書籍レビュー: 内戦してる場合じゃない『ローマ人の物語 (7) ― 勝者の混迷(下) 』 著:塩野七生

★★★★☆

スッラとマリウスの対立

7冊目です。本書のカバー範囲は紀元前88~63年まで。主人公はルキウス・コルネリウス・スッラ(前138-78)とポンペイウス(前106-48)です。特に目立っていたのはスッラでした。

ルキウス・コルネリウス・スッラ – Wikipedia

 

前回に引き続きローマ内では権力闘争がおこります。国内格差からはじまった「同盟者戦役」が平定されてすぐ、前88年にスッラは最高権力者の執政官に就任しますが、平民代表の護民官との対立が激しくなり、「同盟者戦役」の結果として成立した選挙法改革を巡って揉め、貴族側代表のスッラはクーデターを起こし、平民代表のガイウス・マリウス(前157-86)を追い出します。

ガイウス・マリウス – Wikipedia

このマリウスという人は百戦錬磨のヒーローで、彼は怒って逆にクーデターを起こし、反対派および中立派を皆殺しにして権力を奪取します(前87年)。

一方スッラは内戦のゴタゴタの隙に侵略してきたポントス王ミトリダテスを制圧するためギリシャに遠征していました。マリウスがローマの権力を得たことでスッラは賊軍となりました。しかしスッラがミトリダテスを倒す前83年までの間にマリウスは病死し、代わって権力を得たキンナをスッラが破り(前82年)また反対派を大粛清しました。マリウスに味方した部族の兵士4000名を一斉に処刑したりマリウスの子孫を皆殺しにしたり、密告制度を作って徹底的に反対派を排除しました。これで多くの人材が失われたことでしょう。争いというのは優秀な人間が必ず死にますのでいやなものですね。

結果的にスッラは絶大な権力を握ることとなり、数々の元老院(貴族)に有利な法案を通しまくりました。これはローマの帝政に繋がっていくそうです。ちなみに彼は弩級の贅沢野郎であり、モーツァルトの「ルーチョ・シッラ」というオペラで「傲慢で退廃した女好きの独裁者」として登場させられたそうです。

Lucio Silla – Wikipedia, the free encyclopedia

100000対5

後半の主役はポンペイウスで、しぶといミトリダテスとの戦いが描かれますがどの戦いもあっさり描かれすぎていてやや不満です。体制の移り変わりを描いているのだから仕方ないのかもしれませんが、ミトリダテス側の戦死者十万、ポンペイウス側の死者5人などというとんでもない戦いの様子はもうちょっと詳述してくれてもよかったかな。

ミトリダテスの軍事力が弱かったからよかったものの、弱くなかったらローマは隙だらけでぶっ潰れてますね。この戦いでローマはアジア側(今のトルコ、シリア、イスラエル)にも領土を広げ、地中海全体を制圧することとなりました。

引用

ローマ人シリーズはずっとそうなのですが、事実を抽象化した歴史の大原則とも思える言葉が書かれていることがあります。いくつか気になった言葉を引用します。

システムの持つプラス面は、誰が実施者になってもほどほどの成果が保証されるところにある。反対にマイナス面は、ほどほどの成果しかあげないようでは敗北につながってしまうような場合、共同体が蒙らざるをえない実害が大きすぎる点にある。

ローマの「元老院体制」というシステムについて述べた段落ですがこれは現代政治にも十分通用する言葉だと思いました。

ツキティディスは、著作『ペロポネソス戦史』の中で、「大国の統治には、民主政体は適していない」とまで言っている。民主制だけが、絶対善ではない。民主制もまた他の政体同様、プラス面とマイナス面の両面を持つ、運用次第では常に危険な政体なのである。

民主制の最たるものであるギリシャが実質的独裁のあと衆愚制に陥ったことを評しています。現代の何とかうまくいってる中国を見ていても民主制が本当に正しいのかどうかわかりません。これはもっと歴史を学んでいかないと結論は出せませんので、引き続き沢山読書していきたいです。

 

 

関連作品

モーツァルト:歌劇「ルーチョ・シッラ」(全曲)

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  • アーティスト: アーノンクール(ニコラウス),グルベローヴァ(エディタ),シュライアー(ペーター),バルトリ(チェチーリア),アップショウ(ドーン),ケリー(イヴォンヌ),アルノルト・シェーンベルク合唱団,モーツァルト,オルトナー(エルヴィン),ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
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なんとモーツァルト16歳のときの作品だそうですよマジ天才。かなりマイナーな曲ですね。

 


書籍レビュー: エジプト人はいい迷惑、あと人死に過ぎ 『旧約聖書 出エジプト記・レビ記』

口語訳聖書(新約および旧約 索引)

★★★★☆

 

だいたい本1冊分くらいになったので一度レビューを加えます。日課でつけているtwitterに書いたまとめを自分で読み返してみました。1日260文字程度とはいえ1か月で8000文字くらいになるのでかなりの量ですね。

 


 

自作自演の脱出劇

「出エジプト記」は前半がモーセの誕生、神とエジプト王との対決から例の海を割る有名なシーンを通したユダヤ人の脱出まで、後半は宗教的行事の細かい定めを中心とした神のおことば全集です。

前半は神話的でダイナミックです。特に神がエジプト王に様々な嫌がらせをしてユダヤ人を追いだすように仕向ける逸話の数々は、カエルやイナゴを大量発生させるなど想像力を刺激される話が多いです。といってもエジプト王は頑固なので神の嫌がらせもエスカレートして、長子が全部死ぬとか国中が腫物の病気になるとか凄惨なものになっていきますが。。

で、エジプト王が頑固なのは、神がわざとそうしている、ということが作中に何度も出てきます。つまりこの嫌がらせ合戦は神の自作自演なのです。神の言い分はこうです。

そこで、主はモーセに言われた、「パロのもとに行きなさい。わたしは彼の心とその家来たちの心をかたくなにした。これは、わたしがこれらのしるしを、彼らの中に行うためである。また、わたしがエジプトびとをあしらったこと、また彼らの中にわたしが行ったしるしを、あなたがたが、子や孫の耳に語り伝えるためである。そしてあなたがたは、わたしが主であることを知るであろう」。

―出エジプト記10章1~2

つまり神の物語を作るためにエジプト中を大混乱に陥れ、家畜や人間殺しまくってるってわけです、大迷惑!神学的には一体どのような解釈になっているのか興味があります。

不必要なほど詳細な儀式の指定

後半は儀式のやり方が中心ですので正直言って退屈です。やれ幕にはあれ使え、器具は金を何タラント使えだの、そんな記述が延々と続くのです。たとえば祭壇に置く燭台についての指定はこんなものです。

また純金の燭台を造らなければならない。燭台は打物造りとし、その台、幹、萼、節、花を一つに連ならせなければならない。また六つの枝をそのわきから出させ、燭台の三つの枝をこの側から、燭台の三つの枝をかの側から出させなければならない。あめんどうの花の形をした三つの萼が、それぞれ節と花をもって一つの枝にあり、また、あめんどうの花の形をした三つの萼が、それぞれ節と花をもってほかの枝にあるようにし、燭台から出る六つの枝を、みなそのようにしなければならない。また、燭台の幹には、あめんどうの花の形をした四つの萼を付け、その萼にはそれぞれ節と花をもたせなさい。すなわち二つの枝の下に一つの節を取り付け、次の二つの枝の下に一つの節を取り付け、更に次の二つの枝の下に一つの節を取り付け、燭台の幹から出る六つの枝に、みなそのようにしなければならない。

ー出エジプト記25章31~35 (まだ二倍くらいの似たような記述があるよ!)

執拗なくらい詳細な規定が大量に書かれています。現代に生きているユダヤ教では一体どれほどこの戒律が守られているのでしょうか。

強力な汚れ思想

レビ記も出エジプト記も後半と同じく、1巻まとめて全部法律書的です。主に罪祭や燔祭などの儀式の執り行い方と、「汚れ(けがれ)」思想について書かれています。

「汚れ」思想は今の私たちから見れば極めて迷信的で、不合理です。病気のもの、とくにらい病(らい病ではなく重度の皮膚病を指しているという説もあります)患者への「汚れ」の烙印は強力で、触った人間も汚れたことになるし、キチガイ的に詳細なお祓いの儀式をしなければいけないし、病人が出た家は壁を削って専用の廃棄物処理場に投棄しろと書かれているほどです。大地の治療が必要でふ!

またほとんどの面で女性は男性より汚れていることになっていますし、ラストで出てくる「値積もり」とやらでも、女性は男性より価値が低いことになっています。私達の常識からみれば許されないことではありますが、彼らの価値観ではこれは当然のことなのであって、批判する権利は私たちにはありません。当時はそれなりの合理性があったのであろうと思います。

死に過ぎだろ

律法には「~すると死ぬ」という記述が非常に多く出てきます。聖書は「民のうちから断たれる」などというもう少し上品な表現が使われていますが、まあ死ぬんです。死にます。

まとめに入れたものだけでもこれくらい死にます。

  • 聖なるシナイ山に触れると死ぬ(出エジプト記19章)
  • 父母をのろうと死ぬ(21章)
  • ケンカして相手を殺すと死ぬ(21章)
  • 魔女は死ぬ(22章)
  • 異教徒は死ぬ(22章)
  • 祭司が神に指定された服を着ないと死ぬ(28章)
  • 祭壇に捧げる薫香や油を私的に作ると死ぬ(30章)
  • 安息日に働くと死ぬ(31章)
  • 偶像を作るとみんな死ぬ(32章)
  • 神の顔を見ると死ぬ(33章)
  • 主に捧げた肉を3日以上経ってから食べると死ぬ(レビ記7章)
  • 自然に死んだ獣の肉を食べると死ぬ(7章)
  • 祭りを行っている7日のうちに祭司が幕屋を出ると死ぬ(8章)
  • 異教の祭りをすると死ぬ(10章)
  • 幕屋の前まで持ってきた動物をささげなければ死ぬ(17章)
  • 動物の血を食べると死ぬ(17章)
  • とにかく主の言うことを聞かないと死ぬ(18章)
  • 子供をモレク(異教の神)に捧げる者、口寄せや占い師を慕う者、父母をのろう者、隣人やこの妻と姦淫する者、同性愛者、獣姦する者、きょうだいの裸を見る者、生理中の女と寝た者、父母の姉妹を犯すもの、は死ぬ(20章)
  • 7/10の贖罪の日に悩まないと死ぬ(23章)
  • 神をのろうと石打ちで死ぬ(24章)
  • 奉納物を譲渡すると死ぬ(27章)

これによれば私も3回くらい死んでますね。ユダヤ・キリスト教徒はスぺランカー並みに死にやすいんじゃないかと心配です。

 

モレクやケルビムなどいくつか分からない言葉を調べていたら、聖書ほぼすべてについて詳細に解説をしてくれているありがたいサイトを発見しました。初見の印象を大事にしたいので聖書を全部読んでからになりますが、いずれ読んでみます。

Logos Ministries | ロゴス・ミニストリー


書籍レビュー: 人々は大きな物語に支配される 『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』 著: ロレッタ・ナポリオーニ

★★★★☆

 

今年初めの日本人2名殺害事件で一躍日本でも有名になった過激派テロ組織、イスラム国の本です。

イスラム教については今後の要学習テーマですがキリスト教を学んでからなのでまだ先の話なのです。しかし彼らは最近のニュースで頻出ですので一体どんな組織なのか気になって本を手に取ってみました。

2015年10月時点、トップのアブ・バクル・アル・バクダディは最近の報道で空爆を受けて生死不明の状態です。

イスラム国?IS?ISIL?ISIS?

イスラム国はISだったりISILだったりISISだったり名称が一定しません。海外メディアではISISで固定ですがこれは本書で2つの理由が語られています。それは「アイシス」と単に発音しやすいから、もう一つは略称だと「国」が入らないので彼らを国と認めたくない政治家にとって都合が良いからだそうです。

日本国内メディアが「イスラム国」なのも単に短くて読みやすいからなんでしょうね。「イラクとシリアのイスラム国」とか「イラクとレバントのイスラム国」なんて見ただけで飛ばしたくなりますね。なお本書ではあえて「イスラム国」と呼ばれています。それは「国」を強調するためです。

当社の強み

21世紀初頭、2001年に911アメリカ同時多発テロが発生し「アルカイダ」「タリバン」が流行語となりました。ちょうど高校生の頃でライブ映像で2台目の飛行機がビルに衝突する映像を見てしまったことを覚えています。あれから14年が経ち台頭してきたイスラム国は、アルカイダと大きな違いがあります。手段として武力を使うことは同じですが、大きな相違点は彼らのもつ誇大妄想ともいえる物語と、手法の近代性の2点にあるようです。

1点目は「カリフ制に則る国を作る」ということが存在意義であることです。本書では何度も出てきますが中東イスラム国家は独裁の腐敗国家ばかりですので、厳格なイスラム主義はこれらの国に絶望したイスラム民にとって大きな訴求力があります。また彼らの領土獲得手段は暴力ですが、同時に道路補修、食料配給、電力供給などのインフラを強力に整備するという大きな特徴があります。内戦続きで崩壊しまくっているイスラム諸国にとってどれだけ魅力があることでしょう。

カリフ(ムハンマドの後継者たる預言者のこと)を掲げるなんて、生活に密着した歴史的なロマンたっぷりな物語で人々を釣るやり方ですね。カリフを日本で言うと征夷大将軍とか天皇みたいなもんだと思います。しかし日本には武士がいないので「将軍復活!」を掲げるテロ集団を立ち上げても支持は得られなさそうですね。没落士族の多かった明治時代ならウケたかも。「天皇を再び現人神に」なら愛国人が賛同しそうですがやっぱり人数が限られるかな。今や宗教の全くない日本じゃ無理ですね。人々に共通する強力な物語がないと。

2点目は日本でもよく知られていることですが、SNSの有効活用です。youtubeで首切り動画をばらまき、twitterで瞬時に全世界に魅力的なメッセージを発信します。

「欧米を支配しているのは銀行だ。議会ではない。おまえたちは、それを知っているはずだ。自分が一つの駒にすぎないこと、臆病な歩兵に過ぎないことに、お前たちは気づいている。だから自分のこと、自分の仕事のこと、家族のことしか考えない…それ以外のことには何の力もないと分かっているからだ。しかしいま、ジハードが始まった。イスラムの声を聴くがいい。イスラムは自由をもたらす。」

イスラムが自由かどうかは置いておいて前半はその通りですので、こんなメッセージがfacebookなんかで流れてきたら欧米のイスラム人を刺激することは間違いないです。

PLOという先例

実はイスラム国には先例があります。パレスチナ自治区です。彼らの代表PLO(パレスチナ解放機構)はテロビジネスで金を儲け、インフラ構築して定住し、いまでは国連のオブザーバー国家扱いになるまで発展しました。私はPLOの成り立ちを知らなかったので驚きました。テロってそんなに金になるんだねぇ。

というのも本書によればテロは必ず後ろ盾がいるものだからです。現在主権国家は表立って戦争を行うと経済封鎖などで瞬時にして痛手を負うので、様々な国家が彼らのような武装集団を密かに武器と金銭支援を行って代理戦争させ、武力を行使するという形をとっているからです。さらに、冷戦時代はアメリカかソ連しかスポンサーがいなかったのに、冷戦が終わった近年では各国の利害が複雑になり、スポンサー国家があちこちに出現して武装集団にとってはありがたい状況です。おかげでイスラム国も金を掻き集め短期間で大きくなることができました。

カリスマ統率者は必要か

最後に、アラブの春とイスラム国の違いについての筆者の言及が鋭いです。アラブの春はイスラム国と同様にSNSを使って広まり、世論を盛り上げて一定の変革をもたらしたように見えましたが、エジプトの軍部再クーデター、シリア内戦の泥沼化などいずれも失敗に終わりました。一方、SNSを効果的に利用したイスラム国は今のところ成功しているように見えます。これを筆者は、前者が個人の自主的な集まり、後者が求心的リーダーによる統率に依拠していることへの違いと見ました。自主的な集まりでは、メンバー間の関係性や交流により翻弄されてしまうから、と。なるほど歴史的に見てもカリスマに率いられた集団は強いです。ヒトラーしかり、天皇しかり、キリスト教の神しかり、、この論点からすれば、個人からなる日本の反安保同盟は失敗します。現に失敗しそうです。

でも、アメリカの手先なの?

ちなみに私が時々読んでいるあるジャーナリストによると、イスラム国はほぼアメリカの傀儡であり、中東の紛争恒久化(軍産複合体が儲かる)のために意図的に過大評価されているという見方もあります。メディアの使い方が洗練されすぎているので、米国が関わっていると考えるのは自然っちゃ自然です。

何が真理なのか私には全く分かりません。本書は短いながらも複雑で、所々重要な論点だけ抜き出してみましたが全体としては混沌としていてまとまりのない印象を受けました。単に私の知識と理解力が足りないだけなのかもしれません。国際情勢については、歴史を勉強したあと100冊くらい本を読まないとだめそうです。。

 

 

参考書籍

 

やっぱこれ読まなきゃダメだな

国際紛争 原書第9版 -- 理論と歴史

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 イスラム

イスラーム世界の論じ方

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 いつか読みたい中田考

日亜対訳 クルアーン――「付」訳解と正統十読誦注解

日亜対訳 クルアーン――「付」訳解と正統十読誦注解

  • 作者: 中田考,黎明イスラーム学術・文化振興会,松山洋平,中田香織,下村佳州紀
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 戦争っつたらやっぱこれだけど、歴史を学んでからじゃなきゃ無理そう

戦争論〈上〉 (岩波文庫)

戦争論〈上〉 (岩波文庫)

 

 


書籍レビュー: 構造改革と止揚 『ローマ人の物語 (6) ― 勝者の混迷(上)』 著: 塩野七生

★★★★★

 

6冊目の舞台は紀元前133~88年までが舞台です。ポエニ戦争が終結し地中海の覇者となったローマを待ち受けるものは、、なんと国内問題でした。

日本とかぶってる

対外的には大した戦争も無く見た目は平和であったローマですが、平和であるゆえにある問題に悩まされることになりました。それは貧富の差です。

まず、第一次ポエニ戦役によって属州となったシチリアから税として納められた小麦が、小規模農家に打撃を与え中産階級が没落します。彼らは失業者となり、ローマに流れ込みます。

さらにポエニ戦争が終結し、戦時の特例であった直接税が廃止されます。この直接税は累進課税であったので、富裕層の金が余ります。金が余った人間が考えることは投資です。ローマは小麦農家が滅び大規模なオリーブや葡萄酒農場が発展しつつあったので、ここに金が流れ込みます。さらにこの時期、連戦連勝の戦争で得た奴隷という超低価格な労働者が入ってきました。彼らを農場で働かせた富裕層はぼろ儲けし、ポエニ戦役の前後で最富裕層と最下層の格差は10倍から500倍以上へと大拡大してしまいました。

小泉構造改革とTPPでボロボロな日本の中産階級と、アベノミクスで大儲けした日本の富裕層と完全に重なる構図です。ローマのこの後の事態を探ると日本がこれからたどる道が見えるかもしれません。

構造改革とその結果

さてこの事態を憂慮していたのは、ポエニ戦争の英雄スキピオの甥にあたるグラックス兄弟です。彼らは最も権力のある執政官ではなく、護民官という平民のトップに選出された後、様々な改革を行います。例えば、大農園の土地を再分配して自作農を増やし、中産階級を復興させるための農地改革法。日本の戦後の農地改革に似ていますね。また、小麦を貧民に二束三文で売ってセーフティーネットを作る穀物法。これは生活保護の思想です。また、平和になり軍事的な負担があまり意味のなくなる中で、同盟都市だけに課された1割の税金は不公平となったため、同盟都市に一律にローマ市民権を与えるという法律の制定。いずれも平等を目的とした素晴らしい法律だと思いました。

しかしこれは全て富裕層の既得権益を削る法案です。富裕層はすべてローマ市民です。ローマ市民の有力者が勢揃いする元老院はいい顔をしません。どうしたかというと、グラックス兄弟は元老院の陰謀により暗殺されました。マジかよ。

グラックス兄弟の弟ガイウスが失脚させられるまでの著者の考察は現代の私達にも通じるものがあります。耳が痛いです

二面作戦*1の一つは、ティベリウス*2のときも使われ、いつでもどこでも有効であった作戦である。護民官ガイウスの政策は、票集め、人気取り政策、権力の集中、権力の私物化であるという声を広めた。現代イギリスの研究者の一人は、次のように書いている。

「無知な大衆とは、政治上の目的でなされることでも、私利私欲に駆られてのことであると思い込むのが好きな人種である」

好きなのは無知な大衆に限らないと、私ならば思う。これより70年後の話になるが、ローマ史上最高の知識人であり、私の考えでは最高のジャーナリストであったキケロでさえ、この種のことが「好きな人種」の一人であったのだ。要は、教養の有無でも時代の違いでも文化の違いでもない。目的と手段の分岐点が明確でなくなり、手段の目的化を起こしてしまう人が存在する限り、この作戦の有効性は失われないのである。

同盟者戦役とアウフヘーベン

彼らが暗殺され、穀物法以外の改革案は葬り去られました。その後しばらくたって、格差問題は内乱となって表面化します。「同盟者戦役」と呼ばれる争いが起きます。

軍制改革(詳細は マリウスの軍制改革 – Wikipedia を参照)を経てローマ市民と同盟国の市民はますます格差が激しくなり、同盟国ではローマ市民権を求める声が高まりました。しかし既得権益層の多いローマ側はちっともそれを認めようとしません。認めようとすればグラックス兄弟のように殺されてしまうほど元老院の権力は強大でした。

紀元前90年、とうとう同盟国が爆発します。

The Growth of Roman Power in Italy.jpg

Social War (90–88 BC) – Wikipedia, the free encyclopedia

赤い部分が同盟国ですが、これらが一気にローマに反旗を翻します。同盟国はローマの戦術を知り尽くしていますから、どの戦場も激戦となりほぼ互角の戦いとなります。ローマ側はやむなく、同盟国に市民権を一律に認めることで事態を収束させ、2年で戦いは終わりました。

この事態に私はびっくらこきました。一昨日に読み終わった「哲学大図鑑」という哲学者をひたすら紹介していく本(明日感想を書きます)で一番気に入ったのがヘーゲルという人で、彼が有名にした「弁証法」という理論は乱暴にまとめると「矛盾を統一してより高い次元に至る(日本語で止揚、ドイツ語でアウフヘーベンというそうです)」というものでした。国内の矛盾が戦争となり、それをローマ市民権による結びつきという新しい次元に移行したローマは、まさにこの過程を辿っています。弁証法は歴史的なものだと書いてありましたが本当にそうでした。

本書はハンニバル戦も終わりドラマティックな戦いこそないものの、構造的な転換を地味に描き出す画期的な章でした!下巻はスッラ、ポンペイウスという人物が活躍するそうです。次も楽しみ。

 

*1:元老院がガイウスを失脚させるための作戦。2つ目はもっとエグい。本書参照のこと

*2:ガイウスの兄。元老院に失脚させられ暗殺された


書籍レビュー: 盛者必衰の理 『ローマ人の物語 (5) ― ハンニバル戦記(下) 』 著:塩野七生

★★★★★(つω`*)

 

第5巻の舞台は紀元前205年~146年です。第二次ポエニ戦争、第三次ポエニ戦争を経てマケドニア、カルタゴが滅亡し、ローマが地中海の覇者となるまでを辿ります。

戦力の非戦力化

前半の山場はやはり、カルタゴの天才策略家ハンニバルと、ハンニバルを戦略の師匠としたと思われるローマのスキピオの師弟対決でしょう。地中海の覇者となる運命を決定づけた戦いは、北アフリカのザマで行われました。

Battles second punic war.png

ザマの戦い – Wikipedia ザマは図の下の方にあります。現在のチュニジアあたりです

3~5巻の「ハンニバル戦記」において、もっとも重要な軍事上のポイントは「敵の主戦力の非戦力化」でした。相手の最も力のある兵力を包囲したり逃げ場を無くしたりその他様々な方法をもって無力化することで、圧倒的な勝利を収める戦いがほとんどでした。ローマ軍がハンニバルにボロ負けした前216年のカンネの戦いでも、ハンニバルは機動力に優れたヌミディア騎兵を操り、ローマ自慢の重装歩兵の四方を包囲することで無力化し、ローマ軍死者6万(兵力は7万なのでほぼ全滅)、カルタゴ兵の死者6千という圧勝に導きました。

ザマの戦いではスキピオがこの方針を取り入れ、隊列をうまく整えてカルタゴの象(戦車代わり)を避けた後に、更に隊列を左右に大きく広げて、後ろから騎兵をもって包囲しました。

ザマの戦い – Wikipedia

結果はカルタゴ軍戦死者2万人、ローマ側1500人。カンネの戦いと正反対です。この戦略のオリジナルはもちろんハンニバル。カンネの戦いの時点ではヌミディア騎兵はカルタゴ側についていたので、彼らを引き抜き事前に騎兵力を強化することのできたスキピオの根回し勝ちともいえます。「主戦力の非戦力化」の効果はすさまじく、この戦法を熟知したローマ軍は他の戦いでも圧勝続きとなります。

私は戦略ものをやったことがないので実感はないのですが、これはあらゆる戦略で非常に重要な概念なのではないでしょうか。

盛者必衰

さてこの巻はハンニバルvsスキピオの他に、もう一つ大きなテーマがあります。「盛者必衰」です。日本の中高生も「平家物語」でこの言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。

カルタゴは紀元前5世紀に興ったと言われています。ローマよりも歴史のある商業大国でした。ローマに何度も負けても、賠償金の支払いなんて余裕でできてしまうくらい金がありました。それがシチリア島をめぐる小競り合いから、滅亡へと進んでいってしまいます。

ローマをズタボロにした第二次ポエニ戦争終結後、カルタゴと結ばれた講和条約では自治は認められるわ賠償金は少ないわ意外にもゆるいものでした。しかしカルタゴは、国内改革を断行するハンニバルに謀反の疑いをかけて追い出したり、ローマの許可なく戦闘してはいけないのに隣国と戦争したり、自らの失策から自滅してしまうのです。第三次ポエニ戦争は首都カルタゴの籠城戦のみで、食料が尽き決壊した首都カルタゴは徹底的に破壊され不毛の地と化します。国破れて山河在り。

ローマの英雄スキピオはマルクス・カトーという粘着質な政治家の手によりスキャンダルをでっち上げられ失脚、隠遁生活を送り数年後死にます。

スキピオの生涯のライバルであるハンニバルも、カルタゴから追放された後はシリアに亡命し、シリアでは対ローマ戦に担ぎ出されるも周りの嫉妬に寄り意見が採用されず結局負け、更に逃亡してクレタ島やらビテュニア王国(今のトルコの一部)に逃げ、そこにもローマの追手が来たので毒を飲んで自殺します。二人とも、偶然にも紀元前183年に亡くなったそうです。

歴史ある国、大ヒーロー2人が相次いで後味の悪い滅び方をしたこの巻ではかなり衝撃を受けました。

憧れの有名人は必ずいつか死にます。アメリカも日本も、人類も地球もいつか滅びる時が来ます。そんなとき私達はどんな感慨を抱くのでしょう。

カルタゴ滅亡時のスキピオ・エミリアヌス(スキピオの長男の養子)の叙述の引用で締めくくりたいと思います。文中のポリビウスというのはエミリアヌスの友人で歴史家(つまり次の記述を残した人)です。

勝者であるにもかかわらず、彼は想いを馳せずにはいられなかった。人間にかぎらず、都市も、国家も、そして帝国も、いずれは滅びることを運命づけられていることに、思いを馳せずにはいられなかったのである。トロイ、アッシリア、ペルシア、そしてつい二十年前のマケドニア王国と、勝者は常に必衰であることを、歴史は人間に示してきたのであった。

(中略)

「ポリビウス、今われわれは、かつては栄華を誇った帝国の滅亡と言う、偉大なる瞬間に立ち会っている。だが、この今、私の胸を占めているのは勝者の喜びではない。いつかはわがローマも、これと同じ時を迎えるであろうという哀感なのだ」

 

 

参考動画

ハンニバル戦記関連の映画を探してみましたが、意外なことにまともな映画がありませんでした。一番よさそうなのはBBCのドキュメンタリーです。貼っておきます。

www.youtube.com

英語字幕がついていて、やった!勉強になる!と思っていたらこれがトンデモで、

聴き取り「The ancient empire of Carthage ruled the mediterrenean, until Caltage is challenged, and brutally defeated by war, by Rome」

字幕「the ancient empire of Carthage ruled at the moment, it’s raining into caffeine which was challenged and brutally defeated by, world

と、カルタゴがカフェインになっていたり、何故か雨が降っていたり、カルタゴは戦争でなく世界に滅ぼされていたりローマが省略されていたり、もうめちゃめちゃです。使い物になりません。残念。死ぬ気で聴き取るしかなさそうです。


書籍レビュー: 智者たちの戦争『ローマ人の物語 (4) ― ハンニバル戦記(中)』 著:塩野七生

★★★★★

 

第4巻。ようやく全体の約1/10です。本書では紀元前219-206年、ローマvs地中海の盟主カルタゴの第二次ポエニ戦争の中盤戦が舞台です。

ハンニバル登場

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/a8/Hannibal_Slodtz_Louvre_MR2093.jpg/200px-Hannibal_Slodtz_Louvre_MR2093.jpg

ハンニバル – Wikipedia

本書に登場する最大の難敵ハンニバルは時々名前を聞く武将です。イタリアでは悪いことをした子供に対して「戸口にハンニバルが来ていますよ」と言って脅すそうです。まるでナマハゲのような扱いです。

彼は潜在兵力75万と言われるローマにたった2万6千の兵力で単身乗り込み、本書の中盤では南イタリアをほぼ制圧してしまうという天才的な才能をもちます。

ハンニバル進撃路

 

奇跡的な行軍を成功させたのは彼の智慧が全てと言ってもよいでしょう。ハンニバルは手薄な北側からローマを攻めることを考えました。しかしハンニバルの拠点のスペインからフランスを超えてイタリアに攻めるまでの間には1つ難所があります。

アルプス山脈です。これはハンニバルの「アルプス越え」と呼ばれ非常に有名であるそうです。

この写真は最高峰のモンブラン山、標高4810m。他にも4000m級の富士山を超える山々が連なる難所を、ハンニバルは4万6千の兵と30頭の象を連れて超えました。すげぇ。富士山を4万6千と30頭の象が行軍する様子を想像すると気が遠くなります。そして上で2万6千の兵力と書いたように、2万人が山越えで死にました。しかしこの犠牲をあらかじめ計算してまでもハンニバルは山越えが重要と考えていました。

この無謀な行為はローマの油断につけこむことに見事成功し、ローマに壊滅的な打撃を与える前216年のカンネの戦いなどを通して10数年にわたりハンニバルはイタリア内で暴れ続けます。アレクサンダー大王、ハンニバル、優れた武将が1人出ると戦局はこうも大きく変わるものかと驚かされます。

あの偉大な数学者も登場

本書ではもう一人、誰でも名前を知っている智者が登場します。

アルキメデスです。彼はシチリア半島の自治区シラクサの大科学者でした。シラクサは本書でハンニバルの暗躍によりローマからカルタゴに寝返ります。したがってアルキメデスはローマの敵として登場します。浮力の原理という偉大な発見をした彼は、まるでアニメのお約束よろしく、ビックリドッキリメカでローマ軍を翻弄しました

兵器その1

Claw of Archimedes – Wikipedia, the free encyclopedia

「アルキメデスの鉤爪」と呼ばれるこの兵器は、城壁に取り付けたクレーン装置のようなもので、図のように船をひっかけて転覆させます。ローマ海軍は大きな被害を被りました。

兵器その2

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/58/Archimedes_Heat_Ray_conceptual_diagram.svg/220px-Archimedes_Heat_Ray_conceptual_diagram.svg.png

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%B9#.E3.80.8C.E3.82.A2.E3.83.AB.E3.82.AD.E3.83.A1.E3.83.87.E3.82.B9.E3.81.AE.E7.86.B1.E5.85.89.E7.B7.9A.E3.80.8D.E3.81.AF.E5.98.98.E3.81.8B.E7.9C.9F.E5.AE.9F.E3.81.8B

「アルキメデスの熱光線」。これは本書に登場せず、リンク先でも存在を疑問視されていますが本当にあったと考える方がロマンがあります。

虫眼鏡で紙を焼く如く巨大な鏡で船を焼く、ソーラ・レイシステムです。紀元前に実用化されていたのですからガンダムは遅れていると言わざるを得ません。

なお彼は戦火の中ローマ兵に手違いで殺される直前まで数学の問題を解いていたマジな数学オタクだったそうです。本書のMVPはアルキメデスにあげたいと思います。

 

 

 

関連書籍

シラクサ攻防戦を描いた漫画。読みたい。もちろんアルキメデスも登場します。なんと作者は寄生獣の人です。

ヘウレーカ (ジェッツコミックス)

ヘウレーカ (ジェッツコミックス)

 

 

これも読んでみたいですね。

ハンニバルに学ぶ戦略思考

ハンニバルに学ぶ戦略思考

 

 


書籍レビュー: 嫉妬されると死ぬ 『ギリシア神話』 著: 中村善也・中務哲郎

★★★★☆

 

岩波ジュニア新書2冊目。ジュニアと言えど内容は普通の新書と全く変わりません。著者の一人中務哲郎(なかつかさてつお)さんは、どこかで聞いた名前だと思ったら放送大学(ここも中退しそう)で西洋古典文学の授業でギリシャ篇を担当していた方ですね。先生からはとてもいいお話を聞けました。

放送大学 授業科目案内 ヨーロッパ文学の読み方―古典篇(’14)

いまはradikoという便利なツールがありますので授業は誰でも無料で効くことができます。

Radikool – radiko録音ツール

こいつを使えばタイマー録音もできます。放送大学は良質な授業が揃っていてとても良い学習アイテムです。

昔話

ギリシャ哲学を学びたいという野望があるので、背景知識として必須と思われるギリシャ神話についてどうしても知っておきたくて読みました。本書はギリシャ神話を愛・罪と罰・生と死などのテーマからとらえるという構成になっていますが、単にぶつ切りにするのではなく導入~神~英雄~人間~各テーマというよく練られた構成となっており非常に読みやすかったです。

ギリシャ神話は我々いうところの「昔話」に相当します。しかし日本の昔話は民話の寄せ集めで、名前の固定した登場人物はいません。紀元後8世紀に古事記が成立してやっと固有名詞付きの昔話が出現します。ギリシャ神話は紀元9世紀には記録が残ってますから彼らの知恵には恐れ入りますね。

神大杉

ギリシャ神話には膨大な人物が登場します。適当に画像検索すると目の痛くなりそうな系図が見つかりました。

http://harmonyatsugi.web.fc2.com/kyusoku/016graecia.gif

パンドラの箱の謎

 

実際にはもっといます。これ全部覚えるのはすぐには無理ですので、少しずつ慣れていくしかなさそうです。

ギリシャ神話の「神」はほとんど人間と変わりません。旧約聖書では神が自分に似せて人間を作りましたがギリシャ神話においては人間の誕生については特に語られません(上の図ではプロメテウスが作ったことになっていますが、本書ではこの説が比較的新しい作り話であると懐疑的です)。どうやらギリシャ人が自分たちに似せて神話を作ったようです。神は恋もするし全知全能じゃないし不死ではありません。上の系図から分かるように唯一神ではなく大量に存在します。違うところと言ったら、有名なゼウスの雷をはじめとしてみな特殊能力が使えることくらいでしょうか。サイヤ人みたいなものと考えればいいかもしれません。それから生殖方法は異常です(後述)。

神増え過ぎ

ギリシャ神話は旧約聖書なんてレベルじゃないほど人や神が死んだり生まれたりします。まず上の系図でいうとカオスが自然発生します。キリスト教徒はえらい違いですね。カオスは我々が思い浮かべるカオス(混沌)とは違い、すべての発生元の大きな穴、むしろ「何もない」というくらいの意味と思われます。

ここからが恐ろしくて、ギリシャ神話の世界では必ず何かから何かが生まれます。即ちカオスからガイアがポンと生まれるわけですがまあこれは穴から出てきたってわけだからまだ分かります。次にガイアからウラノスやらポントスやらが生まれます。ここまでもまだわかりますが、さらにガイアがその子ウラノスと夫婦の営みをしてその右側の大量の訳わからんものが生まれたことになっています。一番下にはドラクエにもいるキュクロプス(サイクロプスとも読む)やFFにもいるヘカトンケイルやらの名前も見えます。

サイクロプス.jpg

モンスター/サイクロプス – ドラゴンクエスト モンスターパレード 攻略 Wiki

 

http://www.square-enix-shop.com/jp/ff-tcg/card/cimg6/6-052u.png

FINAL FANTASY ⅩⅢ | タイトル別カードリスト | ファイナルファンタジー・トレーディングカードゲーム(FF-TCG)

 

お前ら変なもの産み過ぎ。

 

また下ネタになってすみませんが、神の生殖能力は滅茶苦茶で、神がと交わってできた神すらいます。何だよ岩って!生物ですらない。他にもクロノスがウラノスのチンコを切り落としたらそこから泡が発生して生まれたアフロディテとか、そんな話ばっかりで現代人から見ると引きます。ちなみにアフロディテは美の神ですよ。チンコなのに。

最強の神として各地でシンボル化されているゼウス(私がまず思い出すのはスーパーゼウス)も超絶倫で、あちこちで子供を残します。シカになったり牛になったり、時には雨になるなどという謎の変装をして可愛い女の子を襲うのです。ゼウスが女の子に言いよる話はこの本だけで10回くらい出てきました。現代だったら確実にけしからん話ですがギリシャ神話には日常茶飯事。むしろ私たちの常識が間違っているんじゃないかと思わせられるほどです。神を通した生命賛歌と捉えるのが妥当かもしれません。

触らぬ神に・・・

なお旧約聖書と同様、人間が神に逆らうと大体死にます。ところがギリシャ神話の神は人間的だから余計にたちが悪い。例えば機織りの名手アラクネは女神アテネを機織りで打ち負かしたため嫉妬されて死にます。子供が多いことをレト神に自慢したニオベはレトに嫉妬され14人の子供全員を弓で射殺されます。すっげえ理不尽ですが、いずれも神に対する「傲慢」を突かれて罰を受ける、という共通点があるため、因果応報とみてよいのかもしれません。神に嫉妬されないように気を付けよう。

 

 

 

参考書籍

優れた本ですがやっぱり生の物語にはかなわない。紙面の都合で仕方ないですが物語をもっと引用しまくってほしかった。

 

 というわけで次はこれですかね。石井桃子さんですし外れるわけがない。

ギリシア神話

ギリシア神話

 

 

 さらに補強するならこれか。でも前著で十分な気もする。

ギリシャ神話集 (講談社学術文庫)

ギリシャ神話集 (講談社学術文庫)

 

 

これもよさそうなんだけどブルフィンチって人が作ったまとめだから生の物語はどのくらい収録されてるんだろう。。?

ギリシア・ローマ神話―付インド・北欧神話 (岩波文庫)

ギリシア・ローマ神話―付インド・北欧神話 (岩波文庫)

 

 

最終目標はこれ。

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

 

 

ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)

ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)

 

 

 本書のレビュー先で紹介されていました。これも読みたい。

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 


書籍レビュー: オナニーするなよ!絶対だぞ!『口語訳旧約聖書 創世記』

★★★★★

 

新聞の経済面や国際面を見ると分からないことだらけです。国際的な背景知識を知らないからです。これらを理解するためには西洋の基本を知らなければなりません。基本と言えばもちろん聖書です。

聖書と言えば旧約と新約がありメジャーなのはイエス登場後の新約の方ですが、新約は旧約を前提としていてイエスが旧約の記述を頻繁に引用しているので、旧約聖書をいつか読まなければいけないとずっと思っていました。

そこで見つけたのが次の記事内にあるサイトです。

ここの口語訳旧約聖書を少しずつ読むことにしました。旧約聖書は目次を見ると39冊もの書物の合本であり長大です。全部読むには数年かかりそうですので区切りのいいところでレビューを書いていこうと思っています。今日はまず創世記から。私は無信仰ですので文学作品として読みます。そのため信仰者の方にとっては不適切な表現が現れることが予想されます。お許しください。

ユダヤ人の歴史序章

創世記という名前から、神が世界を作った時の様子、いわゆる天地創造がずっと書かれていると考えていました。実際は天地創造は第2章で終了し、あとは第50章まで「ユダヤ人の歴史 第1巻」というような作りです。アダムとエバが知恵の実を食べて追放される一説など、現代でもしばしば用いられるモチーフの元ネタが大量に詰まっています。

知恵の実を食べたエバと、エバをそそのかした蛇と、エバからもらった知恵の実を無批判に食べたアダムに対して神はこう言います。

(第4章14~)

主なる神はへびに言われた、

「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。
おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。
わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。
彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」。

つぎに女に言われた、

「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。
あなたは苦しんで子を産む。
それでもなお、あなたは夫を慕い、彼はあなたを治めるであろう」。

更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、あなたは野の草を食べるであろう。
あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。
あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。

いわゆる原罪というやつです。実を食べちゃったために一生どころか子子孫孫に渡るまで呪われるとはすっげえ理不尽ですよね。とくにアダムなんかただの巻き添えです。かわいそう。おまけに女に服従を強いているので男尊女卑の正当化に使われそうです。産みの苦しみ~については、出版当時の人々が「なぜ産むのは大変なのか」を納得させるのに役立ったでしょうね。

ここに限らず創世記には頻繁に「のろう」という単語が出てきます。怖い怖い。

チート仕様のユダヤ人

ユダヤ人の祖先とされる人々はみなチートです。まず長生き。

(第5章3~)

アダムは百三十歳になって、自分にかたどり、自分のかたちのような男の子を生み、その名をセツと名づけた。アダムがセツを生んで後、生きた年は八百年であって、ほかに男子と女子を生んだ。アダムの生きた年は合わせて九百三十歳であった。そして彼は死んだ。
 セツは百五歳になって、エノスを生んだ。セツはエノスを生んだ後、八百七年生きて、男子と女子を生んだ。セツの年は合わせて九百十二歳であった。そして彼は死んだ。

130歳とか105歳で子供産んで900歳以上生きています。元気すぎます。彼らに限らず本書の登場人物の年齢はめちゃめちゃです。

ヘブライ人の直接の祖先とされるヤコブは、天使が突然襲ってきて決闘し勝ちます

(第32章22~)

彼はその夜起きて、ふたりの妻とふたりのつかえめと十一人の子どもとを連れてヤボクの渡しをわたった。すなわち彼らを導いて川を渡らせ、また彼の持ち物を渡らせた。ヤコブはひとりあとに残ったが、ひとりの人が、夜明けまで彼と組打ちした。ところでその人はヤコブに勝てないのを見て、ヤコブのもものつがいにさわったので、ヤコブのもものつがいが、その人と組打ちするあいだにはずれた。その人は言った、「夜が明けるからわたしを去らせてください」。ヤコブは答えた、「わたしを祝福してくださらないなら、あなたを去らせません」。その人は彼に言った、「あなたの名はなんと言いますか」。彼は答えた、「ヤコブです」。その人は言った、「あなたはもはや名をヤコブと言わず、イスラエルと言いなさい。あなたが神と人とに、力を争って勝ったからです」。ヤコブは尋ねて言った、「どうかわたしにあなたの名を知らせてください」。するとその人は、「なぜあなたはわたしの名をきくのですか」と言ったが、その所で彼を祝福した。

あまりに唐突で何のことかさっぱりわからなかったのですが天使が突然やってきて決闘したらしいです。するとイスラエルという別名を与えられ、彼は今日に至るまでユダヤ人の伝説の人となりました。

これ本当に教会で教えてるんでしょうか

チート仕様には性的な側面もあります。イスラエルという別名のヤコブは正妻ラケル・その姉レア・ラケルのつかえめビルハ・レアのつかえめジルパ4人全員と子をもうける絶倫野郎です。

アブラハムの甥ロトに関するエピソードもやばいです。

(第19章29~)

こうして神が低地の町々をこぼたれた時、すなわちロトの住んでいた町々を滅ぼされた時、神はアブラハムを覚えて、その滅びの中からロトを救い出された。
 ロトはゾアルを出て上り、ふたりの娘と共に山に住んだ。ゾアルに住むのを恐れたからである。彼はふたりの娘と共に、ほら穴の中に住んだ。時に姉が妹に言った、「わたしたちの父は老い、またこの地には世のならわしのように、わたしたちの所に来る男はいません。さあ、父に酒を飲ませ、共に寝て、父によって子を残しましょう」。彼女たちはその夜、父に酒を飲ませ、姉がはいって父と共に寝た。ロトは娘が寝たのも、起きたのも知らなかった。あくる日、姉は妹に言った、「わたしは昨夜、父と寝ました。わたしたちは今夜もまた父に酒を飲ませましょう。そしてあなたがはいって共に寝なさい。わたしたちは父によって子を残しましょう」。彼らはその夜もまた父に酒を飲ませ、妹が行って父と共に寝た。ロトは娘の寝たのも、起きたのも知らなかった。こうしてロトのふたりの娘たちは父によってはらんだ。姉娘は子を産み、その名をモアブと名づけた。これは今のモアブびとの先祖である。妹もまた子を産んで、その名をベニアンミと名づけた。これは今のアンモンびとの先祖である。

おいおい・・・

チンコの皮を切って勝利したヤコブの息子たち

ユダヤ教には重要な儀式「割礼」があります。包茎手術です。割礼はアブラハムが神から土地や子孫を得る引き換えとして行った契約とされています。

(17章9~)

神はまたアブラハムに言われた、「あなたと後の子孫とは共に代々わたしの契約を守らなければならない。あなたがたのうち男子はみな割礼をうけなければならない。これはわたしとあなたがた及び後の子孫との間のわたしの契約であって、あなたがたの守るべきものである。あなたがたは前の皮に割礼を受けなければならない。それがわたしとあなたがたとの間の契約のしるしとなるであろう。あなたがたのうちの男子はみな代々、家に生れた者も、また異邦人から銀で買い取った、あなたの子孫でない者も、生れて八日目に割礼を受けなければならない。あなたの家に生れた者も、あなたが銀で買い取った者も必ず割礼を受けなければならない。こうしてわたしの契約はあなたがたの身にあって永遠の契約となるであろう。割礼を受けない男子、すなわち前の皮を切らない者はわたしの契約を破るゆえ、その人は民のうちから断たれるであろう」。

迷惑な神様です。ところで神はしょっちゅう「しるし」を求めますが、本書の中には「私が思い起こすために」しるしを残しておいてくれ、という記述も出てきます。つまり神は忘れやすい。全知全能という割には能力が低いように思えます。全知全能であるゆえに情報量が多すぎて個別対処が難しいから識別子を残しておいてくれということなんでしょうか。

割礼に関して一つエピソードがあります。ヤコブの子供たちに関する話です。

ヤコブの娘デナはシケムという町で凌辱されます。犯人であるシケムが厚かましい奴で、デナを妻にしたいと言い出すクソ野郎なのです。デナの兄たちはシケム一味に向かってこう言います。

(34章13~)

しかし、ヤコブの子らはシケムが彼らの妹デナを汚したので、シケムとその父ハモルに偽って答え、彼らに言った、「われわれは割礼を受けない者に妹をやる事はできません。それはわれわれの恥とするところですから。ただ、こうなさればわれわれはあなたがたに同意します。もしあなたがたのうち男子がみな割礼を受けて、われわれのようになるなら、われわれの娘をあなたがたに与え、あなたがたの娘をわれわれにめとりましょう。そしてわれわれはあなたがたと一緒に住んで一つの民となりましょう。けれども、もしあなたがたがわれわれに聞かず、割礼を受けないなら、われわれは娘を連れて行きます」。

そしてデナ欲しさにシケム一味は町を巻き込んで全員で割礼を受けます。その結果、

(34章25~)

三日目になって彼らが痛みを覚えている時、ヤコブのふたりの子、すなわちデナの兄弟シメオンとレビとは、おのおのつるぎを取って、不意に町を襲い、男子をことごとく殺し、またつるぎの刃にかけてハモルとその子シケムとを殺し、シケムの家からデナを連れ出した。そしてヤコブの子らは殺された人々をはぎ、町をかすめた。彼らが妹を汚したからである。すなわち羊、牛、ろば及び町にあるものと、野にあるもの、並びにすべての貨財を奪い、その子女と妻たちを皆とりこにし、家の中にある物をことごとくかすめた。

復讐完了。読んでいるこっちが痛くなってきます。

オナニーすると死ぬ

オナニーというと日本では「自己満足」とほぼ同義に扱われています。語源が聖書に出てくるオナンという人物が行った行為にある、ということまでは知っていましたがその意味は全く知りませんでした。

オナンはヤコブの子ユダの次男で、ヤコブの孫にあたります。ユダはオナンの兄エルのために、タマルという妻を迎えます。しかしエルは素行不良であったために、神に殺されます(理不尽)。そこでユダはオナンに、タマルと一緒になれ、彼女に子を産ませろと迫ります(理不尽)。ところがオナンは兄嫁の子を作るのが嫌でした。

(第38章6~)

ユダは長子エルのために、名をタマルという妻を迎えた。しかしユダの長子エルは主の前に悪い者であったので、主は彼を殺された。そこでユダはオナンに言った、「兄の妻の所にはいって、彼女をめとり、兄に子供を得させなさい」。しかしオナンはその子が自分のものとならないのを知っていたので、兄の妻の所にはいった時、兄に子を得させないために地に洩らした。彼のした事は主の前に悪かったので、主は彼をも殺された

つまり彼のやったことは自己満足ではなく、長子の子孫を絶やさないための慣習や相続権が子に渡らない立法への、彼なりの反抗でした。反抗する相手はもちろん神です。そして死にます。理不尽。

オナニーってロックで反体制な行為だったんですね!!

 

 

このあとエジプトのナンバーツーとなるヤコブの子供ヨセフの活躍が描かれ、ヤコブやヨセフが死んで第一部完となります。第二部はそのまま次の巻「出エジプト記」に引き継がれるようです。続きも期待しています。

口語訳聖書は大体においてストレスなく読めます。口語訳といえども1950年代のものですから、難しい表現が混じることもあります。意味不明な箇所が全くないわけではありませんが、十分通読に耐えるクオリティであると感じました。無料で公開されています。

 

kindle版は表紙がダサいですね。

関連書籍

関根先生による訳と注解です。第一印象を大事にしたいので、聖書を全部読み終わった後に手を付けます。

旧約聖書 創世記 (岩波文庫)

旧約聖書 創世記 (岩波文庫)

 

 

 


書籍レビュー: プロセスとしての歴史『ローマ人の物語 (3) ― ハンニバル戦記(上)』 著: 塩野七生

★★★★★

塩野七生さんによる「ローマ人の物語」文庫版、全43巻中の3巻です。「ハンニバル戦記」というタイトルですが、まだハンニバルは登場しません。文庫版では単行本の第2巻を上中下の3つに分け、上にあたる本書の記載量は150P程度と少なめです。

アフリカ北部の大国カルタゴとの戦闘

本書は紀元前264~219年が舞台となります。ローマは現在のイタリア半島全体をようやく支配し、それなりの大国になりつつある段階でした。一方、アフリカ北部の大国カルタゴは靴の先っぽにあたるシチリア島の西半分を支配し、地中海の制海権を得ようとしているところでした。地中海支配の重要拠点であるシチリア島を巡って、二国が激突するのが第一次ポエニ戦役(前264~241)です。

第一次ポエニ戦争 – Wikipedia

ここまで陸戦のみでイタリアを統一してきたローマにとっては初の海戦主体の戦争となります。カルタゴは商業大国で財貨も兵士(傭兵)も豊富で、海の経験も長いため海軍がめちゃ強いです。一方ローマは海戦は初めてです。どう考えたって負けそうなのですが、勝ってしまうのです。。

特に戦役序盤で活躍した「カラス装置」に私はおったまげました。ローマ人が発明した兵器?で、大きな板の先端に刃物を付けて、それを船の先っぽに可動式になるように取り付けたものです。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/f0/Corvus.svg/517px-Corvus.svg.png

コルウス – Wikipedia

自軍と敵軍の船が近接したら、こいつを下ろします。刃物が敵軍の船に刺さり抜けなくなります。すると自軍と敵軍の船が接続され、相手の船と白兵戦を挑めるようになります。つまり海戦を陸戦に変えてしまったのです!すげぇローマ人!カラス装置の活躍により、第一次ポエニ戦争序盤のカルタゴ勢は壊滅的打撃を受けました。頭いいなあー。

不慣れな海戦で戦わずして座礁し多くの犠牲者を出すなど紆余曲折の末、ローマ人はシチリア半島の制圧に成功します。中巻以降では現在のスペインを植民地化し力を蓄えたハンニバル率いるカルタゴ勢の逆襲が始まりそうなので、読まないうちからワクワクしてしまいます。

私が高校世界史を全く理解できなかったわけ

単行本版の序文にあたる『読者へ』で、「プロセスとしての歴史」について言及されています。

歴史への対し方については主に二通りあり、一つ目は自らの主張が先に存在し、例証として歴史を使うやり方。「君主論」を著したマキアヴェッリが典型とされています(私はまだ読んだことがありません)。概して、記述量が簡潔になります。

二つ目は歴史を手段とせず、叙述を目的とするやり方。「ローマ史」のモムゼン、「ローマ帝国衰亡史」のギボン(二人とも知りません。。)が例として挙げられています。概して、記述量が膨大になります。これを「歴史はプロセスにある」という考え方として、塩野さんは後者の立場を取ると言っています。

そしてこの2点と全く異質の観点によって教えられるのが高校世界史です。最大の目的は「短期間で世界中の歴史の概要を習得すること」。私は次の記述を読んで確信しました。その試みは不可能です

ちなみに、一年間で世界中の歴史を教えなくてはならないという制約があるのはわかるが、日本で使われている高校生用の教科書によれば、私がこの巻すべてを費して書く内容は、次の五行でしかない。

――イタリア半島を統一した後、さらに海外進出をくわだてたローマは、地中海の制海権と商圏をにぎっていたフェニキア人の植民都市カルタゴと死活の闘争を演じた。これを、ポエニ戦役という。カルタゴを滅ぼして西地中海の覇権を握ったローマは、東方では、マケドニアやギリシア諸都市をつぎつぎに征服し、さらにシリア王国を破って小アジアを支配下におさめた。こうして、地中海はローマの内海となった――

これが、高校生ならば知らないと落第する、結果としての歴史である。これ以外の諸々は、プロセスであるがゆえに楽しみともなり考える材料も与えてくれる、大人のための歴史である。

こりゃ理解できるわけありません。人間の動きや社会の仕組み、人々が何を考え、どうやって行動してきたか、すべてドッスンに潰されたマリオカートのごとく圧縮されぺちゃんこになり行間から排出されてしまっています。

 

大久保駅の近くに、第一教科書という店があります。

http://www.daiichikyokasho.co.jp/img/img_main.jpg

教科書供給、販売なら第一教科書へ

ここは駐車場を改造したようなスペースにずらっと教科書が並んでいて、少しそそられる雰囲気の店です。会社に向かう道の途中にあるので、気になっていました。

ここで山川の世界史教科書を買おうかどうか迷っていたのですが、本書を読んで決心がつきました。買いません

高校時代には歴史書を読んでおけばよかった。プロセスが書かれている本なんて高校や地域の図書館、近くの本屋にいくらでもあったのですから。あれから10数年経ちましたがこれからでも遅くありません。気長に沢山読んでいこうと思います。

 

 


書籍レビュー: 優れた歴史入門書『砂糖の世界史』 著: 川北稔

★★★★★

20冊セレクトした岩波ジュニア新書の中から、1冊目を読みました。

 

砂糖にはじまり世界システムに至る

本書は前評判通り、優れた歴史入門書でした。砂糖という不思議な食べ物が価値を持ち「世界商品」となり金の成る植物と化してから、ヨーロッパ諸国がプランテーション用の植民地を奪い合う数々の戦争の原因となったり、プランテーション用の労働力として連れてこられた奴隷たちが今日の中米の人口分布を形作ったり、様々な歴史の「熱量」と呼ぶべき物語が紡がれていく様子は、驚くべきものでした。世界の歴史を「砂糖」という側面から覗いてみるだけでも、数えきれないほどのドラマが込められているのです。ダイナミックでエキサイティング。欲を言うなら、あと2倍の紙面を使って欲しかったですね。

経済を通して世界が結び付く

この本から学んだ収穫は2つあります。1つは、近代の大きな歴史の流れは必ず経済と共にあること。金の流れが支配の構造を生み、また対立の原因となって戦争に至ります。

2点目は「世界商品」が世界の大きさを小さくすること。全世界で売れる商品は流通を活発化し、コストを下げるためにあらゆる工夫がされ、国々の距離を縮め、関係を密にします。まだ飛行機のなかった時代に、イギリスではインド産の茶に中米産の砂糖を入れて一般民衆が飲んでいました。世界を股にかける出来事です。

いま世界商品と言うと、例えばiPhoneが相当するでしょうね。世界中で売れる価値を手にしたものが世界を征服するのは、昔も今も変わりません。

 

 

参考文献

川北さんが本書を執筆するにあたり、参考にした手法はウォーラーステインの「世界システム論」です。私もいつか読んでみたいと思っていた本でした。

近代世界システムI―農業資本主義と「ヨーロッパ世界経済」の成立―

近代世界システムI―農業資本主義と「ヨーロッパ世界経済」の成立―

 

って、訳したの本人じゃん!!!!気付かなかった。

 

 類書。

チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石 (中公新書)

チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石 (中公新書)

 

 

次はこれを読んでみたいな。

歴史とは何か (岩波新書)

歴史とは何か (岩波新書)

 

岩波新書は、読みたいものを古いものから順にセレクトしまくっている最中です。いずれ記事にします。