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著者のケン・シーガルはアップルに長年勤めた広告マンです。スティーブ・ジョブズを広告面から陰で支えた存在と言えるでしょう。本書は、アップルの「Think Simple」という哲学をタイトルに冠しその詳細を10項目にまとめた(体裁の)の本です。
シンプルの法則の例
1985年から1995年の10年間、アップルはジョブズを追放します。その間、アップルの売上はどんどん低迷していきます。ジョブズが戻った時、アップルは瀕死でした。そこ から「シンプル」の法則に従った経営の立て直しが始まり、iMac、iPod、iPhone、iPadといった大ヒット商品を生み出す企業に発展していきます。
まずシンプルにするのは組織でした。これは第2章に詳しく書かれています。アップルはジョブズを中心とした少人数のエリートたちが迅速に物事を決める形態を選びました。要するに寡頭制です。大規模な会議は平等ですがスピードが遅い。しかも形式ばかりを重視し実質が伴わず、優れたアイディアも潰されやすいのです。これは日本的民主主義に対応していると感じました。ジョブズはこのようなまどろっこしい体制を「大企業病」と呼び忌み嫌いました。
次にシンプルにするのは製品ラインナップです。著者はデルの広告も担当したことがあるため、デルとアップルを比較してデルを激しくdisります。商品のラインナップが「複雑さ」の罠にはまりこんでいるというのです。デルはあらゆる顧客を満足させるために、種々雑多大量のモデルを投入していました。すると製品1つあたりにかけられる配慮は当然少なくなります。販売員がどれを薦めたらよいのかもわかりません。アップルはノートパソコンのモデルを「プロ用のMacBook Proとパーソナル用のMacBook Airだけ」と極めてシンプルにまとめました。そうすれば、少ない経営資源に集中できるという計算です。
いま別件でソフトバンクのウェブサイトをじっくり見ているのですが、iPhoneは「iPhone6」と「iPhone6 Plus」しかないんですね。実質iPhone6しかないも同然です。iPhoneを使いたかったらこれしかない、というシンプルの法則が働いています。
アップルのマーケティング理論
私はアップル製品を一度も買ったことがありません。iPhoneは持っていません。SIMカードなしのAndroid端末は持っています、PCは 20年以上Windowsを使っているし、iPodではなく韓国製COWONの音楽プレイヤーを持っています。実は個人的にはアップル製品に魅力を感じていません。
しかしこの本を読んでなぜアップル製品がアメリカだけではなく日本でも売れるのかよくわかりました。彼らが作るのはイメージです。ブランドです。「この製品を手に取れば自分が変わる」と思いこませる力です。彼らが一番金を掛けるのはどこか?広告費なのです。
シンプルの法則に従って商品を絞り込んだら、あとはその商品を売り込まなければいけません。株のポートフォリオなら「mixi全力買い」などとやっていることと等しいのです。mixiの株価を上げないと死にます。
ですから広告で「iPhoneすごい!革新的!持っていたら私プレミア!」と思いこませなければいけません。著者を含む広告部隊に課された大きな使命です。(ここら辺は本書には書いてありません)
著者が広告マンということもあるでしょうが5~10章は殆ど広告の話です。iPhoneのネーミングにかける情熱や、いかにしてユーザーにイメージを植え付けるのか、そのために選ぶ言葉や偶像は何にするのか、などなどが熱く語られます。
シンプルさが最も印象付けられるのはやはり「i」のネーミングでしょう。「i」にはインターネットのi、イマジネーションのi、インディヴィジュアル(個人)の「i」がたったの1文字に凝縮されています。今日では「i」さえあれば誰もがアップル製品のものであると分かる超シンプルな記号になっています。私も、先のソフトバンクのサイトで言えば「AQUOS PHONE Xx mini 303SH」や「Disney Mobile on SoftBank DM016SH」よりも「iPhone6」のシンプルさに軍配を上げます。
小人数のエリートにしか世界は支配できないのか?
さてこの本を読んで一番引っかかったことは、「少人数エリートによるトップダウン経営」についてです。アップルもジョブスの独裁と少数精鋭があってはじめて猛スピード経営が可能となります。意思決定が迅速で、権限が高いことによって軌道修正が容易、しかも思い切った決断がやりやすいからです。
また、第1章でも出てきますがジョブスは極めて率直にものを言います。クソだと思ったことには容赦なく罵詈雑言を浴びせます。しかし相手にも同じような率直さを求めます。そしてそれが妥当であれば、彼も考えを変えることがあります。ジョブズが好かれる理由はここにあると思いました。私も気に入ったので一時期バカ売れした評伝を読んでみたいです。
脱線しました。この率直さでもって少人数グループは嵐のような速度でディスカッションができ、プロモーション案の試行錯誤のスピードが通常の3倍速以上になります。しかも元々エリート揃いだから質の高いものを大量生産し、そこから最も良いものをジョブズが選び出すことができるのです。こりゃ敵う訳がありませんわ。
考えてみれば、ファーストリテイリングの柳井正、セブン&アイの鈴木敏文、ソフトバンクの孫正義、アマゾンのジェフ・ベゾス、マイクロソフトのビル・ゲイツ、急成長する企業はどれをとってもトップの力に依存しています。
この本は優秀な人間も凡人も平等な立場を保証して会議を進めたら良いものはできない、という証明の1つです。プロセスで雁字搦めにされた企業に明日はありません。私たちの人権意識や法の精神、平等感はイノベーションを損ないます。何が良くて何が悪いのか?さっぱりわからなくなってしまいました。