書籍レビュー: 構造改革と止揚 『ローマ人の物語 (6) ― 勝者の混迷(上)』 著: 塩野七生

★★★★★

 

6冊目の舞台は紀元前133~88年までが舞台です。ポエニ戦争が終結し地中海の覇者となったローマを待ち受けるものは、、なんと国内問題でした。

日本とかぶってる

対外的には大した戦争も無く見た目は平和であったローマですが、平和であるゆえにある問題に悩まされることになりました。それは貧富の差です。

まず、第一次ポエニ戦役によって属州となったシチリアから税として納められた小麦が、小規模農家に打撃を与え中産階級が没落します。彼らは失業者となり、ローマに流れ込みます。

さらにポエニ戦争が終結し、戦時の特例であった直接税が廃止されます。この直接税は累進課税であったので、富裕層の金が余ります。金が余った人間が考えることは投資です。ローマは小麦農家が滅び大規模なオリーブや葡萄酒農場が発展しつつあったので、ここに金が流れ込みます。さらにこの時期、連戦連勝の戦争で得た奴隷という超低価格な労働者が入ってきました。彼らを農場で働かせた富裕層はぼろ儲けし、ポエニ戦役の前後で最富裕層と最下層の格差は10倍から500倍以上へと大拡大してしまいました。

小泉構造改革とTPPでボロボロな日本の中産階級と、アベノミクスで大儲けした日本の富裕層と完全に重なる構図です。ローマのこの後の事態を探ると日本がこれからたどる道が見えるかもしれません。

構造改革とその結果

さてこの事態を憂慮していたのは、ポエニ戦争の英雄スキピオの甥にあたるグラックス兄弟です。彼らは最も権力のある執政官ではなく、護民官という平民のトップに選出された後、様々な改革を行います。例えば、大農園の土地を再分配して自作農を増やし、中産階級を復興させるための農地改革法。日本の戦後の農地改革に似ていますね。また、小麦を貧民に二束三文で売ってセーフティーネットを作る穀物法。これは生活保護の思想です。また、平和になり軍事的な負担があまり意味のなくなる中で、同盟都市だけに課された1割の税金は不公平となったため、同盟都市に一律にローマ市民権を与えるという法律の制定。いずれも平等を目的とした素晴らしい法律だと思いました。

しかしこれは全て富裕層の既得権益を削る法案です。富裕層はすべてローマ市民です。ローマ市民の有力者が勢揃いする元老院はいい顔をしません。どうしたかというと、グラックス兄弟は元老院の陰謀により暗殺されました。マジかよ。

グラックス兄弟の弟ガイウスが失脚させられるまでの著者の考察は現代の私達にも通じるものがあります。耳が痛いです

二面作戦*1の一つは、ティベリウス*2のときも使われ、いつでもどこでも有効であった作戦である。護民官ガイウスの政策は、票集め、人気取り政策、権力の集中、権力の私物化であるという声を広めた。現代イギリスの研究者の一人は、次のように書いている。

「無知な大衆とは、政治上の目的でなされることでも、私利私欲に駆られてのことであると思い込むのが好きな人種である」

好きなのは無知な大衆に限らないと、私ならば思う。これより70年後の話になるが、ローマ史上最高の知識人であり、私の考えでは最高のジャーナリストであったキケロでさえ、この種のことが「好きな人種」の一人であったのだ。要は、教養の有無でも時代の違いでも文化の違いでもない。目的と手段の分岐点が明確でなくなり、手段の目的化を起こしてしまう人が存在する限り、この作戦の有効性は失われないのである。

同盟者戦役とアウフヘーベン

彼らが暗殺され、穀物法以外の改革案は葬り去られました。その後しばらくたって、格差問題は内乱となって表面化します。「同盟者戦役」と呼ばれる争いが起きます。

軍制改革(詳細は マリウスの軍制改革 – Wikipedia を参照)を経てローマ市民と同盟国の市民はますます格差が激しくなり、同盟国ではローマ市民権を求める声が高まりました。しかし既得権益層の多いローマ側はちっともそれを認めようとしません。認めようとすればグラックス兄弟のように殺されてしまうほど元老院の権力は強大でした。

紀元前90年、とうとう同盟国が爆発します。

The Growth of Roman Power in Italy.jpg

Social War (90–88 BC) – Wikipedia, the free encyclopedia

赤い部分が同盟国ですが、これらが一気にローマに反旗を翻します。同盟国はローマの戦術を知り尽くしていますから、どの戦場も激戦となりほぼ互角の戦いとなります。ローマ側はやむなく、同盟国に市民権を一律に認めることで事態を収束させ、2年で戦いは終わりました。

この事態に私はびっくらこきました。一昨日に読み終わった「哲学大図鑑」という哲学者をひたすら紹介していく本(明日感想を書きます)で一番気に入ったのがヘーゲルという人で、彼が有名にした「弁証法」という理論は乱暴にまとめると「矛盾を統一してより高い次元に至る(日本語で止揚、ドイツ語でアウフヘーベンというそうです)」というものでした。国内の矛盾が戦争となり、それをローマ市民権による結びつきという新しい次元に移行したローマは、まさにこの過程を辿っています。弁証法は歴史的なものだと書いてありましたが本当にそうでした。

本書はハンニバル戦も終わりドラマティックな戦いこそないものの、構造的な転換を地味に描き出す画期的な章でした!下巻はスッラ、ポンペイウスという人物が活躍するそうです。次も楽しみ。

 

*1:元老院がガイウスを失脚させるための作戦。2つ目はもっとエグい。本書参照のこと

*2:ガイウスの兄。元老院に失脚させられ暗殺された


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