻まとめて全部法律書的です。主に罪祭や燔祭などの儀式の執り行い方と、「汚れ(けがれ)」思想について書かれています。

「汚れ」思想は今の私たちから見れば極めて迷信的で、不合理です。病気のもの、とくにらい病(らい病ではなく重度の皮膚病を指しているという説もあります)患者への「汚れ」の烙印は強力で、触った人間も汚れたことになるし、キチガイ的に詳細なお祓いの儀式をしなければいけないし、病人が出た家は壁を削って専用の廃棄物処理場に投棄しろと書かれているほどです。大地の治療が必要でふ!

またほとんどの面で女性は男性より汚れていることになっていますし、ラストで出てくる「値積もり」とやらでも、女性は男性より価値が低いことになっています。私達の常識からみれば許されないことではありますが、彼らの価値観ではこれは当然のことなのであって、批判する権利は私たちにはありません。当時はそれなりの合理性があったのであろうと思います。

死に過ぎだろ

律法には「~すると死ぬ」という記述が非常に多く出てきます。聖書は「民のうちから断たれる」などというもう少し上品な表現が使われていますが、まあ死ぬんです。死にます。

まとめに入れたものだけでもこれくらい死にます。

  • 聖なるシナイ山に触れると死ぬ(出エジプト記19章)
  • 父母をのろうと死ぬ(21章)
  • ケンカして相手を殺すと死ぬ(21章)
  • 魔女は死ぬ(22章)
  • 異教徒は死ぬ(22章)
  • 祭司が神に指定された服を着ないと死ぬ(28章)
  • 祭壇に捧げる薫香や油を私的に作ると死ぬ(30章)
  • 安息日に働くと死ぬ(31章)
  • 偶像を作るとみんな死ぬ(32章)
  • 神の顔を見ると死ぬ(33章)
  • 主に捧げた肉を3日以上経ってから食べると死ぬ(レビ記7章)
  • 自然に死んだ獣の肉を食べると死ぬ(7章)
  • 祭りを行っている7日のうちに祭司が幕屋を出ると死ぬ(8章)
  • 異教の祭りをすると死ぬ(10章)
  • 幕屋の前まで持ってきた動物をささげなければ死ぬ(17章)
  • 動物の血を食べると死ぬ(17章)
  • とにかく主の言うことを聞かないと死ぬ(18章)
  • 子供をモレク(異教の神)に捧げる者、口寄せや占い師を慕う者、父母をのろう者、隣人やこの妻と姦淫する者、同性愛者、獣姦する者、きょうだいの裸を見る者、生理中の女と寝た者、父母の姉妹を犯すもの、は死ぬ(20章)
  • 7/10の贖罪の日に悩まないと死ぬ(23章)
  • 神をのろうと石打ちで死ぬ(24章)
  • 奉納物を譲渡すると死ぬ(27章)

これによれば私も3回くらい死んでますね。ユダヤ・キリスト教徒はスぺランカー並みに死にやすいんじゃないかと心配です。

 

モレクやケルビムなどいくつか分からない言葉を調べていたら、聖書ほぼすべてについて詳細に解説をしてくれているありがたいサイトを発見しました。初見の印象を大事にしたいので聖書を全部読んでからになりますが、いずれ読んでみます。

Logos Ministries | ロゴス・ミニストリー


聖書まとめ 旧約聖書「レビ記」

続いてレビ記です。今のペースだと全部読み終わるのに残り1年くらいかかりそうですね。


聖書まとめ 旧約聖書「出エジプト記」

旧約聖書を読もうと思ったのですがあまりの物量に圧倒されてしまったため、時間を味方につけることにしました。1日2章分をノルマとして少しずつ読んで、140字に強引にまとめてtwitterに放流する作業を1か月ほど続けています。昨日出エジプト記とレビ記を読み終わったので、振り返りも兼ねて一気に貼り付けてみます。

 

初めの方の「神ブログ」というのは聖書って神が書いたブログっぽいなぁと思ったからです。文字数の無駄になるので後々省きました。

 


CDレビュー: Oliver Messiaen Complete Edition – Catalogue d’oiseaux, Livre 1-3 (CD5)

★★★★☆

 

鳥シリーーーズ1

5~7枚目のピアノ曲はすべて「鳥のカタログ」です。メシアンは前衛的な曲の探求がいやんなっちゃって、次は鳥の探求を始めることにしたそうです。「鳥のカタログ」は全7巻13曲、3時間30分に及ぶ大作です。

 

1枚目の収録内容は次の通りです。

 

・第1巻
第1番 キバシガラス(黄嘴烏、Le Chocard des Alpes)
キバシガラス

キバシガラス – Wikipedia

ボヘーンホヘーンとぶっきらぼうな和音が多く確かにカラスのように聞こえます。

 

第2番 キガシラコウライウグイス(Le Loriot)

鳥のカタログについて〜キガシラコウライウグイス – KEN Diary (アナリーゼしてる!すげぇ。。)

小柄な鳥ですので単音でピチピチ鳴いています。かわいい

第3番 イソヒヨドリ(磯鵯、Le Merle bleu)
イソヒヨドリ

イソヒヨドリ – Wikipedia

23cmほどの小さな鳥ですが12分半ほどのかなり壮大な曲となっており野太い幻想的な声です。

 

・第2巻
第4番 カオグロヒタキ(Le Traquet Stapazin)

http://www.woodpecker.me/bird/slaty-b_flycatcher/cover.jpg

キツツキの探鳥記

丸くてかわええっすね。旋律のような鳴き声が多く、このCDの中では一番メロディー性が高いように感じました。14分半の尺の中では絶望的な展開もあり一体どんな思いを持ってこの曲を書いたのかしのばれます。

 

・第3巻
第5番 モリフクロウ(La Chouette hulotte)

Tawny wiki.jpg

モリフクロウ – Wikipedia

フクロウといえばハリーポッターですね。あれはシロフクロウという奴らしいです。ホーホーって感じはしませんが、見た目通りモフモフした音があちこちに入ります。夜のハンターというイメージのする曲です。日本では残念ながらこいつを野生でみかけることはできないそうです。

 

第6番 モリヒバリ(L’Alouette lulu)

Woodlark57.jpg

モリヒバリ – Wikipedia

渡り鳥です。13-15cmとかなりの小型。チリチリとちっちゃい声が続き瞑想的な演奏です。弾く方も聴く方も大変だこりゃ。

 

どれもフランスでよくみられる鳥だそうです。4番目のカオグロヒタキが一番良かったので動画を貼っておきます。

www.youtube.com

 

 

クラシックの他のCDレビューはこちらです。


書籍レビュー: 昔の人の精神に感服『名著復刻 日本児童文学館 23トテ馬車 ほか5冊』 著:千葉省三ほか5名

★★★★★ヽ( ε∀ε )ノ

児童文学読まなきゃ

いくつか小説を読んで考えました。

私はそもそも子供のときに全然物語を読んでいませんでした。せいぜい道徳の授業中に内職して授業でやらない所ばっかり読んでいたくらいのものです。あとは小5の時図書室にあった「吾輩は猫である」を猫か面白そうと読んで挫折した記憶しかありません。今思えば無理に決まってるのですが。なんつーかこの、想像力の源泉のようなものが全くないんですよね。無から有を生み出すことはできません。種を蒔いておかなければ刈り入れはできません。

ですので、まずこども向けの物語をたくさん読むことからやり直さないといけないと考えました。幸い家にはこども向けの本が大量にあります。折に触れて、ガンガン読んでいこうと思います。家にある本を全部読めば、精神年齢15歳くらいまでは取り戻せるのではないかと思います。

そこでまず手に取ったのがこのシリーズ。いつだったか神保町で捨て値で売られていたもので、明治大正昭和の名著を復刻して出版したという非常に意欲的なシリーズです。執筆陣は尾崎紅葉、幸田露伴、小川未明などかなり気合の入った面々です。

家にあったのは次の5冊でした。全部読みました。

  • 28 塚原健二郎 七階の子供たち
  • 20 江口渙 かみなりの子
  • 23 千葉省三 トテ馬車
  • 25 槇本楠郎 赤い旗
  • 15 浜田廣介 大将の銅像

このシリーズ、文字のカスレ具合から巻末の書籍広告まで本当に当時のまんまでスゲェです。表紙はどれも凝っていてキレイだし、人気がないので手垢もついてないし、二重箱のものが多いので中身の保存状態も完璧。100年くらい前の本がそのまんま新しくなったような感覚です。もちろん旧字旧仮名遣いですが、こども向けなので全ルビつき。難しすぎて読めない漢字が出てきても安心です。

ふつくしい

5冊とも本当に文章が綺麗でした。明治大正昭和初期って、商業的要素は無視してこどもに最高の物語を読ませてやろうと意気込む人間が沢山いたんですね。どの作品からも、こどもに対する真摯な態度が伝わってくるのです*1。一番感動した「トテ馬車」収録の「高原の春」の文を引用します。現代仮名遣いに直します。舞台は、高原に引っ越してきた小学校高学年くらいの主人公が善ちゃんという利発そうな子と友達になり、仲良くなってしばらくした春、善ちゃん自慢の湧水を探して高原に向かうときの描写です。

丘の裾には、紐のように、水草が柔らかく茂っていた。その水路を伝わって、十間ばかり進むと、もう小さい谷はおしまいで、そこに、誰かが造ったような、きれいな泉があった。柔らかい水苔だの、青笹が、縁かざりのように丸くそのまわりを取り巻いている。右も、左も、すべすべした草丘で、ただ正面に、灌木や雑木に小松の混じった明るい林が、くさびの形に丘の上から泉まで落ち込んでいる。日の光が、水を透きて、底の砂を金色に光らしている。モッコン、モッコン、湧き上がる水が、その金色の砂を絶えず揺り動かしている。そして、あふれて、音を立てて、水草の中へ流れていく。

水は、かんろのように甘くて冷たかった。私たちは、泉に口を付けて、お腹一杯飲んだ。それから、少し離れた猫柳の蔭へ行って、草の上にのびのびと寝ころんだ。

真白な、綿のような雲が、いくつもいくつも浮かんでる。動くのか、動かないのかわからないほど静かだ。

私は山のふもとの田舎の出身なんですが、ゲーム漬けであまり自然には親しんでおらず、上記のような光景は記憶にかすかに残る程度です。こんな綺麗な描写を読まされると山の中を何時間でも探検したくなってしまいます。今後も自然描写がある度に私の中の何かが掻き立てられ想像力が逞しくなっていくかもしれません。と言うのも私は現在ほとんど家から出られない状況にあるからです。それくらいドキドキしながら読むことができました。なお、この描写の前には善ちゃんが主人公という友達ができて嬉しくてしょうがなくてひたすら走ったりばーちゃんに突進したりエネルギーに満ちていてああ眩しい眩しすぎるよと感じさせる描写もあります。「トテ馬車」はあとがきで、ほぼ作者の千葉省三さんの回想で作られていると書いてありますので、描写もリアルになるわけです。

プロレタリア童謡って

もう一つぶっ飛んでいたのは「赤い旗」です。作者の槇本楠郎さんは早くに無くなっているので、青空文庫に原本がありました。

図書カード:赤い旗

何となくマルクス臭のするタイトルですが、開けてみればやっぱり「プロレタリア童謡」を自称していました!しかも過激!

 ではみんなよ、はやおおきくなつて、きみたちも勇敢ゆうかんなプロレタリアの鬪士とうしとなつて、きみたちやきみたちのおとうさんおかあさんをくるしめてゐるやつらをたゝきのめしてくれ!

前文です。かなりアレですね。

メーデーごつこ

一人ひとり
二人ふたり
みんな

長屋ながや子供こども
みんな

おいらははらがへつた
をつなげ
まちのまんなか
ねりあるかう

メーデーごつこだ
勢揃せいぞろ

おそれな
みだれな
前進ぜんしん

誰がやるんだこれ、、

 

なわとびうた

一つとんだ
    とんだ
なにがとんだ
    とんだ
  むらからさと
  ×いはたがとんだ

二つとんだ
    とんだ
なにがとんだ
    とんだ
  ×いはたうへ
  てツぽだまがとんだ

三つとんだ
    とんだ
なにがとんだ
    とんだ
  お×の屋根やね
  かまつちがとんだ

四つとんだ
    とんだ
なにがとんだ
    とんだ
  まつ
  てんまでとんだ

五つとんだ
    とんだ
なにがとんだ
    とんだ
  邪魔じやまになるものは
  なにもかも、ほらとんだ

よくこれくらいの伏字で済んだものです。これで縄跳びしろってか!!

 

あとがきは次の文章です。

図書カード:プロレタリア童謡の活用に関する覚書

僅か數行、或は單に一行一句が直ちに×の掲ぐるスローガンに結合させ、即ち「×の思想的政治影響の確保、擴大」を結果づけるところの、「×動、×傳、組織の言葉」ともなり得るのである!

とか

とにかく政治的鬪爭に身を置く同志達は、ややもすれば從來藝術的鬪爭を輕視しがちであつた。これは誤りである。吾々の藝術は「政治的鬪爭」を前提としての「藝術アート」(技術アート)ではないか! それ故私は特に兒童に向つてはこれを強調せざるを得ないのだ。藝術の利用を考へよ! 藝術は活用されてこそ眞に「武器」となり得るのだ! そして「童謠」は兒童藝術中の粹である!

とか読むと、当時アカが取り締まられたのもやむを得ないのではないかと思いました。

 

あーもっと読まなきゃ

 

 

全巻2000円台なんて衝撃プライスですね。児童文学は死んだ。

*1:後述の1冊は方向性がアレですが真摯であることに変わりはありません


書籍レビュー: 人々は大きな物語に支配される 『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』 著: ロレッタ・ナポリオーニ

★★★★☆

 

今年初めの日本人2名殺害事件で一躍日本でも有名になった過激派テロ組織、イスラム国の本です。

イスラム教については今後の要学習テーマですがキリスト教を学んでからなのでまだ先の話なのです。しかし彼らは最近のニュースで頻出ですので一体どんな組織なのか気になって本を手に取ってみました。

2015年10月時点、トップのアブ・バクル・アル・バクダディは最近の報道で空爆を受けて生死不明の状態です。

イスラム国?IS?ISIL?ISIS?

イスラム国はISだったりISILだったりISISだったり名称が一定しません。海外メディアではISISで固定ですがこれは本書で2つの理由が語られています。それは「アイシス」と単に発音しやすいから、もう一つは略称だと「国」が入らないので彼らを国と認めたくない政治家にとって都合が良いからだそうです。

日本国内メディアが「イスラム国」なのも単に短くて読みやすいからなんでしょうね。「イラクとシリアのイスラム国」とか「イラクとレバントのイスラム国」なんて見ただけで飛ばしたくなりますね。なお本書ではあえて「イスラム国」と呼ばれています。それは「国」を強調するためです。

当社の強み

21世紀初頭、2001年に911アメリカ同時多発テロが発生し「アルカイダ」「タリバン」が流行語となりました。ちょうど高校生の頃でライブ映像で2台目の飛行機がビルに衝突する映像を見てしまったことを覚えています。あれから14年が経ち台頭してきたイスラム国は、アルカイダと大きな違いがあります。手段として武力を使うことは同じですが、大きな相違点は彼らのもつ誇大妄想ともいえる物語と、手法の近代性の2点にあるようです。

1点目は「カリフ制に則る国を作る」ということが存在意義であることです。本書では何度も出てきますが中東イスラム国家は独裁の腐敗国家ばかりですので、厳格なイスラム主義はこれらの国に絶望したイスラム民にとって大きな訴求力があります。また彼らの領土獲得手段は暴力ですが、同時に道路補修、食料配給、電力供給などのインフラを強力に整備するという大きな特徴があります。内戦続きで崩壊しまくっているイスラム諸国にとってどれだけ魅力があることでしょう。

カリフ(ムハンマドの後継者たる預言者のこと)を掲げるなんて、生活に密着した歴史的なロマンたっぷりな物語で人々を釣るやり方ですね。カリフを日本で言うと征夷大将軍とか天皇みたいなもんだと思います。しかし日本には武士がいないので「将軍復活!」を掲げるテロ集団を立ち上げても支持は得られなさそうですね。没落士族の多かった明治時代ならウケたかも。「天皇を再び現人神に」なら愛国人が賛同しそうですがやっぱり人数が限られるかな。今や宗教の全くない日本じゃ無理ですね。人々に共通する強力な物語がないと。

2点目は日本でもよく知られていることですが、SNSの有効活用です。youtubeで首切り動画をばらまき、twitterで瞬時に全世界に魅力的なメッセージを発信します。

「欧米を支配しているのは銀行だ。議会ではない。おまえたちは、それを知っているはずだ。自分が一つの駒にすぎないこと、臆病な歩兵に過ぎないことに、お前たちは気づいている。だから自分のこと、自分の仕事のこと、家族のことしか考えない…それ以外のことには何の力もないと分かっているからだ。しかしいま、ジハードが始まった。イスラムの声を聴くがいい。イスラムは自由をもたらす。」

イスラムが自由かどうかは置いておいて前半はその通りですので、こんなメッセージがfacebookなんかで流れてきたら欧米のイスラム人を刺激することは間違いないです。

PLOという先例

実はイスラム国には先例があります。パレスチナ自治区です。彼らの代表PLO(パレスチナ解放機構)はテロビジネスで金を儲け、インフラ構築して定住し、いまでは国連のオブザーバー国家扱いになるまで発展しました。私はPLOの成り立ちを知らなかったので驚きました。テロってそんなに金になるんだねぇ。

というのも本書によればテロは必ず後ろ盾がいるものだからです。現在主権国家は表立って戦争を行うと経済封鎖などで瞬時にして痛手を負うので、様々な国家が彼らのような武装集団を密かに武器と金銭支援を行って代理戦争させ、武力を行使するという形をとっているからです。さらに、冷戦時代はアメリカかソ連しかスポンサーがいなかったのに、冷戦が終わった近年では各国の利害が複雑になり、スポンサー国家があちこちに出現して武装集団にとってはありがたい状況です。おかげでイスラム国も金を掻き集め短期間で大きくなることができました。

カリスマ統率者は必要か

最後に、アラブの春とイスラム国の違いについての筆者の言及が鋭いです。アラブの春はイスラム国と同様にSNSを使って広まり、世論を盛り上げて一定の変革をもたらしたように見えましたが、エジプトの軍部再クーデター、シリア内戦の泥沼化などいずれも失敗に終わりました。一方、SNSを効果的に利用したイスラム国は今のところ成功しているように見えます。これを筆者は、前者が個人の自主的な集まり、後者が求心的リーダーによる統率に依拠していることへの違いと見ました。自主的な集まりでは、メンバー間の関係性や交流により翻弄されてしまうから、と。なるほど歴史的に見てもカリスマに率いられた集団は強いです。ヒトラーしかり、天皇しかり、キリスト教の神しかり、、この論点からすれば、個人からなる日本の反安保同盟は失敗します。現に失敗しそうです。

でも、アメリカの手先なの?

ちなみに私が時々読んでいるあるジャーナリストによると、イスラム国はほぼアメリカの傀儡であり、中東の紛争恒久化(軍産複合体が儲かる)のために意図的に過大評価されているという見方もあります。メディアの使い方が洗練されすぎているので、米国が関わっていると考えるのは自然っちゃ自然です。

何が真理なのか私には全く分かりません。本書は短いながらも複雑で、所々重要な論点だけ抜き出してみましたが全体としては混沌としていてまとまりのない印象を受けました。単に私の知識と理解力が足りないだけなのかもしれません。国際情勢については、歴史を勉強したあと100冊くらい本を読まないとだめそうです。。

 

 

参考書籍

 

やっぱこれ読まなきゃダメだな

国際紛争 原書第9版 -- 理論と歴史

国際紛争 原書第9版 — 理論と歴史

  • 作者: ジョセフ・S.ナイジュニア,デイヴィッド・A.ウェルチ,田中明彦,村田晃嗣
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  • 発売日: 2013/04/20
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 イスラム

イスラーム世界の論じ方

イスラーム世界の論じ方

 

 

 いつか読みたい中田考

日亜対訳 クルアーン――「付」訳解と正統十読誦注解

日亜対訳 クルアーン――「付」訳解と正統十読誦注解

  • 作者: 中田考,黎明イスラーム学術・文化振興会,松山洋平,中田香織,下村佳州紀
  • 出版社/メーカー: 作品社
  • 発売日: 2014/08/02
  • メディア: 単行本
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 戦争っつたらやっぱこれだけど、歴史を学んでからじゃなきゃ無理そう

戦争論〈上〉 (岩波文庫)

戦争論〈上〉 (岩波文庫)

 

 


CDレビュー: Arvo Part, Beethoven, Corigliano, Helene Grimaud(pf) – Credo (DG111 CD22)

★★★★☆

111 Years of Deutsche Grammophonの22枚目です。けっこ―新しいCDですね。2004年発売のものです。

ジャケに写ってるピアニストのエレーヌ・グリモー(1969-)さんはフランス生まれのピアニスト。ところがユダヤ人です。お決まり過ぎ。ピアニストはユダヤ人でないといけない法則でもあるのでしょうか。動物生態学を学ぶ共感覚者だそうですから、メシアンとかぶってますね。彼女はオオカミの生態が専門だそうですので、そのうちオオカミの曲を作ったりするかもしれません。楽しみです。

クレドが惜しい

1曲目はジョン・コリリアーノ(1938-) という作曲家の「ファンタジア・オン・オスティナート」。捉えどころのない曲調ですが途中に突然ベートーヴェンの交響曲7番第2楽章が挿入される謎曲です。

次はベートーヴェンのピアノソナタ17番「テンペスト」。か、かたーーい。あんたブレイクかけられて徐々に石化にでもなってるんとちゃうのか。と思うと学校の階段をヒョイヒョイ昇るように進んでいくこともあるしよくわかりません。ベートーヴェンのソナタは人気曲だけに演奏者によってずいぶんと印象が変わりますね。

3つ目はまたベートーヴェンで「合唱と管弦楽のための幻想曲 ハ短調 作品80 《合唱幻想曲》」。合唱と言ってるものの合唱は最後の最後にしか出てきません。第9にとても近い曲です。いい曲ですね。

ラストはアルヴォ・ペルト(1935-)の「クレド」。アルバムのタイトル曲ですのでこのCDのキモです。序盤は派手寄りな教会音楽っぽいのですが途中から不穏な雰囲気が漂って行ったあとに一気に爆発する中盤の大音量カオスゾーンで私は爆笑してしまいました。ビアノぶっ壊れてるし志村音割れすぎ!で、ラストにバッハの平均律クラヴィーア1番(アヴェ・マリア)をまるまるトリビュートしてシメるというとても変な曲でした。

彼なりの思想を持つ曲なんでしょうがアヴェマリアの部分はいらないんじゃないんかねぇ、と私は感じました。中盤で終わってたら超がつくお笑い曲だったのになぁ。

 

ニコニコ動画にこの演奏のクレドが上がってますね。

 

※日本版はクレド終盤元ネタのバッハの曲が別収録で入ってます

 

クラシックの他のCDレビューはこちらです。


CDレビュー: Pachlbel, Bach, Handel, Vivaldi – Musica Antiqua Koln, Goebel – Baroque Favoiltes (DG111 CD21)

★★★★☆

 

古楽器を作って演奏

DG111の21枚目です。ラインハルト・ゲーベルという古楽専門の指揮者に率いられた、ムジカ・アンティクワ・ケルンというアンサンブルが演奏します。

曲目はパッヘルベルのカノン、ヘンデルのソナタ、ヴィヴァルディの「ラ・フォリア」、バッハの管弦楽組曲第2番です。パッヘルベルのカノンはおなじみですよね。

 

古楽器でお楽しみください

www.youtube.com

古楽器は今の楽器と異なる音がして面白いです。ピアノはこの時代にまだないのでチェンバロのポロポロした音が歯切れ良いですね。弦楽器も今のヴァイオリンとは違い、ヴィオラ・ダ・ガンバなんて洒落た名前がついています。古楽器アンサンブルは徹底してますから専用の楽器を作って演奏してます。

ヴィオラ・ダ・ガンバ – Wikipedia

ジャケットの左端の人が持ってる縦笛っぽいものなんでしょうね。

 

個々の曲で言えばヴィヴァルディの曲が緩急がきつくて展開しまくりで一番燃えますね。日本では徳川吉宗が改革していた頃にこんな曲が演奏されていたかと思うともやもやワクワクする気持ちです。

www.youtube.com

 

昔の曲は比較的パターンが決まっていて単調になりがちですがこのCDは解釈が現代的で一様でない面白い演奏だと思いました。たくさん聞いてみると色々発見がありそうです。

 

 

クラシックの他のCDレビューはこちらです。


書籍レビュー: 無知は高くつく 『カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 第3巻 分子生物学』 著:デイヴィッド・サダヴァ他

★★★★★

 

第三巻は分子生物学。細胞間情報伝達、遺伝子組み換え、遺伝子病と癌、免疫、発生が大きなテーマです。やはり図表が豊富で、非常に分かりやすい優れた本でした。

本書も知らないことだらけで驚きの連続でした。内容は実際に読んでいただくとして気になったテーマを取り上げていきます。

においは分子

私たちが匂いを嗅ぐとそれは脳に伝わり、美味しそうな匂いや不快なにおいなどを識別することができます。これは、鼻の匂い受容体に匂い分子が付着することにより、イオンチャネルが開いてカルシウムとナトリウムが細胞内に流入し、電位差が生じて神経に電流が走り、これが脳に伝わることで匂いを感知しているということだそうです。

人体の仕組みはもちろん驚くべきですがこれを読んでちょっと参ったなあと思ったのは匂いが分子であるということです。匂いって、熱とか音波みたいになんとなく物体から発せられる実体のない「気」みたいなものだと思いませんか?私はそのようなイメージでした。ところが受容体に分子が結合しないと匂いを感知できないということは、ウンコから出た匂い分子は鼻腔内の受容体に結合するということです。つまりウンコからはものすごい勢いで匂い分子が発散しているのです。すぐ隣に毎日律儀にウンコする猫が常に控えている身としては彼らの匂い分子を毎日鼻腔に結合しまくっているのだと考えると複雑な気持ちです。

免疫システムについて。リンパ管が全身を巡っていることは知っていましたが図解で見せられるとざわりとするどころかぞぞっとします。人間が管でできていることを見せつけられると人間の概念が変わっていくような気持ちがします。医者というのは人間を見る目が普通人とどこか違うと思います。私も生物学の本は一生かけてたくさん読みたいので人間に対する認識が変わっていくでしょう。

HIVこわい

おなじみHIVウイルスは人間の免疫システムを破壊するふてえ野郎という程度の認識しかありませんでしたが、本書で読んでさらに恐ろしいものと分かりました。

HIVには潜伏期間というものがあります。人によってまちまちで感染から発現までに8~10年かかるそうです。この潜伏期間というのが曲者で、HIVウイルスに感染した当初は免疫機構がHIVウイルスを病原体と認識して、大部分をやっつけてしまうことができるそうなのです。ところがHIVウイルスは免疫のうちのT細胞に感染するという特性があるため、完全には排除できません。で、潜伏期間の間にすべてのT細胞に徐々に徐々に感染していき、最終的には全T細胞が機能不全になった時はすでにHIVウイルスも他の病原体も退治する能力は失われていて、ここではじめて発症する、というメカニズムだそうです。まるで死へのカウントダウンという感じがします。

学習はつらい

一番心を打たれたのは生物学とは直接関係のない記述でした。発生応答という、環境に応じて特異な遺伝的形質が発現するという現象(例えば、マメ科植物の長さが太陽光の量によって決まるなど)の解説の中に挟まれていた次の一説です。

動物では、学習が環境変化に対する発生応答である。この本の内容を吸収しようと格闘している人は、学習がつらいものであることが分かっているだろう、学習には多くの努力と時間が必要であり、学習中は他の有益なことをすることができない。しかし、学習は大人になってもずっと続けることができ、物理的、生物学的、社会的環境に自分の行動を適応させることが可能になる。学習は、複雑な環境システムを持つ種ではとくに重要である。これらの種の個体は、多くの仲間のアイデンティティと個別の特徴を学習し、それに応じて自らの行動を修正しなければならない。しかしながら、どんなに学習がつらいものでも、無知の方がずっと高くつくものであることを忘れないでほしい。

突然現れたこの段落に私は右ストレートを食らい歯が折れたような気持ちになりました。分からないことだらけの学習はつらいし苦しいです。しかし私はもう知らないことには耐えられません。何故なら、他人が言うことを鵜呑みにせずに自分でものを考えるためにはどうしても考える材料である知識が必要となるからです。と薄々考えていた時にこんなジャストな記述に出会って、おったまげてしまいました。無知は高くつく。肝に銘じて今後一生を過ごしていきます。

なお、本書はこの後何事もなかったかのように生物学の解説に戻っていきます。

 


CDレビュー: Jimanica×Ametsub – Surge (2007)

★★★★☆

 

電子音楽家AmetsubとドラマーJimanicaとの共演で作成された、30分ほどで終わってしまうミニアルバムです。

独特の空間描写

Ametsubの1stアルバムLinear Crypticsと同様、神経症的な繰り返しと切ない音場効果が光ります。Jimanicaのあまり人間味を感じさせないドラミングが組み合わさり、琵琶湖あたりに一人で漂いながら上空を大量の戦闘機が飛んでいくようなメランコリーで週末的な雰囲気が演出されます。

 

一番良かったのは2曲目のzebecです。

vimeo.com

気持ちいい鬱

vimeo貼ってみましたがでかいですね

 

人間的なところがないドラムはエレクトロニカに合わせるのはちょうどいいような気もしますが、もうちょっと魅力がほしいかな、、

 

 

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