書籍レビュー: 実例は楽しいが内容は薄い、宣伝有り注意『SEO対策のためのWebライティング実践講座』 著:鈴木良治

★★☆☆☆

著者の鈴木良治さんは株式会社アンドバリューの社長です。

webシステム開発、サイト作成などが業務のようです。この本はその活動の中で培われたノウハウを凝縮した書籍と言えそうですね。

web上で必要となるライティングスキルとは

この本の要点は2点に集約されます。

  1. 検索エンジンに上位表示されるコンテンツを作ること。
  2. ユーザーを狙ったページへ確実に誘導させること。

1点目はSEO(検索エンジン最適化)対策そのものですので当たり前のことですが、これも要点は次の2つに絞られるように感じました。

  • ニーズのあるキーワードを適切な割合で含むこと
  • オリジナル性があること

2点目についても同様に

  • ユーザーを離れさせない工夫をすること
  • 仮説・実践・検証を繰り返すこと

に絞られます。本書250P分を要約すると以上の通りです。

わかりやすく、内容は薄い

本書は、以上の4点を不動産会社の広告を例にとって具体的に説明していく構成を取ります。分かりやすさを重視している為か、1時間半くらいで読めてしまいました。内容は見た目の分厚さの割に薄く感じました。しかも、ほとんどの情報は既にwebでいろんな方が実践していることとほぼ同じです。私はアフィリエイターのブログを10ほど読みました。この本に書いてあることの2/3くらいは既に学んだことばかりです。

中盤にはキーワードを文章内に散りばめるリライト方法が書いてあります。参考になって楽しいのですが、この程度の内容ならふつうの日本語の書き方本を読んだ方がよさそうです。文字数を揃えるテクニックは必然性に欠けます。外注として文章を書く時でなければ参考になりません。

無料ツールの紹介は自社の宣伝だった

ラストに無料ツールの紹介があります。ファンキーライティングは便利そうです、が、、

ファンキーライティング[FunkeyWriting] | 無料Webライティングツール – FunMaker[ファンメイカー]

よく見るとアンドバリューの製品じゃん!サイト内に本書の広告がありました。ああ自社宣伝だったのですね。いやーまいったまいった。

他に便利そうなのはgoogleアドワーズ、googleアナリティクスと日本語文章校正ツールですが、日本語文章校正ツールはリンク切れでした。泣けてきます。googleアナリティクスは優秀ですが本書ではまともに解説されてないので、他の書籍で学習する必要があります。

 

いまいちでしたね。

 


書籍レビュー: 何だよ自分やっぱりアスペルガーじゃん『アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える』 著: 米田衆介

★★★★★(ノ≧ڡ≦)てへぺろ

 

著者の米田衆介氏は明神下診療所の院長です。実はこの人、8年ほど前に私にアスペルガー障害であると診断を下した医者です。自閉症・アスペルガー関連の書籍を探していたらなんと明神下診療所の院長が本出してる!けしからん!これは読まなければ!と全面対決する気持ちで手に取ったわけですが、、結果は完敗でした。

アスペルガーの3つの特性

米田さんは一般的によく使用される自閉症の「三つ組み」仮説、すなわち

・社会的相互交渉の障害(他者と上手く関われない、興味が無い)

・コミュニケーションの障害(会話や意思の伝達の困難)

・想像力の障害(空気が読めない)

は、現実に表れている症状を分類したことに過ぎず原因そのものではないと述べ、いくつかの仮説を並べた後に次の三点にまとめられる「情報処理過剰選択説」を現場で使用していると述べます。

・シングルフォーカス特性……注意、興味、関心を向けられる対象が、一度に一つと限られていること

・シングルレイヤー思考特性……同時的・重層的な思考が苦手、あるいはできないこと

・ハイコントラスト知覚特性……「白か黒か」のような極端な感じ方や考え方をすること

げー。全部当てはまるじゃん。。私は愕然としました。

というのも、私は8年間、アスペルガーなんてラベルに意味はない、私は私だ。人とまともな人間関係を構築することも頑張ればできるだろうし、想像力だって豊かになれるはずだ、だからいわゆる「定型」の人の考え方身の振り方を努力して身に着けるんだ、だからそんなラベル貼るなよ!!!という思いで頑張ってきたつもりでした。アスペルガーはその言葉が新聞で出回るようになって以来、ぜーーったい悪い意味で使われると思っていたらやっぱりその通りになりました。

しかし私の努力は方向性が悉く間違っているため失敗し努力は水の泡となり、絶望感やいじける気持ちやらが募るばかりでした。方向性が間違っているということも田さんは以上の特性の帰結の一つの例として挙げています。

で、この本を読んだわけですが完敗です。間違いなくこの3つの特性を私は備えてます。ああやっぱり、逃れられないね。自分の特性の一つとして受け入れるしかないね。受け入れた上で自分に何ができるか、考えるしかないね。

臨床例1000件は伊達じゃない

正直言ってこの本はきついです。アスペルガー者(と呼ぶことにしたそうです)はできることは少ない、あれはできないこれができないといろいろ述べられますが、実感としてすべて正しいです

正直に言って、アスペルガー者に高度なマネージメントや、創造的なプロジェクトを任せるのは、その本人にかけがえのない才能があって、他の人間ではどうしても目的が達成できないような場合や、古いシステムを徹底的に破壊して合理的な新しいシステムを廃墟の上に立ち上げる必要な創造的破壊を狙う場合以外には、職場にとっては利益が無いのではないかと推測されます。

正しい。

「働くのをやめる」という環境庁性もあるということを、忘れないことです。働くのがうまくいかないのですから、働かないという選択肢もあっていいはずです。

正しい。

このあたりの内容は絶望的で当事者の反発を受けること必至でしょう。私も反発していました。でも正しい。

私はアスペルガーであると診断を受けたもののだからと言って特別な支援が受けられるわけでもありませんでした。8年かけて、周りと合わせる努力は無駄、摩擦が起きるのは仕方がない、改善されることはなさそうだ、だから周りとの関係をできるだけ希薄にするしかないね、という結論に達しつつありました。この本はその結論を大きく後押しすることとなりました。

感情、共感、想像力って一体なんだよ

この本の優れているところは特にラストの3章です。アスペルガー者は「想像力」「感情」「共感」が無いと言われますが、著者は「じゃあ共感とか想像力っていったい何さ?」といういう疑問を投げかけます。

実際には、共感という言葉はあまりにも曖昧に使われすぎていて、それが正確に何を意味するのか、科学的に意味のあるやり方で定義することができないという問題を無視するわけにはいきません。

私は「感情が無い」と言われたことがありますが決してそんなことはありません。感情はあります。共感もできます。ただし、著者の言うように『質が違う』のです。

定型発達者(本書では「健常者」と呼ばれています)は共感も感情も無意識のうちに勝手に湧くものですが、私は意識しないとそれができないのです。これは先の「情報処理過剰選択説」の「シングルフォーカス特性」および「シングルレイヤー思考特性」で十分に説明できます。すなわち話を聞いたり目で見たときに健常者はまるで2コアCPUのように情報を並列処理し同時に感情やら共感やらが湧くわけですが、アスペルガー者は1コア、シングルスレッドCPUしか持てないわけです。話を聞くか感情を動かすかどっちかしかできません。これも、訓練すればwindowsのようにミリ秒単位で動作を切り替えまくる疑似マルチタスクができるようになるんでしょうけど、切り替えにエネルギーが食われて非効率になることは必至です。そういえば私はここ1年で10kgも痩せてしまいましたがエネルギーを使い過ぎているのかもしれません。

 

この本には★10くらいつけたい気持ちです。米田先生ありがとうございます。生きるのが10倍楽になりそうです。8年前、注意不全で水筒のお茶をぶちまけてカーペットに染みを付けてしまってごめんなさい米田先生!もうカーペットは取り換えたのでしょうか!?

 

自分がアスペだと思う人は明神下診療所に行く前に本書を読んでください。超おすすめです!

 


書籍レビュー: バイオテクノロジーで世界征服 『モンサント――世界の農業を支配する遺伝子組み換え企業』 著:マリー=モニク・ロバン 訳:村澤真保呂、上尾正道

★★★★★(・:゚д゚:・)ハァハァ

 

聞いたことがありますかモンサント。全世界の遺伝子組み換え企業の総本山としてよく知られた企業です。本書はモンサントについて著者が4年に渡る調査を行った結果として書かれた本です。

圧倒的情報量を訳者がさらに補強

まず本書の目玉は圧倒的な情報量です。本文が約540ページもある上に文字が小さめで、膨大な出典付き。それに加えて訳者も本書のあちこちに注と参考文献を2Pに1冊くらいの割合で紹介してくれており、巻末の参考文献もざっと100冊はありそうです。巻末の文献と本文中の文献は独立していて別物です。いったいどれだけ調べたのでしょう。1冊の本を完成させるまでに相当の労力を費やしたことがわかります。

驚くべきはこのモンサントという企業、あらゆる要素を駆使して世界的企業に成長したということです。それも合法的に。

まず国の中枢に働きかけ、環境汚染しながら利益を蓄える

第一部ではPCB、ダイオキシン、ラウンドアップ、牛成長ホルモンを通じてモンサントが巨大企業になっていく過程が書かれています。モンサントと言えば遺伝子組み換え作物(GMO)という先入観がありましたので、公害は「だいたいこいつのせい」と言っても過言ではないくらい、多くの製品を生産していたことは知りませんでした。例えばPCB。

PCBといえば日本ではカネミ油症事件で一躍有名になった有機塩素化合物です。熱にも電気にも薬品にも強い優秀な物質で、加熱冷却用媒体、溶媒、絶縁油などあらゆる工業製品に置いて広く使用されていました。しかしその安定性ゆえに分解されることなく、人体の脂肪内に蓄積されガン・皮膚疾患・ホルモン異常などを引き起こす毒物でもあります。カネミ油症事件ではPCBが漏れ油に混入、加熱によってダイオキシンに変化しこれを摂取した1万4千人に症状が現れました。日本では1975年に輸入が禁止されました。

また、ベトナム戦争で有名になった枯葉剤も彼らが作りました。枯葉剤は「2,4,5-T」という除草剤で、やはり有機塩素化合物です。2,4,5-T自体も毒性がありますが本当にまずいのはその生産過程で不純物として発生するダイオキシン類です。これがベトナムで大量に散布された結果出生異常児が大量に出現したことは有名です。が、驚いたのは40年以上もたった現代でも未だにダイオキシン類が土壌に存在し、健康被害を及ぼし続けているということです。本書で「ホットスポット」「半減期」という単語が出てくるのはまるで放射性物質のようです。前述の安定性ゆえ半減期は数十年。セシウムに匹敵します。

牛成長ホルモンについては次の本にも詳しく書かれています。これもモンサントが普及させました。

 

モンサントはこれらの怪しい物質を、政治家へのロビー活動や有毒性の情報隠蔽などのあらゆる手段を使って売り込むことに成功し、莫大な利益を上げます。

次はアメリカ制覇

第二部はアメリカ制覇への道です。

彼らの売れ筋除草剤ラウンドアップは2000年に特許が切れます。そこで彼らは除草剤と植物を抱き合わせで売り込むという商法を思いつきます。バイオテクノロジーを使って除草剤耐性の遺伝子組み換え作物を作り、それに特許を取らせてライセンス料で稼ぐ、しかも除草剤も売れるという手法です。完璧すぎます。

遺伝子組み換え作物の開発については、プロジェクトXもびっくりの臨場感ある叙述がされます。クレイジーな研究者たちは魅力にあふれています。彼らがバクテリアや遺伝子銃やらなんでも使って除草剤耐性遺伝子を組み込むための血のにじむ努力を続け、運よく生き残った作物のDNAは、特許を獲得します。

生物特許は当時アメリカで認められていませんでしたが、彼らは第一部で磨いたロビー活動の力で特許法を改正させてしまいます。

特許とは無形の財産たる発明、すなわち簡単にパクれる財産を保護するため、新規性などを要件にして、排他的な独占権を認めるものです。この「排他的」はものすごく徹底されていて、著作権よりも遥かに強力です。たとえば公権力を使って海賊品の強制的差し押さえができます。刑事裁判にかけて莫大な損害賠償を請求できます。しかも保護されるのは「アイデア」そのものですから、拡大解釈がかなりの程度可能です。著作権が具体的な作品の差し止めしかできないのとは大違いです。

例えばモンサントの遺伝子組み換え大豆がうっかりそこらへんの畑に落ち、芽を出したとします。するとその畑の持ち主は訴えられ、損害賠償を請求されます。ウソのような話ですが本当の話です。

またGMO種子は1代限りにして種を保持するな、という契約を強制します。毎年種を買わせるためです。種子の保存が見つかれば訴えられ、必ず負けます。モンサントは法務部も超強力で、何千件もこのような訴訟を起こします。

さらに、「実質的同等性」というクソのような概念をロビー活動で導入します。これは「遺伝子組み換え作物は従来の作物と(だいたい)タンパク質組成などが同じなので、安全性の検査の必要性は、従来作物と同じでよい」という概念です。この原則に従えば遺伝子組み換えに伴う安全性の検査不要!!0ドル!!素晴らしく経済的な概念です。モンサントすげぇ!シビれる!憧れるぅ!

モンサントはアメリカ中の大手種子会社を買収し、GMO市場、ひいてはアメリカ作物市場を独占していきます。

最後に世界制覇

第三部では発展途上国への進出です。本書ではアルゼンチン、ブラジル、インド、パラグアイなどを制覇する様子が描かれます。

GMOは実質上のモノカルチャー推進事業ですので同じ作物ばかり作り続け、土地が荒れます。また、除草剤をラウンドアップしか撒かないので耐性昆虫や耐性菌が必ず出現し、毎年除草剤の量を増やさなければいけない宿命にあります。GMOの導入は除草剤を減らす目的だったのに矛盾した話です。ともあれ、農薬大量投入は必然的に世界中で健康被害を引き起きしました。

アルゼンチンは大豆畑まみれになりました。海外では大豆は食用ではなく、主に飼料用です。この飼料をアメリカやヨーロッパに輸出し、大量の肉が生産されます。この過程も先に引用した「ファーマゲドン」にも詳しいです。先進国の貪欲さが途上国の貧困と荒廃を招く分かりやすい例です。

次は日本の番

WTOは世界中にアメリカの論理を広める手段として活躍しました。例えばTRIPs協定。その(意図的に)難解な条文は弁理士試験受験者を悩ませる種の一つですが、これは生物特許を全世界で認めさせるための手段でした。そんなことも知らないで勉強していた私はアホですね。

本書でも警告されていますが日本はまもなくTPPを批准します。アメリカ流を踏襲するなら、現行の(遺伝子組み換え作物不使用)の表示は外さなければいけなくなる可能性が高いです。モンサントの利益に反するためです。こんな表示があったら遺伝子組み換え作物が売れないからです。

TPPにはISDS条項というものがあります。

大企業覇権としてのTPP

投資家が国家を訴えられる条項です。TPPを批准すれば、モンサントが日本を訴えて遺伝子組み換え作物の表示をやめさせることができるようになります。今後、日本にも続々とGMOが輸入されることでしょう。GMOの栽培は国としては禁止していませんが、日本は国土が狭いので北南米のようなGMO作物の広域大量栽培をすることが経済的に不可能なのが救いです。

 

おわりに

モンサントの言い分がしょっちゅう出てきますが、どれもこれも、この本の論調と同じです。

もちろん遺伝子組み換え食品は実質的同等性により安全であるともこの本に書かれていました。

 

 

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成長著しいモンサントの株価は2008年にはテンバガーを達成します。リーマンショックを乗り越え、また2008年並みの価格に落ち着いてきているようです。

本書は企業が世界を征服する過程を描く、画期的な著作です。読むのには骨が折れましたが得るものも大きかった。膨大な参考書籍は今後の課題となりました。

 

 

参考書籍ピックアップ

ダイオキシン

ダイオキシンと「内・外」環境 ―その被曝史と科学史

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カネミ油症

カネミ油症 過去・現在・未来

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枯葉剤

ベトナム戦争におけるエージェントオレンジ―歴史と影響

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 農薬

農薬毒性の事典

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 緑の革命(収量増のみを目指したため、大規模環境破壊につながった)

緑の革命とその暴力

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グローバルバイオ企業全般

バイオパイラシー―グローバル化による生命と文化の略奪

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 戦争の黒幕企業

死の商人 (新日本新書)

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 生命特許

生命特許は許されるか

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  • 作者: 天笠啓祐,市民バイオテクノロジー情報室
  • 出版社/メーカー: 緑風出版
  • 発売日: 2003/08
  • メディア: 単行本
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 ライバル会社カーギル

カーギル―アグリビジネスの世界戦略

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最悪の化学事故、2万人以上死亡

ボパール死の都市―史上最大の化学ジェノサイド

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 著者の最新書

 

Our Daily Poison: From Pesticides to Packaging, How Chemicals Have Contaminated the Food Chain and Are Making Us Sick

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なお彼女はドキュメンタリーフィルムも作っています。私も見てみたいと思っています。

モンサントの不自然な食べもの [DVD]

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書籍レビュー: 砂穴の中にいるのは私達だった 『砂の女』 著: 安倍公房

★★★★★(°ω°)

私は小説をあまり読んでこなかったので、まず一般的に強く勧められている作品から読んでいきます。自分の好みなんてものは嫌でも後でついてくるでしょうから、当面のあいだは何も考えず受動的に「有名な」ものを読みます。という気持ちでこの小説を選びました。作者には失礼かもしれません。ごめんなさい。

結果的に、この作品には大きな衝撃を受けました。他人の言うことは聞いておくものです。内容についてはAmazon掲載の書評をそのまんま引用します。

砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める村の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のうちに、人間存在の極限の姿を追求した長編。20数ヶ国語に翻訳されている。読売文学賞受賞作。

絶望と比喩と

序盤~中盤にかけて読者を襲うのは強烈な絶望感とあきらめの気持ちでしょう。私もそうでした。安倍さんの口に釣り針でもひっかけられてこじ開けられるような生々しい描写のせいです。彼は比喩が巧みで、巧み過ぎて一部ついていけないくらい想像力豊かです。

やがて、部落の外れに出たらしく、道が砂丘の稜線に重なり、視界がひらけて、左手に海が見えた。風に辛い潮の味がまじり、耳や小鼻が、鉄の独楽をしばいたような唸りをあげた。首にまいた手拭がはためいて頬をうち、ここではさすがに靄も湧き立つ力がないらしい。海には、鈍く、アルマイトの鍍金がかかり、沸かしたミルクの皮のような小じわをよせていた。食用蛙の卵のような雲に、おしつぶされ、太陽は、溺れるのをいやがって駄々をこねているようだ。水平線に、距離も大きさも分らない、黒い船の影が、点になって停っていた。

「鉄の独楽をしばいたような唸り」とか「沸かしたミルクの皮のような小じわ」などといった比喩は私にはなかなか想像できないのですが、何となく想像できるような気はします。よく思いつくよなぁこういうの。

 

 

以下の記述はネタバレを含みます。

 

 

人間社会の隠喩としての「砂穴」

主人公である男は理不尽にも穴の中に閉じ込められ実質上の監禁生活を余儀なくされます。またタイトルにもあるように、穴の住人である女との物語でもあります。女には申し訳ありませんが、私は彼女との交流の描写よりも「砂穴」そのものの構造に興味を惹かれました。

「砂穴」は外界と隔絶されていて、穴の外にいる役場の人間からの水・食料・わずかな娯楽が生活の生命線です。集落全体を守るために、穴の中の砂掻きという重労働を毎日強いられます。砂掻きをサボれば水も食料も途絶えます。帝愛グループの地下施設とあまり変わりありません。

男は穴に閉じ込められたとき、激しく抵抗し何度も出ていこうとします。穴の外でのいつも通りの人生、自由な人生を取り戻すための戦いです。

ところが断片的に記憶の中から掘り起こされる、教師として生きてきた人生、彼女(妻?)とのやり取りは全く幸せそうではありませんし、自由でもありません。

例えば自分のいなくなった部屋を想像した描写は

西陽にむれた、殺風景な部屋、すえた臭いをたてて、主人の不在を告げている。訪問者は、この穴ぐらから解放された、運のいい住人に対して、本能的な妬みをおぼえるかもしれない。

と部屋を「穴ぐら」と表現しています。あまり引用が多いのもよくないので他は省略しますが、明確に意識はされないものの、思い出せば思い出すほど彼の人生は既に穴の中に入っていたと言えます。砂穴から脱出して自由を手に入れるつもりだったのに、自由なんてものは元からなかった。男が穴の生活に慣れていくのは必然でした。

自由の象徴としての「溜水装置」

そして彼はひょんなことからもっとも重要な生命線である「水」を作り出す仕組みを手に入れました。彼はこれを「溜水装置」と名付けています。

水を生産できるようになった彼は興奮します。これで外からの水の配給を止められることによって命を脅かされることはなくなるからです。これは外の世界で決して得ることの出来なかった大きな「自由」の一つでしょう。自由を手に入れた彼は、ラストで偶然逃げ出すチャンスが与えられても逃げ出すことを選択しませんでした。

ちょっと納得できないのは、食料を生産できないから外側からの兵糧攻めにあったらやっぱり屈服せざるを得ないのではないかと思ったことです。ただ、もう少し考えていくと、「溜水装置」で十分なのかなとも思いました。

ほんの一かけらでも

私たちは穴の中に閉じ込められた存在です。人生は砂のように流れていきますし、どれだけ自由を求めたって、稼いだり生産したりしなければ生きていけません。仮に不労所得がいっぱいあってそれらから自由になったとしても死という限界を超えることは決してできません。人として生を受けた時点で穴の中にいるも同然です。

しかし我々は自由を欲します。他人や世界に支配されるのを嫌います。それがどれだけ制限のある自由であろうとも、不完全であろうとも、パン屑ほんの一かけら分であろうともよいのです。

女が穴の生活で欲したのは鏡とラジオです。

「本当に、助かりますよ……一人のときと違って、朝もゆっくり出来るし、仕事じまいも、二時間は早くなったでしょう?……行くゆくは、組合にたのんで、なにか内職でも世話してもらおうと思って……それで、貯金してね……そうすれば、いまに、鏡や、ラジオなんかも、買えるんじゃないかと思って……」
(ラジオと、鏡……ラジオと、鏡……)――まるで、人間の全生活を、その二つだけで組立てられると言わんばかりの執念である。なるほど、ラジオも、鏡も、他人とのあいだを結ぶ通路という点では、似通った性格をもっている。あるいは人間存在の根本にかかわる欲望なのかもしれない。

男は反発するも納得しています。鏡は自分の情報を得られる、ラジオはほんの少しでも外側と繋がることができる道具です。

水を生産する「溜水装置」も圧迫された生活の中の不十分な自由の一つですが、それを得られることのなんと素晴らしいことでしょう。

我々の人生という穴の中の絶望的な状況に鑑みれば、わずかでも自由を得られることは大きな収穫となります。それは未来を感じさせるものです。期待です。あとがきでドナルド・キーンさんが「なぐさみ物」と表現しています。いやそりゃ本質的にはそうなんですが、そんな軽いもんじゃないでしょう。私はこの装置に「なぐさみ物」以上のものを感じました。単に穴の生活に慣れただけだったら、彼はチャンスが来た時、即座に穴から出ることを選択するはずなのですから。

 

作者の生物学に関する造詣が深すぎると思ったら元医学生だったんですね。納得しました。この作品は折に触れて読み返したいですね。

小説面白い!まだまだ面白い作品が日本にも海外にも大量に転がっていると思うとワクワクします。

 


書籍レビュー: マーケティングの教科書×ジョブズ×エリート礼賛 『Think Simple アップルを生み出す熱狂的哲学』 著:ケン・シーガル 訳:高橋則明

★★★★★

著者のケン・シーガルはアップルに長年勤めた広告マンです。スティーブ・ジョブズを広告面から陰で支えた存在と言えるでしょう。本書は、アップルの「Think Simple」という哲学をタイトルに冠しその詳細を10項目にまとめた(体裁の)の本です。

シンプルの法則の例

1985年から1995年の10年間、アップルはジョブズを追放します。その間、アップルの売上はどんどん低迷していきます。ジョブズが戻った時、アップルは瀕死でした。そこ から「シンプル」の法則に従った経営の立て直しが始まり、iMac、iPod、iPhone、iPadといった大ヒット商品を生み出す企業に発展していきます。

まずシンプルにするのは組織でした。これは第2章に詳しく書かれています。アップルはジョブズを中心とした少人数のエリートたちが迅速に物事を決める形態を選びました。要するに寡頭制です。大規模な会議は平等ですがスピードが遅い。しかも形式ばかりを重視し実質が伴わず、優れたアイディアも潰されやすいのです。これは日本的民主主義に対応していると感じました。ジョブズはこのようなまどろっこしい体制を「大企業病」と呼び忌み嫌いました。

次にシンプルにするのは製品ラインナップです。著者はデルの広告も担当したことがあるため、デルとアップルを比較してデルを激しくdisります。商品のラインナップが「複雑さ」の罠にはまりこんでいるというのです。デルはあらゆる顧客を満足させるために、種々雑多大量のモデルを投入していました。すると製品1つあたりにかけられる配慮は当然少なくなります。販売員がどれを薦めたらよいのかもわかりません。アップルはノートパソコンのモデルを「プロ用のMacBook Proとパーソナル用のMacBook Airだけ」と極めてシンプルにまとめました。そうすれば、少ない経営資源に集中できるという計算です。

いま別件でソフトバンクのウェブサイトをじっくり見ているのですが、iPhoneは「iPhone6」と「iPhone6 Plus」しかないんですね。実質iPhone6しかないも同然です。iPhoneを使いたかったらこれしかない、というシンプルの法則が働いています。

アップルのマーケティング理論

私はアップル製品を一度も買ったことがありません。iPhoneは持っていません。SIMカードなしのAndroid端末は持っています、PCは 20年以上Windowsを使っているし、iPodではなく韓国製COWONの音楽プレイヤーを持っています。実は個人的にはアップル製品に魅力を感じていません。

しかしこの本を読んでなぜアップル製品がアメリカだけではなく日本でも売れるのかよくわかりました。彼らが作るのはイメージです。ブランドです。「この製品を手に取れば自分が変わる」と思いこませる力です。彼らが一番金を掛けるのはどこか?広告費なのです。

シンプルの法則に従って商品を絞り込んだら、あとはその商品を売り込まなければいけません。株のポートフォリオなら「mixi全力買い」などとやっていることと等しいのです。mixiの株価を上げないと死にます。

ですから広告で「iPhoneすごい!革新的!持っていたら私プレミア!」と思いこませなければいけません。著者を含む広告部隊に課された大きな使命です。(ここら辺は本書には書いてありません)

著者が広告マンということもあるでしょうが5~10章は殆ど広告の話です。iPhoneのネーミングにかける情熱や、いかにしてユーザーにイメージを植え付けるのか、そのために選ぶ言葉や偶像は何にするのか、などなどが熱く語られます。

シンプルさが最も印象付けられるのはやはり「i」のネーミングでしょう。「i」にはインターネットのi、イマジネーションのi、インディヴィジュアル(個人)の「i」がたったの1文字に凝縮されています。今日では「i」さえあれば誰もがアップル製品のものであると分かる超シンプルな記号になっています。私も、先のソフトバンクのサイトで言えば「AQUOS PHONE Xx mini 303SH」や「Disney Mobile on SoftBank DM016SH」よりも「iPhone6」のシンプルさに軍配を上げます。

小人数のエリートにしか世界は支配できないのか?

さてこの本を読んで一番引っかかったことは、「少人数エリートによるトップダウン経営」についてです。アップルもジョブスの独裁と少数精鋭があってはじめて猛スピード経営が可能となります。意思決定が迅速で、権限が高いことによって軌道修正が容易、しかも思い切った決断がやりやすいからです。

また、第1章でも出てきますがジョブスは極めて率直にものを言います。クソだと思ったことには容赦なく罵詈雑言を浴びせます。しかし相手にも同じような率直さを求めます。そしてそれが妥当であれば、彼も考えを変えることがあります。ジョブズが好かれる理由はここにあると思いました。私も気に入ったので一時期バカ売れした評伝を読んでみたいです。

脱線しました。この率直さでもって少人数グループは嵐のような速度でディスカッションができ、プロモーション案の試行錯誤のスピードが通常の3倍速以上になります。しかも元々エリート揃いだから質の高いものを大量生産し、そこから最も良いものをジョブズが選び出すことができるのです。こりゃ敵う訳がありませんわ。

考えてみれば、ファーストリテイリングの柳井正、セブン&アイの鈴木敏文、ソフトバンクの孫正義、アマゾンのジェフ・ベゾス、マイクロソフトのビル・ゲイツ、急成長する企業はどれをとってもトップの力に依存しています。

この本は優秀な人間も凡人も平等な立場を保証して会議を進めたら良いものはできない、という証明の1つです。プロセスで雁字搦めにされた企業に明日はありません。私たちの人権意識や法の精神、平等感はイノベーションを損ないます。何が良くて何が悪いのか?さっぱりわからなくなってしまいました。

 

 


書籍レビュー: ローマ人はオープンすぎ!『ローマ人の物語 (2) ― ローマは一日にして成らず(下)』 著: 塩野七生

★★★★★

全43巻中の2巻、本書では紀元前453~270年ごろまでを扱います。文庫になる前は1・2巻で一つの単行本でした。文庫は持ち運びやすくとても助かります。

1・2巻ではただの一地方都市に過ぎなかったローマが王政を経て共和制に移行し、領土を拡大しながらケルト族やエピロス王ピュロスという難敵と戦いつつ、ついには南イタリアを制圧するまでの話です。

歴史面白い!面白いよ!なんで今まで全く学ぼうとしなかったんだろう!あほじゃないの私!?

ローマの開放性

本書で一番印象に残ったのはローマ興隆の要因分析です。結びで簡潔にまとめられています。

ローマはギリシャよりも頭脳は弱いし、スパルタほどの軍事力も、隣国のエトルリアほどの技術力もありませんでした。しかし結果的には彼らを凌ぐ大国家となっていきます。

ローマには他の国家にはない大きな特徴がありました。それは国家の開放性です。ローマ人はオープンでした。例えば誰でもローマに住めば市民権を得ることができました。誰でもです。ギリシャは他民族をバルバロイ(蛮族)と呼び、他国で生まれた人間には一切市民権を与えません。中国にも中華思想(自分以外の国はみんな野蛮人)がつい最近までありました。

当時は征服した都市を滅ぼすのが常識でした。しかしローマが周辺の部族と戦った場合は、相手の部族を皆殺しにするどころか、彼らの民族の存立を認め、ローマに迎え入れます。彼らには市民権を与え、有力者は国家の幹部にすらなることができるように計らったのです(もちろんその部族が裏切った場合など、例外もありました)。このように周辺の民族をどんどん同化し、技術も知識も取り入れ、不断に拡大再生産を続けるローマには常に新しい風が吹き、硬直して腐敗していきません。なんだかM&Aを行っているようです。多様性を認めるが国家への忠誠を本筋とするところはアメリカとも似通っています。数々の歴史家がローマの興隆の原因を「開放性」に認めました。

ローマ人の美徳

もう一点印象に残ったのはローマ人の「美徳」についてです。彼らは名誉心を何よりも優先しました。まるで武士のようです。

ローマ人は農耕民族で、大地主である貴族と小規模自作or小作人の平民が存在します。貴族と平民は土地の分配をめぐって険悪な関係にありました。不満を持つ平民は兵士募集に応じないなどのストを行います。古代は四方八方から断続的に多民族が攻め込んでくる時代ですから兵士がいないことは即国家存亡にかかわることです。ストは有効に土地問題を解決するように思われます。

しかし彼らの名誉心がストを無効化してしまうのでした。

敵が国境に迫っていると聞けば、不満も忘れて兵役に志願した。友軍が苦戦に陥っていると知れば、戦線参加拒否をつづけることができなかった。その結果、勝ってしまうのである。

さらに、貴族が汚職にまみれ暴利をむさぼるクソ野郎であったのなら、平民側にも言い分が立ち交渉を有利に進めることができます。ところが貴族も名誉を重んじるいい奴だったのです。

平穏に自分の農地を耕す毎日を送っていたキンキナートゥスは、独裁官に任命されたと告げられる。鍬を捨て指揮杖を手にした彼は、国境を侵していた外敵相手の戦闘に勝利を収めるのに、十五日とはかからなかった。キンキナートゥスは、六か月座っていることもできた独裁官の地位を十六日目に返上し、ふたたび自分の農地に戻って百姓の日常を再開したのである。

こんな感じで平民・貴族両者とも名誉心を大事にし清く正しくをモットーに生きているがために、かえって両者の交渉が成立せず泥沼にはまる、という一筋縄ではいかない歴史の面白さを見ました。

街道

ローマ人は街道を多く建設しました。ほとんどがローマを中心とした放射状の道路です。軍隊や経済を効率的に運ぶ動脈の役割をする道路、これの重要性を知っていたのはローマ人だけでした(どこからその発想が湧いたのかは書かれていません。気になります)。アッピア街道を始めとする道路は、ほとんど現存しています。いまでは高速道路のバイパスになっているそうです。

私の大好きな曲の一つにレスピーギの組曲「ローマの松」のトリを務める「アッピア街道の松」があります。


Respighi :The Pines of the via Appia – Karajan* – YouTube

美しい。

アッピア街道というのはローマ人の貴族の中でも名門中の名門、クラウディウス家のアッピウスが敷設したことにちなんでつけられた名前だということが本書に書いてあって、驚きました。もちろんレスピーギの曲を聴いたときは知りませんでした。アッピア街道はローマをスタートして、苦戦するサムニウム人の攻略のために重要な年であったカプア(現在のベネヴェント)、ピュロス軍を呼び寄せてローマと戦わせるギリシャ系都市国家のターラントを結ぶ超重要な街道だったのです。

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奈津子の徒然雑記帳 歴史を歩く21

街道はローマ人の開放性を表す大きな特徴の一つでした。というのも、自国の流通が活性化されるのはもちろんのこと、他国の流通も活性化させます。上図のタラントから、ピュロス軍はアッピア街道を北上しローマの近くまで押し寄せてくるのです。日本のお城は堀を設けて敵を寄せ付けないわけですが、街道はこれと正反対の思想です。「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」といった根性がなければできない芸当ですね。オープンというのはとても厳しいことです。

 

印象深かったのは以上述べたことですが、2巻ではケルト族への敗北、熟練の策略家ピュロスとのギリギリの戦闘も読みどころです。3巻以降も楽しみ。

 

巻末の年表を見て愕然としました。ローマ人が南イタリアを制圧した紀元前270年頃、日本に関する記述は「弥生時代」しかありません。ギリシャで哲学が花咲きソクラテスが刑死し、ローマがケルト族に占領されアレクサンダー大王が東アジアで暴れまわった頃は「縄文時代」としか書いてありませんでした。。無論日本内でも色々な出来事は起こっていたのでしょうけれど、日本に文字が無かったというのは致命的ですね。もっと早くから記録が残っていればよかったのに。本当に残念です。

 

 

 


書籍レビュー: リーマンショックを物語風に味わう『リーマン・ショック・コンフィデンシャル(上)』 著:アンドリュー・ロス・ソーキン 訳:加賀山卓朗

★★★★★

投資で一番怖いのは金融危機による暴落です。7年前にはリーマンショックという未曽有の危機が起きていましたが、当時の私は何のことか全く理解していませんでした。なんか銀行が破綻したせいで世界中が不況になったんだって。以上のことは知りませんでした。

今年に株式投資について勉強を始めると2008年に日経平均は1/2以下に、銘柄によっては1/5とか1/10とか笑っちゃうくらい値を下げているのを見ておお怖や怖や、資産がゴミのようだ。大不況怖い。金融危機怖い。と感じると同時に危機の成立条件やその効果、予兆の現れなどを全て知っておきたいと感じました。リーマンショック解説の定番と評価の高いこの本は読んでおかなければいけない。数か月前からそう考えていました。

結果的には、良い本だが自分にはちょっと時期尚早だったかな、という感想です。

圧倒的な情報量をバックに小説仕立てでリーマン危機を叙述

本書はニューヨーク・タイムズのトップ記者であるソーキンが、自らの人脈を駆使してインタビューやメモ、メール、日程表などを掻き集め、2008年後半の出来事を小説風に再構成したものです。上巻だけで本文360Pに加え、情報源の出所を記したページが22に達し、しかも本文は情報が凝縮されていて一筋縄では読み進められません。驚くべきことに著者は巻末の覚書で

妙なことだが、私にとってのいちばんの難題は、多すぎる情報を処理することだった。

と語っています。これでもかなり情報を削った方だというのです。

人物を中心に物語が展開していきます。主人公?であるリーマン・ブラザーズのCEO、ファルドをはじめ、主要金融機関のCEOはみな人物のバックグラウンドが説明されどのような人間か分かる描写がされます。みなエリートで天才なのですが、人格的には破綻気味の人間が多いです(でも社会性はある)。登場人物の中ではリーマンのファルド、財務長官ポールソンの二人のキャラクターが際立っています。

まず上巻はリーマン・ブラザーズと同業の投資銀行、ベア・スターンズの事実上の破綻から始まります。リーマンもベアと同様にサブプライムローン債権を大量に買っており、破綻寸前の状態となっていました。リーマンを中心として内紛や会計上のごまかしの画策、株価の暴落、危機を回避するための各銀行への合併持ちかけと失敗、AIGやメリルリンチにも迫る危機などが描かれ、2008年9月10日にリーマンが過去最大の損失を発表するも赤字部門のスピンオフを発表し株価が少し持ち直し、バンク・オブ・アメリカと最後の合併交渉に入るところで終わります。

アメリカ金融業界の強みと弱み

以下は感想ですが、リーマンショックの本筋からは外れます。全体の感想は下巻を読んでから改めて書こうと思います。

私は本書を読むまでアメリカの金融業界に対する知識はほぼゼロでした。メリルリンチやバンカメの名前は聞いたことがありましたが、実際どのような業界か知らなかったので驚くことばかりです。

まず取締役の報酬が狂っているほど高いです。例えばはてなブログで次のような人気記事があります。

6000万ドルといえば日本円換算で74億円。もうお腹いっぱいですね。30人ぐらい一生遊んで暮らせる金額です。

ところが金融機関のCEOたちはこれと匹敵するか、それ以上の収入を1年で得ています。次のリンク先の記事によると、本書の登場人物の一人でもあるゴールドマン・サックスのCEO、ロイド・ブランクファインの2006年度の年収は5400万ドルでした。一人でフリーザ並の年収。そして、上には上がいるようです。

一体そんな金何に使うんだよ。と言いたくなりますね。

このような高額報酬には利点と欠点があります。投資銀行部門の取締役の報酬は会社の利益が大きければ大きいほど高くなりますから、儲かることはなんでもします。彼らの手下のトレーダーたちの報酬は自分の上げた利益の多寡に左右されます。一攫千金を目指して頭脳をフル回転して最大限の利益を得るべく大きく動機づけられます。彼らは優秀な成績を残し、会社に莫大な利益をもたらします。また投資銀行には巨額の資金が流れ込みますから、得られる利益もそれに比例して巨額となります。

ところが儲かることはなんでもするということは、利益最大化のためにレバレッジを増やして大きなリスクを取る方にも必ず動機づけられるということです。当然、バブルが膨張しやすい構造となります。リスクはやめられません。儲かりますから。74億円も儲かれば「俺たちは大丈夫」という自尊心も肥大化します。誰かがやめさせなければいけないのに、やめさせる人間がいません。

またリーマンなどの投資銀行は、預金が無く投資家からの資金を集めて経営を成り立たせているので自社の株価が重要となります。ですので株価を下げないために、サブプライムローンの評価減を計上しないための画策を続けたり、口先だけで会社の将来性を約束したり何でもやってしまいます。会社の利益を下げないために。

役員の報酬を決めるのは取締役会であり、承認する人間達もみな巨額の報酬を得る人間だから、報酬が高額になるのは当然である、という記述をどこかで読みました。そりゃそうだわな。

頑張れ個人投資家

ヘッジファンドや投資銀行は他人の金で投資をするので責任がありません。他人の金に企業の信頼を付けてレバレッジかけまくって儲けられますが会社が倒れても路頭に迷いません。世界をズンドコに引き込んだファルドでさえ未だに資産はいっぱいです。

Richard S. Fuld, Jr. – Wikipedia, the free encyclopedia

一方個人投資家は規模が小さい上に自分の資産が無くなったらいつだってゲームオーバーです。すべて自分の責任。個人投資家にエールを送りたくなってきます。がんばれ個人投資家!

 


書籍レビュー: こどもたちに捧ぐ『二十四の瞳』 著:壺井栄

★★★★★

8月ですので

戦争関連の小説を一つセレクトしました。小説はまず名作から読んでいくつもりです。本作は何度もドラマ化・映画化されている超有名作ですのでいまさら感がありますが、原作は読んだことがありませんでした。

作者の壺井栄(1899-1967)は香川県の小豆島出身。本作品中の舞台は「瀬戸内海」の岬の町としか書かれておらず詳しい場所は明記されていないものの、映画ではどれも小豆島が舞台となっており、私も木下恵介版の映画を見たことがあるのでやはり小豆島を思い浮かべます。

中野の商店街で親しまれた“二十四の瞳のおばちゃん”壺井栄|文春写真館|「文藝春秋」写真資料部|本の話WEB

↑壺井さんのすっごいいい写真!!

12+1通りの人生

昭和3年、瀬戸内海の寒村に赴任した大石先生は1年生12人を受け持つことになります。大石先生は1年経たないうちにある理由で彼(女)らのもとを去りますが、折に触れて何度も彼(女)らと再会します。小さい村ながらも立場や境遇の異なる12人は、それほど長くない作品にもかかわらずみな個性的に書き分けられており、みな魅力的です。12人は時代の濁流に巻き込まれ、12通りの人生を歩みますがこれがまた切ない。戦争だけではなく貧乏や当時の社会制度が容赦なく襲い掛かり彼(女)らにとって大きな試練となります。私は年齢的に大石先生の立場で物語を見てしまいますので、胸潰れます。大石先生自身も、辛い思いを一杯します。

昔のドラマや映画ではいつもそうですが女性の扱いがひどいですね。家が傾けば遊女として売られるし、20になればハハキトクの偽電報で呼び戻され嫁にやられるし、40に満たない女性教師は「老朽」と呼ばれ退職をちらつかされます。まだ戦後70年しかたっていませんから地方にそのような風習が残っていたって全く不思議はありません。

かといって戦時中は男の扱いも悪辣極まります。幼少期から国家のプロパガンダで大きく方向付けられ、日本人は末端まで無駄に思想が行き渡りますからぼんやり疑問を持っている人も周りの人間によって退路が断たれ、使い捨てで次々と戦地へ送られ死に、英霊という名の個人を抹殺した記号となって帰ってくる。本作も元生徒が何人も詳細を語られることなく死にます。基本的に死にたい人はいなかったと思います。みな架空の物語の力によって自分を強引に納得させ、死んでいったのでしょう。

マスノ

登場人物では12人のリーダー格だったマスノが一番好きです。終戦の翌年、戦場で失明して除隊となった磯吉(あだ名:ソンキ)にかけた次の言葉に感動しました。

「おまえがめくらになんぞなって、もどってくるから、みんながあわれがって、見えないおまえの目に気がねしとるんだぞ、ソンキ。そんなことにおまえ、まけたらいかんぞ、ソンキ。めくらめくらといわれても、へいきの平ざでおられるようになれえよ、ソンキ。」

こんなことを言えるような大人になりたい。昭和3年で1年生ですから彼女はこの時25という設定、私よりも随分年下です。。

 


書籍レビュー: 自伝的耽美うつ病小説『車輪の下に』 著:ヘルマン・ヘッセ 訳:秋山六郎兵衛

★★★★★

小説もたくさん読んでみたいですが私は漫画ばかり読んで小説をあまり読んでこなかったので、古典的名作を中心に読んでいこうと思います。

日本では有名だが実は作者が若いころの作品

著者のヘルマン・ヘッセ(1877-1962)は20世紀前半のドイツ文学者の代表選手です。本作のタイトル「車輪の下」は誰もが一度聞いたことがあるのではないでしょうか。私も聞いたことがあったのでこの本を手に取りました。日本ではおそらく、この作品が一番有名であると思います。

作者の自伝的要素の強い小説で、主人公ハンスが神学校の試験を受ける場面の描写などはほぼ事実に即しているそうです。しかし実は本作は1905年、弱冠28歳の時に書かれた作品で、ヘッセの作品が本領を発揮するのは第一次世界大戦後だそうです。ヘッセの作品は著作権が切れているので、今学習しているドイツ語の語彙が4000語くらいになる3年後に本作の原文を読んでみたかったのですが、Project Gutenberg には本作の原文がありません。ということはやはり、海外ではあまり重要な扱いを受けていないということなのですね。

主人公がぶっ壊れていくさまが美しく、訳も秀逸。

以降はぼかしますが少々のネタバレになります。

 

 

主人公ハンスは国家による方向づけられた学校教育という巧みなる社会の誘導に疑問を抱き、神経を病み、ドロップアウトしていきます。現代的にはうつ病に相当するでしょう。ヘッセの学校への反感が十二分にこめられた描写が多数見受けられます。ヘッセ自身も同じように本当にドロップアウトしているので、人生の総復習と自己正当化のために書いたとも解釈できますが、実際のところ冷静に学校教育を観察すればこのように感じるのはむしろ健全であると私は感じます。

私も大体同じように大学でドロップアウトしているので、ハンスには並々ならぬ共感を持ちました。これは通勤電車の中で読んだのですが、中盤で彼が病んでいくシーンはあまりに共感し過ぎて昔が思い出され、町中ボーっとしながら会社に向かい帰宅途中も抜け殻のようになりながら歩いていました。

精神病は外から見ると美しく見えます。無垢な人間が蹂躙されて可哀想可哀想!すてきキャー!ヴィジュアル系バンドに病んだ系の演出が多いのも分かります。でも当人にとっては単に何もかも投げ槍になっているだけなのです。防衛反応として気持ちや感情にシャッターをして、安全な心のプールの中にふよふよ浮いていたくなってしまうにすぎません。さっさと出てこなきゃダメ。

まだ彼が神学校を受ける前の序盤のシーンから引用します。勉強に疲れたハンスが寝るだけの場面なのですが鼻血が出そうなほど美しいです。

今もまた彼は、この狭い部屋には自由な、清々しい大気がこもっているかのようにほっと一息して、ベッドの上へ腰を下ろし、夢想と希望と予感のうちに数時間をぼんやり過した。明るい眼蓋が徐々に大きな勉強に疲れた目の上へ落ちかかって、それがもう一度開いて瞬きし、ふたたび閉ざされた。蒼白い子供の顔が痩せた肩へ落ちて、細い腕は疲れて伸びた。彼は服を付けたまま眠り込んだのである。そして、母親のように優しいまどろみの手は、落ちつかぬ子供の胸の波を沈め、美しい額の、小さな皺をかき消した。

秋山六郎兵衛さんによる訳はおそらくマイナーです。amazonでは高橋健二さんの訳がトップに来ますね。どちらの訳が優れているのかはわかりませんが秋山さんの訳は簡潔かつ美しく、私はとても気に入りました。

 

 

関連書籍

 

デミアン (新潮文庫)

デミアン (新潮文庫)

 

ヘッセが精神危機を乗り越えた後に書いた作品です。読んでみたい。

シッダールタ (新潮文庫)

シッダールタ (新潮文庫)

 

 中期代表作。映画にもなりました。

ガラス玉演戯 (Fukkan.com)

ガラス玉演戯 (Fukkan.com)

 

 後期の最長編。これも読みたい。

 


書籍レビュー: 感染症を見る目が変わる『感染症と文明―共生への道』 著: 山本太郎

★★★★★(*´ω`*)

著者の山本太郎さんは小沢一郎と組んだあの人ではなく、アフリカやハイチなどで感染症対策に従事した経験を持つ医師です。

「感染症」をキーワードとして読み解く人類史

狩猟生活から農耕生活に人類が移行したため、単位面積当たりの人口が増大し、感染症にとって繁栄することのできる土壌が生まれた――などなど、感染症をマクロな視点で捉え、淘汰圧や自然選択、感染力の強弱・免疫の有無などの分かりやすい要素を道具として、人類史の出来事を考察していく書物です。新書ということで200Pしかありませんが、よくまとまっています。著者の教養の豊富さとそれに裏打ちされた思索の深さには驚かされます。厭らしいところが微塵もありません。

感染症と「共生」!?

前半は、交易や戦争など人間の移動と共に、感染症も移動してスペイン風邪やペストなどの歴史上の大事件を引き起こした実例がいくつも書かれています。前半もとても興味深いのですが、私がこの本で衝撃を受けたのは後半、特に感染症を長い時間軸を使ってその「適応」の段階を紐解いていく終章です。

感染症は大抵の場合動物からやってきます。そして人間に感染するような株が現れ、小集団内の流行で終息する段階から、定期的に大流行を引き起こす段階へと人類に「適応」していきます。こうして適応した感染症は人間の中でしか生きられなくなる段階が来ます。

ところが人間社会というものは変化します。しかも変化のスピードが大きい。すると、人類に「過剰適応」してしまった感染症は、変化についていけず死滅するというのが著者の仮説です。著者は成人T細胞白血病ウイルスを実例として挙げ、徐々にこの世から姿を消していく様子を描いています。そしてこのウイルスの消滅について著者は警告を発するのです。

一方で、最終段階まで適応を果したウイルスの消滅は、別の問題を生み出す可能性がある。ウイルスが消滅した後の生態学的地位を埋めるために、新たなウイルスが出現する可能性である。

同様に、人類による感染症の根絶も著者は「過剰適応」だとみなしています。たとえ話として、洪水を防ぐためのミシシッピ川の嵩上げについて次のように述べています。

歴史家であるウイリアム・マクニールは、「大惨事(カタストロフ)の保全」ということを述べている。人類の皮肉な努力としてマクニールは、アメリカ陸軍工兵団が挑んだミシシッピ川制圧の歴史を挙げる。ミシシッピ川は春になると氾濫し流域は洪水に襲われた。1930年代に入り、アメリカ陸軍工兵団は堤防を築き始め、ミシシッピ川の封じ込めに乗り出した。おかげで毎年の洪水は止んだ。しかし川底には年々、沈泥が蓄積し、堤防もそれにあわせて高くなっていった。堤防の嵩上げは続いている。しかし、この川が地上100メートルを流れることにはならない。いずれ破綻をきたす。そのとき、堤防建設以前に彼の地を襲っていた例年の洪水など及びもつかないような、途方もない被害が起こる可能性があるというのである。

そこで著者は感染症との「共生」を唱えるのです。。

著者は感染症対策のエキスパートでもあるのですが、この文章からは、感染症を根絶するべき「敵」としてではなく、対話可能な「相手」としてとらえていることが読み取れます。初めてみる視点です。私はこれに衝撃を受けました。また、感染症の栄枯盛衰の理論をこれだけ明快に見せつけられると、なんだか切なくなってきます。人類の敵であるはずの小さな小さなウイルスに対してそんな感情が生まれたということも衝撃的です。

総評

新書とは思えないクオリティです。本では3冊目の★★★★★+評価を付けました。ぜひ読んでみてください。

 

 

参考書籍

1冊読むと関連本を10冊は読みたくなりますよね。こうしてネットワークが作られていき、泥沼にはまるわけです。

 

エッセンシャル・キャンベル生物学

エッセンシャル・キャンベル生物学

 

 まず生物学基礎を全然知らないのでこれから。高い。

 

やさしい基礎生物学 第2版

やさしい基礎生物学 第2版

 

 こういうのでもいいかな。

 

カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学 (ブルーバックス)

カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学 (ブルーバックス)

  • 作者: クレイグ・H・ヘラー,ゴードン・H・オーリアンズ,デイヴィッド・M・ヒリス,デイヴィッド・サダヴァ,浅井将,石崎泰樹,丸山敬
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/02/19
  • メディア: 新書
  • 購入: 11人 クリック: 326回
  • この商品を含むブログ (29件) を見る
 

コンパクトにするならこれか。

 

 

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

  • 作者: ウィリアム・H.マクニール,増田義郎,佐々木昭夫
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2008/01/25
  • メディア: 平装-文?
  • 購入: 37人 クリック: 1,062回
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 マクニール先生のいずれ読まなければいけないと思っている本。

疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)

疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)

  • 作者: ウィリアム・H.マクニール,William H. McNeill,佐々木昭夫
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2007/12
  • メディア: 文庫
  • 購入: 4人 クリック: 66回
  • この商品を含むブログ (30件) を見る
 

 本書で紹介のあった本。

 

文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

 

これも本書で言及があった。少し前のベストセラー。

 

失われてゆく、我々の内なる細菌

失われてゆく、我々の内なる細菌

 

 山本さんの最新翻訳本。欲しい。

 

エイズの起源

エイズの起源

 

 同翻訳本。