書籍レビュー: 構造改革と止揚 『ローマ人の物語 (6) ― 勝者の混迷(上)』 著: 塩野七生

★★★★★

 

6冊目の舞台は紀元前133~88年までが舞台です。ポエニ戦争が終結し地中海の覇者となったローマを待ち受けるものは、、なんと国内問題でした。

日本とかぶってる

対外的には大した戦争も無く見た目は平和であったローマですが、平和であるゆえにある問題に悩まされることになりました。それは貧富の差です。

まず、第一次ポエニ戦役によって属州となったシチリアから税として納められた小麦が、小規模農家に打撃を与え中産階級が没落します。彼らは失業者となり、ローマに流れ込みます。

さらにポエニ戦争が終結し、戦時の特例であった直接税が廃止されます。この直接税は累進課税であったので、富裕層の金が余ります。金が余った人間が考えることは投資です。ローマは小麦農家が滅び大規模なオリーブや葡萄酒農場が発展しつつあったので、ここに金が流れ込みます。さらにこの時期、連戦連勝の戦争で得た奴隷という超低価格な労働者が入ってきました。彼らを農場で働かせた富裕層はぼろ儲けし、ポエニ戦役の前後で最富裕層と最下層の格差は10倍から500倍以上へと大拡大してしまいました。

小泉構造改革とTPPでボロボロな日本の中産階級と、アベノミクスで大儲けした日本の富裕層と完全に重なる構図です。ローマのこの後の事態を探ると日本がこれからたどる道が見えるかもしれません。

構造改革とその結果

さてこの事態を憂慮していたのは、ポエニ戦争の英雄スキピオの甥にあたるグラックス兄弟です。彼らは最も権力のある執政官ではなく、護民官という平民のトップに選出された後、様々な改革を行います。例えば、大農園の土地を再分配して自作農を増やし、中産階級を復興させるための農地改革法。日本の戦後の農地改革に似ていますね。また、小麦を貧民に二束三文で売ってセーフティーネットを作る穀物法。これは生活保護の思想です。また、平和になり軍事的な負担があまり意味のなくなる中で、同盟都市だけに課された1割の税金は不公平となったため、同盟都市に一律にローマ市民権を与えるという法律の制定。いずれも平等を目的とした素晴らしい法律だと思いました。

しかしこれは全て富裕層の既得権益を削る法案です。富裕層はすべてローマ市民です。ローマ市民の有力者が勢揃いする元老院はいい顔をしません。どうしたかというと、グラックス兄弟は元老院の陰謀により暗殺されました。マジかよ。

グラックス兄弟の弟ガイウスが失脚させられるまでの著者の考察は現代の私達にも通じるものがあります。耳が痛いです

二面作戦*1の一つは、ティベリウス*2のときも使われ、いつでもどこでも有効であった作戦である。護民官ガイウスの政策は、票集め、人気取り政策、権力の集中、権力の私物化であるという声を広めた。現代イギリスの研究者の一人は、次のように書いている。

「無知な大衆とは、政治上の目的でなされることでも、私利私欲に駆られてのことであると思い込むのが好きな人種である」

好きなのは無知な大衆に限らないと、私ならば思う。これより70年後の話になるが、ローマ史上最高の知識人であり、私の考えでは最高のジャーナリストであったキケロでさえ、この種のことが「好きな人種」の一人であったのだ。要は、教養の有無でも時代の違いでも文化の違いでもない。目的と手段の分岐点が明確でなくなり、手段の目的化を起こしてしまう人が存在する限り、この作戦の有効性は失われないのである。

同盟者戦役とアウフヘーベン

彼らが暗殺され、穀物法以外の改革案は葬り去られました。その後しばらくたって、格差問題は内乱となって表面化します。「同盟者戦役」と呼ばれる争いが起きます。

軍制改革(詳細は マリウスの軍制改革 – Wikipedia を参照)を経てローマ市民と同盟国の市民はますます格差が激しくなり、同盟国ではローマ市民権を求める声が高まりました。しかし既得権益層の多いローマ側はちっともそれを認めようとしません。認めようとすればグラックス兄弟のように殺されてしまうほど元老院の権力は強大でした。

紀元前90年、とうとう同盟国が爆発します。

The Growth of Roman Power in Italy.jpg

Social War (90–88 BC) – Wikipedia, the free encyclopedia

赤い部分が同盟国ですが、これらが一気にローマに反旗を翻します。同盟国はローマの戦術を知り尽くしていますから、どの戦場も激戦となりほぼ互角の戦いとなります。ローマ側はやむなく、同盟国に市民権を一律に認めることで事態を収束させ、2年で戦いは終わりました。

この事態に私はびっくらこきました。一昨日に読み終わった「哲学大図鑑」という哲学者をひたすら紹介していく本(明日感想を書きます)で一番気に入ったのがヘーゲルという人で、彼が有名にした「弁証法」という理論は乱暴にまとめると「矛盾を統一してより高い次元に至る(日本語で止揚、ドイツ語でアウフヘーベンというそうです)」というものでした。国内の矛盾が戦争となり、それをローマ市民権による結びつきという新しい次元に移行したローマは、まさにこの過程を辿っています。弁証法は歴史的なものだと書いてありましたが本当にそうでした。

本書はハンニバル戦も終わりドラマティックな戦いこそないものの、構造的な転換を地味に描き出す画期的な章でした!下巻はスッラ、ポンペイウスという人物が活躍するそうです。次も楽しみ。

 

*1:元老院がガイウスを失脚させるための作戦。2つ目はもっとエグい。本書参照のこと

*2:ガイウスの兄。元老院に失脚させられ暗殺された


書籍レビュー: システム化しまくれ!『自閉症スペクトラム入門―脳・心理から教育・治療までの最新知識』 著: サイモン・バロン=コーエン

★★★★★

自閉症スペクトラムの最新知識が欲しかったのでこの本は読んでみたかったです。ようやく手に入れました。さまざまな医師の間で必ず話題に上る著者サイモン・バロン=コーエンさんの日本語の書籍の中では一番新しいと思われます(でも2011年出版、原著は2008年)

内容はまず実例を提示したのちに、自閉症の概念の歴史や測定方法、心理学・生物学的な考察と最後に介入(支援)まで幅広く浅く、でもポイントはバッチリおさえてある良書といえるでしょう。

アンドリュー君に共感

つい先ほど食料についての記事の続きを突然思い立って投稿したのですが、これは実例に出てくるアンドリュー君のエピソードを読んで触発されたからです。

自閉症スペクトラムの例として出てくるアンドリュー君はかなり優秀な部類で、イギリスの学校(中学校相当?)を退学した後、独力で大学に入りました。自然科学の能力が非常に高いのに、雑談はできないし教師を質問攻めにしたり同級生と衝突してイジメにあったりしていたそうです。

彼は常に同じものを食べる。それは全粒粉のビスケットとミルク。彼は、健康を維持するために必要なすべてが補給でき、極めて経済的である彼独自の食事方法を守っている。彼は、彼自身の視点だけでしか考えないので、自分の奇妙な味覚を人がどう思うか全く気にしない。

これを読んで、うわやってること自分と全く同じじゃん!と衝撃を受けたのでした。うんうん。やるよねーそういうこと。

私の現在の主食は玄米です。玄米は、一般的には不味くて食べられないと不評ですが、私は玄米だけ食べれば生きていけるのなら、玄米以外には何もいらないと考えます。ごはんがススムくんを筆頭としてふりかけ、タクアン、梅干し、卵と醤油などなどご飯に添えるものは数多くあります。これはごはんだけだと一本調子で退屈するから人類が編み出した舌へのオーケストレーションと言えるでしょう。でも私はご飯だけでいくらでも食べられます。おかずすら必要ないと思えるくらいです。同様の理由で、食パンにバターやマーガリン、ジャム、マヨネーズ、シナモンなどをかけずとも、むしろトーストせずともいくらでも食べられます。小麦粉ももしかしたらそのまま食べられるかもしれません。でもアルファー化してないから消化悪くてダメかな?

共感化ーシステム化仮説

自閉症の原因を説明するものとして、5つの仮説があるそうです。本書では5つとも説明されていますが、サイモン・バロン=コーエンさん「共感化ーシステム化仮説」を一番推しています。これは以前読んだ広沢先生の本とほぼ同じ見解です。広沢先生がバロン=コーエンの書籍にかなりを負っているので当たり前と言えば当たり前なんですけれど。ただし、広沢先生は患者の一人が語っていた「タッチパネル」という概念にインスピレーションされて、独自の解釈をされています。

共感化ーシステム化仮説とは、文字通り社会化を「共感」「システム化」という2つの概念に分類し、自閉症スペクトラム者を「システム化」に特化したものとして見るという立場を取る仮説です。

「システム化」とは、分析と規則性への希求です。抽象化のシステムなら言語の文法(大好き)、数的なシステムなら時刻表(大好き!アプリケーションも作った)、自然のシステムなら天気のパターン(毎日チェックしてる)、収集のシステムなら石の種類の分類(CD集めてます)、などなどが例として挙げられています。規則性・ルールに注目してそれらを組織化し、システム化することが大好き!ということです。これらは細部の注意に向けられがちですので、一般化、ざっくりとした理解が難しいということだそうです。

自閉症スペクトラム者は「共感」のシステムが遅れがちということですが、残念ながらシステム化への機能の集中によってなぜ共感が遅れるのか、については記述がありません。ページ数の都合だと思います。

少し前に読んだ「心の理論」が欠如しているとする仮説「マインドブラインネス仮説」も5つの仮説のうちの1つです。

「マインドブラインネス仮説」と比べて「共感化ーシステム化仮説」が優れているところは、自閉症スペクトラムを「欠如・欠陥」ではなく「目的の違い」としてとらえていることです。更に言えば「システム化」は時間をかけていくらでも拡大することが可能ですから、「共感」を獲得することすら可能である、という非常に希望に満ちた概念であるとともに、私の実感とも合致するものです。「欠陥」ではなく「違い」とみなすなんて素敵じゃないですか!

日本人が有利な点と不利な点

「マインドブラインネス仮説」は共感が苦手であることを説明する点では優れていますが、1点変だなと思うことがありました。それはP91の「成人版 視線からの心の読み取りテスト」です。

画像が無いので苦しくも文字で説明します。西洋人の目だけ抜き出した写真が載せられていて、これは「すまないと思っている」「うんざりしている」「興味がある」「ふざけている」のどれを表しているのか、という問題でした。このほかにもう1問ありましたが、私は正解しました。日常だと実感として人の心が全然読めないというのに、です。

ここで一つ思いついた仮説があります。日本は漫画文化が栄えています。私も沢山読みました。漫画は感情を写実的に表し、登場人物がそれを社会通念に合わせて解釈する、しかも売らなければいけないメディアとしての性質上、非常に分かりやすいという特徴があります。このおかげで、私は静的な表情をパターン化しシステム化することに成功したんじゃないのか、と考えました。

ところが日常生活の表情は動的で、0.1秒で変化してしまいます。漫画のように解釈を待ってくれません。しかも日本人は表情に乏しい。西洋人のボディーランゲージや表情の豊かさは少しドラマや映画を見りゃ分かります。したがって、表情を読む機会に大きく欠けます。

ということは私に欠けている能力は西洋人のドラマや映画をたくさん見れば補えるのか?という疑問が生じます。これはやってみないとわかりません。箱の中の世界が現実に結びつかないような気もします。

静的な画像処理能力はきっとマンガを読めばつきます。たくさん漫画を読みましょう。これを応用して動的に処理できればいいんですが、実際にどうしたらいいのかわかりません。今後の課題です。

簡易チェックテスト

巻末に自閉症スペクトラム指数(AQ)の測定テストが収録されています。50点満点で32点以上だとアスペルガー・高機能自閉症が疑われます。私は41点でした。平均は女性で15点、男性で17点だそうです。

ここにも同じものがありますので、興味のある方はテストしてみてください。ちなみにこのテストはあくまで「目安」ですので、32点以上だからと言って必ず自閉症スペクトラムというわけではありません。医師の診断は必要です。とはいえ、高得点ならかなり蓋然性が高いと思います。

 

 


書籍レビュー: 心は4分割できるか『心の理論』 著:子安増生

★★★☆☆

他人の心を読む仕組み

著者の子安増生さんは教育学者。幼児・児童の認知心理学・発達心理学が専門のようです。

本書で紹介される「心の理論」とは、「他人の心を読むしくみ」のことです。自己の心的作用の成り立ちを示している本ではありません。自閉症患者には欠けていると言われるこの理論、一体どんなものなのか興味があって手に取った本です。

この理論を提唱したのはサイモン・バロン=コーエンという学者です、、ってまたあんたか!!次の本で散々引用されていました。

バロン=コーエンの書籍は1冊図書館から借りてきたところなので、近いうちに読みます。

彼は心を読む働きを次の4つに分類しました。

a) 意図検出器(ID) 視覚・聴覚・触覚を利用して、「動くもの」の目標や願望を予測する。主に危機回避のための機構。

b) 視線方向検出器(EDD) 他人の視線を検知し、自分を見ていること、他のものを見ていることを認識する。

c) 共有注意の機構 (SAM) aとbより高次。事故、他者、他の物(または他者)の三者間の関係を利用した心の仕組み。例えば、指さしをして他の物に他者の注意を引く、など。他人と同じ物事を共有する、いわゆる「共感」もここに含まれるようだ。

d) 心の論理の機構(ToMM)  cより上位に位置し、最も高次。他の人の心の状態の知識に基づいて行動するための心の仕組み。「AさんがXと思っているとBさんは思っている」など、複雑な入れ子構造を理解するために必要な能力。

バロン=コーエンは以上4つの機構に心を分割しているそうです。自閉症では、主にcとdの機構が欠如しているとのこと。

薄いくせに冗長

さて本書ではa~dを順に解説していくわけですが、わかりにくかったです!というのも、読者を飽きさせないようにするためか、関連する映画のストーリーを挿入したり、心理学の教授を作者が訪問する(ちょっと自慢入ってるかも)様子などを交えたりするのですが、はっきり言って必然性がないです。おかげでただでさえ130Pと薄い本書の内容がさらにペラペラになるという始末です。ネタ本がはっきりしているので、そっちを読んだほうが確実にためになりそうです。むむーー。

心の論理の機構テスト

しかし本書でも1点ショッキングな事実がありました。d)の本チャン心の論理の機構を簡単にテストできる質問がありました。

ジョンとメアリーは公園にいた。その公園にはアイスクリーム屋さんと、彼のバン(車)があった。メアリーはアイスクリームを買いたかったが、家にお金を置いてきてしまった。アイスクリーム屋さんはメアリーに「悲しまなくてもいいよ。後でお金を持ってきてアイスクリームを買えばいい。おじさんは、午後ずっとこの公園にいるだろうから」と言った。メアリーは喜び、「午後にお金をもってアイスクリームを買いに来る」と言った。

メアリーは家に帰って行った。ジョンは公園に残っていたが、アイスクリーム屋さんが公園から去ろうとしているのを見て驚き、「どこへ行くの?」と聞いた。アイスクリーム屋さんは「バンを教会の前まで運転していくんだ。ここにはアイスクリームを買ってくれる人がいない。教会の外なら少しは売れるだろう」と言った。

アイスクリーム屋さんは、教会まで運転をしていく途中、メアリーの家の前を通りかかった。メアリーは窓から外を見ており、バンを目にしたので、「どこへ行くの?」と聞いた。アイスクリーム屋さんは「教会へ行くところだよ。そこならもっとアイスクリームが売れるかもしれないからね」と答えた。ジョンは、メアリーがアイスクリーム屋さんと話したことは知らない。

ジョンも家に戻り、お昼ごはんの後宿題の勉強をしていた。自分だけではできないことがあったので、ジョンは手伝ってもらおうと思ってメアリーの家に行った。玄関にメアリーのお母さんが出てきた。「メアリーはいますか?」「あら、出ていったところよ。アイスクリームを買うと言っていたわ。」

質問:ジョンはメアリーを探しに行きました、ジョンはメアリーがどこに行ったと思っているでしょうか?

 

スクロールしてから答えを書きます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答えは「公園」です。「アイスクリーム屋さんが公園にいるとメアリーが思っている、とジョンは思っている」「メアリーはアイスクリーム屋さんは教会にいると知っている、ということをジョンは知らない」と考えるのが自然です。でも私は間違えました。教会だと思ってしまいました。

というのも、この文章ってノイズが多すぎるんですよね。私は昔から文章の特定の部分にだけひっかかって、現代文の文章問題ではポイントを3つ書かなければいけない所を同じことを3回書いてしまうということが多かったことを覚えています。メアリーのお母さんとか宿題とかお昼ごはんとかアイスクリーム売れないとか要らん情報ですよね。ノイズにかき回されると、話の関係が分からなくなることは多いです。読み返せる文章なら何度か確認することでこれを回避できますが、日常会話となるともっとノイズ情報が膨れ上がるし前に戻ることができません。

自閉症と心の理論|心理カウンセラーのブログ

このサイトにあるような、余分な情報を削り取った課題なら間違えません。

ああこれが、私が文脈を理解できなくなる原因の一つなんだ。心の理論は全く理解できないのではなく、理解のスピードが非常に遅いんでしょうね。一つ参考になりました。スピードの観点から論じられている書籍はあるのでしょうか。そんな書籍があったらきっと感動します。

心の理論というのは通常人間にとって最も重要な事項ですから、引用文のように余分な情報が多くても、いわば感覚が研ぎ澄まされるように要点を抽出し、入れ子の構造を素早く作ることができるのでしょう。自閉症スペクトラム患者は、心の動きにあまり重点をおかず、すべての言葉に等しく重み付けをしているのかもしれません。

 

小説をたくさん読んだ方がいいのかな。きっと苦手なんだろうな。読んでも読めてないことが多いんだろうな。人の心の動きの全パターンを網羅するつもりでかからないと、だめなのかもしれない。

 

 

参考書籍

 

ネタ本。本書よりもこっちを読んだ方がよさそうです。ただ、訳が悪いらしいのが欠点。。

自閉症とマインド・ブラインドネス

自閉症とマインド・ブラインドネス

  • 作者: サイモンバロン=コーエン,Simon Baron‐Cohen,長野敬,今野義孝,長畑正道
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2002/06
  • メディア: 単行本
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 視線について。

まなざしの心理学―視線と人間関係

まなざしの心理学―視線と人間関係

 

 

 


書籍レビュー: なぜ各桁の和が3で割り切れるとその数は3で割り切れるのか『数学入門〈下〉』 著:遠山啓

★★★★★

 

上巻に引き続き下巻では、整数論・関数・極限・指数対数三角関数・微積分がターゲットです。

合同式

123とか54321とか、各桁を足すと3の倍数になるということは知識として知っていました。お金を3等分したり料理中に材料を3等分する時に便利ですよね(あまり使わないか?)。でもそれが何故かなんてことは、全く考えてもみませんでした。ところが本書の序盤で出てくる「合同式」を使うと一発で証明できてしまうことに感動してしまいました。

合同式という概念は昔河合塾で習いました。しかし受験では一度も使うことなく入試に通ってしまいましたので、非常に印象の薄かった記憶しかありません。もちろん忘れました。

合同式とは、「ある数で割った余りが右辺と左辺で等しい」ということを表す式です。合同はふつうの等号に線を一本足した ≡ と書き、商を mod ? で表します。例えば

5 ≡ 2(mod 3)

です。5を3で割った余りは2、2を3で割った余りは2なので5と2は合同という意味です。

なぜ漫画の効果線みたいなけったいな記号を使うかと言うと、イコールと同じように扱えて直感的で便利だからです。例えば

5+1 ≡ 2+1 (mod 3)

5*2 ≡ 2*2 (mod 3)

 は成り立ちます。同じように引き算や割り算をしてもOKです。

100を3で割った余りは1、10を3で割った余りは1ですから、

100 ≡ 1 (mod 3)

10 ≡ 1 (mod 3)

 例えばa*100 + b*10 + cという数を3で割った時の余りを考えると、

a * 100 + b * 10 + c ≡ a + b + c (mod 3)

となって、各桁の和を足したものを3で割れば、3で割った余りが分かることが証明できました!!同じように9で割った余りについても

100 ≡ 1 (mod 9)

10 ≡ 1 (mod 9)

なので3で割った余りと全く同じ事が言える、つまり各桁を足して9の倍数になればその数は9で割り切れることまで証明できましたすごい!!!これで9等分も楽勝だ!

無限の魔力

もう一つ面白かったことがあります。無限をめぐる数学者たちの苦悩です。

1-1+1-1+… = ??

と無限に続いていく数は一体いくつになるのか、ということについて3通りの考えが示されました。 ボルツァーノの級数と言うらしいです。

1通り目→0である。

1-1+1-1+1…

= (1-1) + (1-1) + …

= 0

 2通り目→1である。

1-1+1-1+1…

=1 + (-1+1) + (-1+1) …

= 1

 3通り目→1/2である(!?)

求める数をxとおく。

x=1-1+1-1+…

=1 – (1-1+1-1+…) = 1 – x

2x = 1

x = 1/2

3通り目、面白いですね。直感的に考えると、どれも正しいような気がしてしまいます。コーシーという人が後世にどれも正しくない、答えはないということを証明してこの論争には終止符が打たれました。数学者たちの考えることってとても面白いです。

微分と歴史

ユークリッド幾何学や代数、数論は主として静的なもの、動かない数字や図形についての考察でした。しかし14世紀から15世紀にかけて、大航海時代が始まり太陽や月の運動を精密に知ろうとする必要が生じました。ここから運動と変化の科学が生まれ、関数、微分・積分といった新しい数学が誕生していったと著者は主張します。

すべてのものは流動するという信念を持ち地球が動いていると主張したガリレオが、絶対的な神という最強の静的存在を権威に持つ教会によって弾圧されたこと、正確な運動の原理を算出するために微分法を編み出したニュートンを執拗に攻撃したのは教会の代行人たる僧正(兼哲学者)バークリであったことがこの主張を大きく裏付けます。我々をあんなに悩ませた関数やら微積分やらは歴史のエネルギーによって生み出されたものであると考えると、ロマンにあふれていてなんだか大切にしてあげないといけない気にありますね。

ちょっと駆け足過ぎた

文明論まで交えながら数学を語る筆者の語り口は非常に魅力的です。しかし問題は本書のサイズでした。わずか230ページの中に雑談も混ぜつつこれだけ沢山のトピックを盛るのは無謀です。特にオイレルの公式、様々な積分法、微分方程式ははしょりすぎで、私には全く理解できませんでした。紙面が足りずやむなく式の羅列が続くと筆者の魅力も半減してしまいます。十分優れた本ではあるのですが、上巻のように数学にまつわる雑談をもっと増量してほしかったというのが正直な感想です。この点は著者の他の本を読んで補おうと思います。

ここにも登場、数キチ・アルキメデス

以前この本にも登場したアルキメデスが本書にも登場しました。引用文でまたも彼の数キチぶりが発揮されていました。

プルタークの『英雄伝』は古代における最大の数学者アルキメデス(紀元前287頃-212)についてつぎのように記している。

「多くの立派な事がらを発見したが、友人や同族のものに頼んで、自分の死んだ後では、墓の上に、球に外接している円筒を立てて、内接体に対する外接体の比を記して呉れと云ったそうである」(プルターク『英雄伝』四(岩波文庫)P163)

あんた数学者の鑑や。。詳細はこちらをご覧ください。

アルキメデスの墓に刻まれていたと伝えられる図柄に秘密が・・・ 中1 空間図形|数楽者のボヤキ・ツブヤキ・ササヤキ-中学 数学 道徳 Mathematics Puzzles-

 

 

参考文献

 もうちょっと簡単な本

数学の学び方・教え方 (岩波新書 青版 822)

数学の学び方・教え方 (岩波新書 青版 822)

 

 無限についてもっとくわしく

無限と連続―現代数学の展望 (岩波新書 青版 96)

無限と連続―現代数学の展望 (岩波新書 青版 96)

 

 講演集。数学史と、群論・集合論など

現代数学入門 (ちくま学芸文庫)

現代数学入門 (ちくま学芸文庫)

 

 微積分のもっとわかりやすい本

微分と積分―その思想と方法 (日評数学選書)

微分と積分―その思想と方法 (日評数学選書)

 

書籍レビュー: 盛者必衰の理 『ローマ人の物語 (5) ― ハンニバル戦記(下) 』 著:塩野七生

★★★★★(つω`*)

 

第5巻の舞台は紀元前205年~146年です。第二次ポエニ戦争、第三次ポエニ戦争を経てマケドニア、カルタゴが滅亡し、ローマが地中海の覇者となるまでを辿ります。

戦力の非戦力化

前半の山場はやはり、カルタゴの天才策略家ハンニバルと、ハンニバルを戦略の師匠としたと思われるローマのスキピオの師弟対決でしょう。地中海の覇者となる運命を決定づけた戦いは、北アフリカのザマで行われました。

Battles second punic war.png

ザマの戦い – Wikipedia ザマは図の下の方にあります。現在のチュニジアあたりです

3~5巻の「ハンニバル戦記」において、もっとも重要な軍事上のポイントは「敵の主戦力の非戦力化」でした。相手の最も力のある兵力を包囲したり逃げ場を無くしたりその他様々な方法をもって無力化することで、圧倒的な勝利を収める戦いがほとんどでした。ローマ軍がハンニバルにボロ負けした前216年のカンネの戦いでも、ハンニバルは機動力に優れたヌミディア騎兵を操り、ローマ自慢の重装歩兵の四方を包囲することで無力化し、ローマ軍死者6万(兵力は7万なのでほぼ全滅)、カルタゴ兵の死者6千という圧勝に導きました。

ザマの戦いではスキピオがこの方針を取り入れ、隊列をうまく整えてカルタゴの象(戦車代わり)を避けた後に、更に隊列を左右に大きく広げて、後ろから騎兵をもって包囲しました。

ザマの戦い – Wikipedia

結果はカルタゴ軍戦死者2万人、ローマ側1500人。カンネの戦いと正反対です。この戦略のオリジナルはもちろんハンニバル。カンネの戦いの時点ではヌミディア騎兵はカルタゴ側についていたので、彼らを引き抜き事前に騎兵力を強化することのできたスキピオの根回し勝ちともいえます。「主戦力の非戦力化」の効果はすさまじく、この戦法を熟知したローマ軍は他の戦いでも圧勝続きとなります。

私は戦略ものをやったことがないので実感はないのですが、これはあらゆる戦略で非常に重要な概念なのではないでしょうか。

盛者必衰

さてこの巻はハンニバルvsスキピオの他に、もう一つ大きなテーマがあります。「盛者必衰」です。日本の中高生も「平家物語」でこの言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。

カルタゴは紀元前5世紀に興ったと言われています。ローマよりも歴史のある商業大国でした。ローマに何度も負けても、賠償金の支払いなんて余裕でできてしまうくらい金がありました。それがシチリア島をめぐる小競り合いから、滅亡へと進んでいってしまいます。

ローマをズタボロにした第二次ポエニ戦争終結後、カルタゴと結ばれた講和条約では自治は認められるわ賠償金は少ないわ意外にもゆるいものでした。しかしカルタゴは、国内改革を断行するハンニバルに謀反の疑いをかけて追い出したり、ローマの許可なく戦闘してはいけないのに隣国と戦争したり、自らの失策から自滅してしまうのです。第三次ポエニ戦争は首都カルタゴの籠城戦のみで、食料が尽き決壊した首都カルタゴは徹底的に破壊され不毛の地と化します。国破れて山河在り。

ローマの英雄スキピオはマルクス・カトーという粘着質な政治家の手によりスキャンダルをでっち上げられ失脚、隠遁生活を送り数年後死にます。

スキピオの生涯のライバルであるハンニバルも、カルタゴから追放された後はシリアに亡命し、シリアでは対ローマ戦に担ぎ出されるも周りの嫉妬に寄り意見が採用されず結局負け、更に逃亡してクレタ島やらビテュニア王国(今のトルコの一部)に逃げ、そこにもローマの追手が来たので毒を飲んで自殺します。二人とも、偶然にも紀元前183年に亡くなったそうです。

歴史ある国、大ヒーロー2人が相次いで後味の悪い滅び方をしたこの巻ではかなり衝撃を受けました。

憧れの有名人は必ずいつか死にます。アメリカも日本も、人類も地球もいつか滅びる時が来ます。そんなとき私達はどんな感慨を抱くのでしょう。

カルタゴ滅亡時のスキピオ・エミリアヌス(スキピオの長男の養子)の叙述の引用で締めくくりたいと思います。文中のポリビウスというのはエミリアヌスの友人で歴史家(つまり次の記述を残した人)です。

勝者であるにもかかわらず、彼は想いを馳せずにはいられなかった。人間にかぎらず、都市も、国家も、そして帝国も、いずれは滅びることを運命づけられていることに、思いを馳せずにはいられなかったのである。トロイ、アッシリア、ペルシア、そしてつい二十年前のマケドニア王国と、勝者は常に必衰であることを、歴史は人間に示してきたのであった。

(中略)

「ポリビウス、今われわれは、かつては栄華を誇った帝国の滅亡と言う、偉大なる瞬間に立ち会っている。だが、この今、私の胸を占めているのは勝者の喜びではない。いつかはわがローマも、これと同じ時を迎えるであろうという哀感なのだ」

 

 

参考動画

ハンニバル戦記関連の映画を探してみましたが、意外なことにまともな映画がありませんでした。一番よさそうなのはBBCのドキュメンタリーです。貼っておきます。

www.youtube.com

英語字幕がついていて、やった!勉強になる!と思っていたらこれがトンデモで、

聴き取り「The ancient empire of Carthage ruled the mediterrenean, until Caltage is challenged, and brutally defeated by war, by Rome」

字幕「the ancient empire of Carthage ruled at the moment, it’s raining into caffeine which was challenged and brutally defeated by, world

と、カルタゴがカフェインになっていたり、何故か雨が降っていたり、カルタゴは戦争でなく世界に滅ぼされていたりローマが省略されていたり、もうめちゃめちゃです。使い物になりません。残念。死ぬ気で聴き取るしかなさそうです。


書籍レビュー: 資本主義は終了しました!?『資本主義の終焉と歴史の危機』 著: 水野和夫

★★★★★

 

著者の水野和夫さん(1953-)は経済学者、民主党政権時の経済ブレーンです。三菱UFJモルガン・スタンレー証券(リーマンショック時にで小切手を渡して合併してる!)出身で職歴は1980-1998年の間ですので、日本のバブル真っただ中に経済の現場にいた人なんですね。いまは日大の教授。

文明論的な現代の考察

随分とショッキングなタイトルと帯です。内容を超単純化してまとめると次のようなことになります。

  • 資本主義は、絶えざる成長を前提とする。成長のためには収奪主体の「中心」と収奪対象の「周辺」が必要である。
  • しかし「周辺」はもはや枯渇した。1970年代のベトナム戦争終結により地理的な「周辺」は存在しなくなった。代替手段として20世紀末に「電脳・金融空間」が創設された。しかしこの地もリーマンショックにより構造的に崩壊した。
  • リーマンショック後の先進国における超低金利は、資本が資本を生み出せなくなったことを示している。アメリカ・EU・日本と続く量的緩和により延命が続けられているが、これは見せかけの成長に過ぎず、いずれ必ずバブル崩壊という形で終結する。

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16世紀と21世紀の共通点

自己ツッコミしたくらいぶっ飛んだ要旨でしたが、文明論を背景とした本書の主張はかなりの説得力があります。筆者は16世紀ヨーロッパで起こっていたことと現代に強い相似性があると論じます。16世紀は中世封建制度が行き詰まっていた時代だそうです。国内の領地は全て開発し尽くしてしまい、労働生産性は伸びなくなり経済成長は完全に飽和、ゆるやかなデフレ状態にありました。筆者はこれを「長い16世紀」と呼びました。これは現代世界の状態と奇妙なくらい符合しています。つまり資本主義が行き詰った21世紀も「長い21世紀」となるだろう、と筆者は予測しています。

16世紀は大航海時代に入ります。コロンブスを始めとする命知らず共が海外に出かけ一発逆転を狙い、成功者は資源を漁り巨万の富を得ました。そして中世封建制度は完全に崩壊し、いまの基盤となる資本主義が発生していきます。

これと同じことが21世紀で起こるとすれば、当然、崩壊するのは資本主義であるというわけです。そして筆者は資本主義が崩壊した後どうなるかは「全く分からない」と明言しています。そりゃそうですよねインターネット時代が来ることだって誰も予想していませんでしたし。昔の人の予想って今頃空を自動車が飛ぶとかテレポーテーション装置ができるとかでしたよね。

国内に持ち込まれた「周辺」

総論は大体以上のようなことです。各論で気になったところですが、いままで「周辺」であった地域、つまり資源を収奪されていた発展途上国は、近年BRICsなどのように大きく経済発展したためもはや「周辺」ではありません。するとその「周辺」はどこに持ち込まれるかと言うと、先進国の国内です。

日本は非正規労働者の割合がぐんぐん増えていまは37.4%です。私も非正規労働者です。

第65回 雇用者の37.4%は非正規労働者〜男性非正規労働者の割合も増加?〜 | 日本生命保険相互会社

非正規労働者はボーナスはないし休みがあれば収入は減る、労使交渉など存在しないから賃金は安いしいつでも切り捨てられる資本家にとって超都合のいい存在です。IR情報で「コスト削減により利潤が上がりました」と発表される背景にはたいてい労働者の非正規への組換えが起こっているはずです。

明日から改正派遣法が施行され「周辺」がさらに拡大することが懸念されます。この法案のキモは「3年経ったら派遣の首を切り替えれば永久に派遣を雇える」ことだと思いました。

 

その他論点

・中国の過剰投資は必ずバブル崩壊となる

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海外反応! I LOVE JAPAN : 中国、ゴーストタウンだらけで破綻寸前! 海外の反応。

固定資本といえば不動産

 

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SBI証券(旧SBIイー・トレード証券)-オンライントレードで株式・投資信託・債券を-

ほとんどバブル前に戻った株価

 

・金融緩和によるデフレ脱却は不可能

 

日本株は我々の年金を突っ込んで作られたバブルが間もなく崩壊しそうです。参考図として今日のドン引きチャートを貼っておきます。

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年初来安値も近そうです。ピーク時と比べて2割近く落ちましたね。

 

中国の減速を端緒として日本、EU、そして米国と斃れていけば本書の内容もあながちトンデモとは言い切れません。刺激的な書物でした。

 

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もっと歴史を勉強しなきゃいけません

 

 

 

参考書籍

本書は塩野七生さんに言わせれば「歴史を使って論拠を補強」するタイプの書物でした。叙述ではありません。しかし引用文献は膨大でした。読みたいと思った本を残しておきます。

 

地中海 (1)

地中海 (1)

 

 

ケインズはこう言った―迷走日本を古典で斬る (NHK出版新書 386)

ケインズはこう言った―迷走日本を古典で斬る (NHK出版新書 386)

 

 

マクミラン新編世界歴史統計〈1〉ヨーロッパ歴史統計:1750‐1993

マクミラン新編世界歴史統計〈1〉ヨーロッパ歴史統計:1750‐1993

  • 作者: ブライアン・R.ミッチェル,Brian R. Mitchell,中村宏,中村牧子
  • 出版社/メーカー: 東洋書林
  • 発売日: 2001/08
  • メディア: 大型本
  • この商品を含むブログを見る
 

 

増補・ヨーロッパとは何か―分裂と統合の1500年 (平凡社ライブラリー)

増補・ヨーロッパとは何か―分裂と統合の1500年 (平凡社ライブラリー)

 

 

次の本は「砂糖の世界史」にも出てきました。

近代世界システムI―農業資本主義と「ヨーロッパ世界経済」の成立―

近代世界システムI―農業資本主義と「ヨーロッパ世界経済」の成立―

 

 


書籍レビュー: 極右の統合失調、極左の自閉 『ひき裂かれた自己―分裂病と分裂病質の実存的研究』 著: R.D.レイン

★★★★★

 

著者のR.D.レイン(1927-1989)は「反精神医学」を掲げたイギリスの精神科医です。精神病棟に患者を隔離するのは人権侵害だとし、患者を実存的に理解し治療することで地域に開放することを目指した、当時としては急進的な活動家だったそうです。現代では精神病棟の需要は減りました。皮肉なことに、その原因は患者を理解することからはかけ離れている向精神薬の発展によるものです。

統合失調症、統合失調的気質の原理と彼らとの対話

本書は統合失調症(本書刊行時は精神分裂病)の原理を理論づけて病理に至るまでの道筋を明らかにし、臨床例を引用しながら彼らとの対話と理解を試みる目的で執筆された本です。

「実存的研究」とは、彼の当時の精神医学に対する批判が強く込められたタイトルです。当時はフロイト精神学が氾濫し、患者の病理を過去の性的コンプレックスと結び付けたり、患者の言葉とは異なる「精神医学用語」でカテゴライズして患者を理解することが主流でした。レインはこの姿勢に疑問を呈し、「患者の病理は患者の言葉で語られるべきである」というアプローチで彼らと向き合いました。とくに終盤の「一分裂病者の自己とにせ自己」「庭園にたつ影」ではレインが患者の作り出した世界の中に入り込んで、病理を分析していく様子が具体例と共に生々しく描かれており、文学作品として読んでも一級品です。

序盤~中盤にかけては、統合失調症の理論的概念の構築がなされます。これらは最初の章「人間の科学のための実存的-現象学的基盤」で断言される通り、可能な限り日常語をもって記述されており、門外漢でもそれなりに(私には時間がかかりましたが)理解することが可能です。以下、私なりの理解を書いていきます。

統合失調症まとめ

統合失調症患者と言うのは、他人の心情を「極端に読み過ぎる」人々です。彼らは他人の期待に正確に応えることをいとも容易く行うことができ、自己を完全に空虚にして他人そのものになりきってしまうレベルまで達することが可能です。

また、彼らは総じて自己肯定感がないか、非常に乏しいことが特徴です。これは先天的な場合も、暴力を受けるなどして後天的に失われることもあるでしょう。自己はきわめて弱いものとなるがゆえに、彼らは自己を外側に出さなくなります。彼らは自己と世界との接点が「にせ自己」を通して行われていると認識しています。「にせ自己」とは、現代的にいえば「ペルソナ」「仮面」みたいなものです。通常の人間は世界と関わるインターフェースは自分自身だと意識しています。これが「正気」です。統合失調症患者は世界とのインターフェースは「自分ではない何か」を通して行われていると認識しています。自分ではない想像上の人間が外側に向かって会話をし、動いているのです。

ふつう人間は、極めて幼い頃に「自己-他者の境界線」を確立します。いわゆる「アイデンティティの確立」です。15年前に椎名林檎が歌って有名になりましたね。「私は私であって他の誰でもない」という自然で健康的な感覚のことです。自己と他者の境界線は親との関係の構築の失敗に起因することが多いようです。

以上3つの条件が揃うと、成長に伴い病理が表出します。というのも、これら3つの要因は原理的に増幅しあう関係となっているからです。過剰に他人の期待に応えることが常態化すると、ただでさえ委縮しがちな自己がさらにしぼんでいきます。自己と他者の境界線が薄ければ、弱い自己は他者に侵略されまいと「にせ自己」をさらに強化し増殖させます。しかし「にせ自己」が膨張すればやがて「自己」を押しつぶしてしまうことは明白です。

やがて彼らは自己を喪失したと感じます。彼らの中には「にせ自己」しか残っていません。精神世界はバーチャルな幻想的な世界に変化し、しかも「にせ自己」は複数ありますから、論理的整合性も失われます。これが彼らの話現実感のなさと文脈がすぐにぶっ飛ぶ理由です。また、典型的な症状である被害妄想は次のように説明できます。普通の人間は「自己」が「他者」に語りかけて他者に何らかの反応を引き出そうとします。しかし彼らは「自己」「他者」の区別がつかなくなっている上にその境界線の意識もありませんから、「他者」が超弱い「自己」を直接操作し脅かすことができると認識します。すると「あなたは私を殺すと考えている」「電波で殺される」というようなよくある妄想が生まれるというわけです。

参考文章

【1541】皆と同じようにipodの手術を受けたい

まだまだ盛り込まなければいけない条件や理論はたくさんあるのですが、単純化すると大体以上のようなことになると思います。

動機

さて、私がこの本を読もうと思った直接のきっかけになったのは次のイミさんと言う人の記事でした。

彼は文章がうまく本書の内容については私のまとめよりも優れていますので、時間がある人は読んでみてください。

 

私は自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)という診断を8年ほど前に受けました。統合失調症の病理は、表面だけ見ると「他人とのコミュニケーション不全」「世界の了解の仕方が通常人と異なる」という現れ方をするので、自閉症と共通するところがあります。彼らの生きづらさ生きにくさを知ることで何か自分の理解に参考になるのではないかと思ってこの本を取り寄せ、読んでみようと思った次第です。

感想

さて読んでみると、、彼らには全く共感できませんでした!!全く!!!

レインの分析を読んでいくと、共感できないのは当たり前です。だって彼らは「他人の感情を過剰に読み過ぎてしまう人」達なんですもの。どうやったって他人の感情なんぞ読めるわけがない自閉症患者とは、両極端に離れている存在だということが分かりました。

先日読んだ広沢先生の著書でも「自閉症と統合失調症は根本的に異なる」「統合失調症は一般人の心の理論アプローチから理解可能だが、自閉症は体系そのものが異なるため、新しい理論が必要となる」と書かれていましたが、まさにその通りでした。

読み違い?

さて上記のイミさんのブログは根本的な読み違いをしていると思います。

この本の力点は、身体と精神の分離、分離することによる自己の「石化」「モノ化」です。他人の「モノ化」については1Pしか記述はありません。それはあくまでの自己の「石化」を防ぐための数多くの手段の1つでしかありませんでした。後半で出てくる臨床例でも他人の「石化」の記述はありません。破壊衝動が向けられるのは自分です。彼らの関心は自己を殺しつくすことにあるからです。そして、彼らに自意識は存在しません。他人と融合してほんのわずかしかない自意識を喪失してしまうことが統合失調症の本質だからです。

ですので何故共感したのかわかりません。私も共感できませんでしたが。とはいえ、彼らに共感することが目的で本書を読むわけではないでしょうから、分裂病うんぬんは完全に脇に置いておいて、このテキストの一部分を抜き出して自己について見直すきっかけになったのなら、それはそれで正しい読み方ともいえます。

自閉症と統合失調症の共通点、非共通点

次の箇所を読むとさらに、彼らの根本的な自意識のなさが明らかになると思います。私が一番衝撃を受けた箇所でもあります。レインが担当していた、ある回復へ向かった女性患者の次の告白に基づくものです。

私が存在するのは、あなたがそう望んだからに過ぎないのです。そして私は、あなたが見たいとおりのものでしかありえません。私は、あなたのなかに私の惹き起こした反応のゆえに、自分を現実と感じることができたにすぎません。もし、あなたをひっかいても、あなたがそれをお感じにならなかったのだったら、そのとき私は本当に死んでいたことでしょう。

あなたが私の中に善を見たとしたら、そのときだけ私は善でありえたのです。私はあなたの目を通して私自身を見た時にだけ、何か善なるものを見ることができたのです。でなければ、私は皆に憎まれる、飢えた、人を嫌がらせる餓鬼として自分を見るにすぎず、そしてこのような生き方をしているということで自分自身を憎んだに違いありません。そして、飢えのために、胃をむしり取ろうとしたに違いありません。(P243)

なんと、彼女が回復に向かったのは、レインの「あなたは存在する」と認識する自己と彼女自分の自己を一体化したためだって言うんですよ!!マジで驚きました。とことん自分の自己なんてものは存在しないみたいです。

そしてここに自閉症患者との表面的な共通点と差異も見出すことができました。自閉症者は、通常の人間とは違う方法で世界を把握します。上記の広沢先生の本でfolk physicsと呼ばれている方法、つまり世界から心的共感能力を排除し、理論的な枠組みだけで世界を理解する方法です。一般的な常識である共感をベースとしていないので、世界との関係は必ずきわめてぎこちないものとなります。このぎこちなさ、不自然さが統合失調症と自閉症の表面的な共通点です。しかし根本的な原理はこれほどまでに異なります。

ですので、自閉症者が統合失調症になることは、ありえないのではないかと思いました。もちろんこれはレインも述べているように過度に単純化したモデルでしかも想像上のものですから、これをひっくり返すような知見も見受けられるでしょう。しかし直感的には、自閉症者と統合失調症者は、とてつもなく対照的な存在でした。共感の右翼が統合失調、非共感の左翼が自閉症といったイメージを持ちました(右と左は適当です)。

結局自分についての理解は深まりませんでしたが、彼らの世界を覗くことができたのは「定型発達者の」ことを理解する一端になりそうです。

レインすごすぎ

ところで本書は著者が28歳のときに書かれた本だそうです。どうやったら28歳でこんな緻密で堅牢な文章が書けるんでしょうね。すごすぎます。

また、統合失調症患者の世界は本質的に独特で理解するのに時間も負担もかかり、また彼らの世界を構築するにあたって自らの世界が破壊される恐れも高いというのに、レインはこれを何人もの患者にたいしてやってのけ、しかも彼らより進んだ解釈を本書でもたらしてくれるのです。彼のあとに後進が続いてない(らしいです)ことからも、レインの取ったアプローチの特異性と彼の能力の高さが現れていると思います。

 

 

 

参考文献

自伝です。いつか必ず読みます。

レインわが半生―精神医学への道 (岩波現代文庫―学術)

レインわが半生―精神医学への道 (岩波現代文庫―学術)

 

 

 共感を学ぶために。

好き? 好き? 大好き?―対話と詩のあそび

好き? 好き? 大好き?―対話と詩のあそび

 

 

絶望を理解したいなら読めとレインが言っていました。

死にいたる病 (ちくま学芸文庫)

死にいたる病 (ちくま学芸文庫)

 

 

レインの友達。

存在と無〈1〉現象学的存在論の試み (ちくま学芸文庫)

存在と無〈1〉現象学的存在論の試み (ちくま学芸文庫)

 

 

引用されていました。

ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)

ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)

 

 


書籍レビュー: DNAとウイルスこわい『カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 第2巻 分子遺伝学』 著:D.サダヴァ他

★★★★★

 

2巻は染色体分裂~メンデル遺伝学~DNA~ウイルス遺伝学~生物の遺伝学がテーマです。1巻と同様豊富な図表が理解を強力に助けてくれることと、今回は化学知識も不要で誰でもバリバリ読み進めることができる素晴らしい本です。

 

DNAやばすぎ

DNAや遺伝子と言えばすっかり比喩として使い古された感があります。威張ってる好調が「我が校のDNA」なんて言いますよね。でも本書を読むと軽々しくDNAなんて言えなくなります。

DNAは私たちの体を構成する全タンパク質の鋳型です。DNAからRNAがサブセットとして抜き出され、リボソームで解釈されて細胞を構成するタンパク質ができます。

2行で書ける内容ですが、この間にはもう涙なくては読めないほどの超精巧な作業、順番が完璧に整った化学反応、適材適所の酵素の配置、エラー訂正機構、正と負のフィードバックによる濃度調節、などなど万馬券を1万回連続で当てるよりずっと難しい特大奇跡の積み重ねによって我々が生きていることを認識させてくれます。15年くらい前に流行った泣きギャルゲーとかセカチューとかコブクロとか何それちっちゃすぎ!って思えるくらいの奇跡です。生物学者はみんな宗教がかってもおかしくないです。本書ではその詳細を400P以上使って解説するのですすごい。

全体的に抱いた印象は以上ですので残りは特に気になったところを紹介します。

わたしたちの中の遺伝子組み換え

減数分裂という細胞分裂があります。ふつうの体細胞分裂は染色体が2倍になって細胞分裂し、1倍の細胞が2つできます。ところが精子と卵子は2倍になりません。染色体は半数になります(正確には2倍になってから1/4になります)。半数と半数の染色体が結び付いて一人前の受精卵ができるというわけです。子供は精子と卵子の遺伝子をランダムで受け継ぐため多様性が生まれます。

ところがたまげたことがあって、減数分裂時も組換えがあるそうなのです。分裂前に染色体同士が交差して、そのまま入れ替わってしまうらしいです!乗り換えと呼ばれています。

http://www.metabo-help.com/images/gene/gene5_06.jpg

特定健診(メタボ)対策・ダイエット レシピ集|生活習慣病予防の総合健康情報サイト|メタボヘルプ ドットコム【遺伝子ふしぎ発見!】

つまり我々のキンタマの中では毎日遺伝子組み換えが起こっているというわけですよ!びっくり!これは有性生殖に加えてもう一段階進んだ遺伝的多様性を生み出します。精子や卵子全員に遺伝的な個性があるだなんて知りませんでしたよ。

宇宙人バクテリオファージ

これは高校生物でも習うので知っている人も多いと思います。私は習ったような気がしますが忘れました。

ウイルスとは自己増殖だけを目的としたDNAとそれを囲むタンパク質だけでできた存在です。自分で栄養を合成したりできないので、生物とはみなされません。他の生物に寄生することだけが彼らの生きる道です。

で、このウイルスの例として挙げられているT4バクテリオファージが怖いのです。

なんですかこの宇宙人!

ウィルス『ファージ』がまるで人工物のようだと話題に。 – NAVER まとめ

 

http://livedoor.blogimg.jp/chaos2ch/imgs/9/8/98c56a52.jpg

細胞を刺してDNAを注入するファージ

ウィルス『ファージ』がまるで人工物のようだと話題に。 – NAVER まとめ

 

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/8f/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%AE%9F%E9%A8%93.svg/800px-%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%AE%9F%E9%A8%93.svg.png

ファージに取りつかれた細胞は破裂して死ぬ

高等学校生物 生物I‐遺伝 – Wikibooks

 

DNAを注入された細胞はお人よしなことに細胞内器官が「わーいDNAが来たよー合成合成」とウイルスのDNAを使って、しかも自分のエネルギーを使ってウイルスのタンパク質を合成してしまい、上図のようなことが起きます。しかもウイルスなんて単純ですから大量に合成してしまいます。増殖したウイルスは細胞壁を溶かす酵素を出して細胞を壊し大量のウイルスが飛散、被害が拡大していきます。おそろしい

また、ウイルス由来のDNAは宿主細胞のDNAを組み替えてしまいます。そして宿主のDNA内で長い間潜伏し、例えば宿主の体調が良くなった時など(細胞内の特定の物質の濃度でわかるそうです)を狙って発現し増殖します。トロイの木馬ウイルスみたいなもんです。コンピューターで発明される前に、生物プログラムとして存在していたとは。見た目の怖さも抜群ですがここは心底ゾッとしました。

インフルエンザにかかったあなたはこれが体内で起きています

ところがこいつを病原菌にとりつくように改造(というか抽出と培養)すれば、病原菌だけを安全に殺すことができます。これを使って最近流行の多剤耐性菌を退治することも期待されています。ファージセラピー です。宇宙人も使いよう。

 

他にも遺伝的多様性に貢献したり病気の原因になったりするきまぐれなトランスポゾンとか細胞内のちょっとした物質の増加でスイッチの入るアポトーシス(細胞死)の仕組み怖いとか近親婚に病気が多い理由(劣性遺伝子がかち合いやすいから)とかDNA複製の心細すぎる仕組みとか驚愕した例はいっぱいあるのですが、時間と紙面の関係でここまでにします。気になる方はぜひ読んでみてください!

 


書籍レビュー: 刺激的な数学教養書『数学入門 <上>』 著:遠山啓

★★★★★(≧ω≦)

2年生の途中までしか終えていない大学教育の水準に追いつくため、まずは数学の勘から取り戻さないといけません。そこで尊敬している遠山先生の新書、名前もそのものずばり「数学入門」という本があるというので手に取ってみました。

数学者は語学マニア

著者の遠山啓(とおやまひらく、1909-1979)さんは数学者・数学教育者です。タイルを使って量の概念を確実に身に着ける「水道方式」で有名です。

1959に出版されたという本書では、「ものを数える」という概念の誕生から始まって加減乗除~方程式・代数学~幾何学~複素数までの説明を新書1冊で(演習無しで!)完結させるというなかなか野心的な書でした。

あちこちで目を引くのは遠山先生の教養レベルの高さ、というかマニアさです。まず数の概念についてはあらゆる言語や部族の数詞に言及します。

たとえば、英領ニューギニアのビュギライ族はつぎのような数詞をもっている。

1→タランジェサ

2→メタ・キナ

3→ギジメタ

4→トペン

5→マンダ

6→ガベン

7→トランクジンベ

8→ボデイ

6→ンガマ

10→ダラ

これは身体の各部分の名であるという。人間の身体の各部に関連させて数えていく、という流儀によると数百の数まで数えられるだろうが、これは覚えこむのが大変で会って、これでは記憶力をひどく酷使することになる。

この調子でいろんな方言などを比較しつつ数の概念の誕生に迫っていきます。。現代の天才数学者ピーター・フランクルさんは14か国語を話せるそうですので、数学者というのは語学に精通していることが多いようです。言語は面白いパターンに溢れていますから数学者好みと言えましょう。私も外国語は大好きですが数学は苦手です。

まさかクラメルの公式の意味が分かるとは

数論・四則演算で最も驚くべき個所は分数の足し算引き算・通分約分のところです。約分を「たたむ」、通分を「ひろげる」と折り紙に例えている個所はマジ感動しました(画像が無いのが残念です)。ここから量をタイルで考えるという発想に至り「水道方式」に繋がっていったのでしょう。

代数の章では一次方程式→行列→クラメルの公式までぶっ飛ばします。行列が多元1次方程式の解を求める要請から出てきたので必然とはいえここまで進むとは思いませんでした。さすがにここはしんどかったですが線形代数の授業で丸暗記するしかなかったクラメルの公式の意味が分かり驚きました。

公理を積み上げてできた幾何学

幾何学の章では浪人になる直前になんとなく本屋で手に取ったこの本を要約したような感じでした。

幾何への誘い (岩波現代文庫―学術)

幾何への誘い (岩波現代文庫―学術)

 

幾何学は「2点を通る直線は必ずあり、しかも1本しかない」などの公理と呼ばれる直感的に「当たり前」な数少ない事実だけを基にして複雑な証明を組み立てていく美しい学問です。と上の本を読んで感動したことを思い出しました。大学1年で買わされた杉浦「解析入門」も公理から微積分を導いていく本なのですがこちらは美しいと思えずただ苦痛だった記憶しかありません。いつか読破してやるんだ。。

 

あちこちにダンテやらプラトン、ショーペンハウエル、デカルト、スタンダールなどの引用が散りばめてあり、著者の教養の高さが伺えるとともにそれらの書物もまとめて読みたくなってしまう素敵な本でした。 下巻は関数、極限、微積分です。どういった説明が出てくるのかワクワクです。

 

 

参考書籍

イスラム数学者の話。

ルバイヤート (岩波文庫 赤 783-1)

ルバイヤート (岩波文庫 赤 783-1)

 

 

数学が得意だったダンテ。7や100といった数字が大きな意味を持つ。

神曲 地獄篇 (河出文庫 タ 2-1)

神曲 地獄篇 (河出文庫 タ 2-1)

 

 

幾何学の聖書。

ユークリッド原論 追補版

ユークリッド原論 追補版

 

 


書籍レビュー: 智者たちの戦争『ローマ人の物語 (4) ― ハンニバル戦記(中)』 著:塩野七生

★★★★★

 

第4巻。ようやく全体の約1/10です。本書では紀元前219-206年、ローマvs地中海の盟主カルタゴの第二次ポエニ戦争の中盤戦が舞台です。

ハンニバル登場

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/a8/Hannibal_Slodtz_Louvre_MR2093.jpg/200px-Hannibal_Slodtz_Louvre_MR2093.jpg

ハンニバル – Wikipedia

本書に登場する最大の難敵ハンニバルは時々名前を聞く武将です。イタリアでは悪いことをした子供に対して「戸口にハンニバルが来ていますよ」と言って脅すそうです。まるでナマハゲのような扱いです。

彼は潜在兵力75万と言われるローマにたった2万6千の兵力で単身乗り込み、本書の中盤では南イタリアをほぼ制圧してしまうという天才的な才能をもちます。

ハンニバル進撃路

 

奇跡的な行軍を成功させたのは彼の智慧が全てと言ってもよいでしょう。ハンニバルは手薄な北側からローマを攻めることを考えました。しかしハンニバルの拠点のスペインからフランスを超えてイタリアに攻めるまでの間には1つ難所があります。

アルプス山脈です。これはハンニバルの「アルプス越え」と呼ばれ非常に有名であるそうです。

この写真は最高峰のモンブラン山、標高4810m。他にも4000m級の富士山を超える山々が連なる難所を、ハンニバルは4万6千の兵と30頭の象を連れて超えました。すげぇ。富士山を4万6千と30頭の象が行軍する様子を想像すると気が遠くなります。そして上で2万6千の兵力と書いたように、2万人が山越えで死にました。しかしこの犠牲をあらかじめ計算してまでもハンニバルは山越えが重要と考えていました。

この無謀な行為はローマの油断につけこむことに見事成功し、ローマに壊滅的な打撃を与える前216年のカンネの戦いなどを通して10数年にわたりハンニバルはイタリア内で暴れ続けます。アレクサンダー大王、ハンニバル、優れた武将が1人出ると戦局はこうも大きく変わるものかと驚かされます。

あの偉大な数学者も登場

本書ではもう一人、誰でも名前を知っている智者が登場します。

アルキメデスです。彼はシチリア半島の自治区シラクサの大科学者でした。シラクサは本書でハンニバルの暗躍によりローマからカルタゴに寝返ります。したがってアルキメデスはローマの敵として登場します。浮力の原理という偉大な発見をした彼は、まるでアニメのお約束よろしく、ビックリドッキリメカでローマ軍を翻弄しました

兵器その1

Claw of Archimedes – Wikipedia, the free encyclopedia

「アルキメデスの鉤爪」と呼ばれるこの兵器は、城壁に取り付けたクレーン装置のようなもので、図のように船をひっかけて転覆させます。ローマ海軍は大きな被害を被りました。

兵器その2

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/58/Archimedes_Heat_Ray_conceptual_diagram.svg/220px-Archimedes_Heat_Ray_conceptual_diagram.svg.png

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%B9#.E3.80.8C.E3.82.A2.E3.83.AB.E3.82.AD.E3.83.A1.E3.83.87.E3.82.B9.E3.81.AE.E7.86.B1.E5.85.89.E7.B7.9A.E3.80.8D.E3.81.AF.E5.98.98.E3.81.8B.E7.9C.9F.E5.AE.9F.E3.81.8B

「アルキメデスの熱光線」。これは本書に登場せず、リンク先でも存在を疑問視されていますが本当にあったと考える方がロマンがあります。

虫眼鏡で紙を焼く如く巨大な鏡で船を焼く、ソーラ・レイシステムです。紀元前に実用化されていたのですからガンダムは遅れていると言わざるを得ません。

なお彼は戦火の中ローマ兵に手違いで殺される直前まで数学の問題を解いていたマジな数学オタクだったそうです。本書のMVPはアルキメデスにあげたいと思います。

 

 

 

関連書籍

シラクサ攻防戦を描いた漫画。読みたい。もちろんアルキメデスも登場します。なんと作者は寄生獣の人です。

ヘウレーカ (ジェッツコミックス)

ヘウレーカ (ジェッツコミックス)

 

 

これも読んでみたいですね。

ハンニバルに学ぶ戦略思考

ハンニバルに学ぶ戦略思考