書籍レビュー: よだれがでるよ!『人とミルクの1万年』 著:平田昌弘

★★★★★(‥ºั⌔ºั‥ )

 

牛、馬、羊、、、人間が家畜の乳を利用するようになって、およそ1万年が経つそうです。この本は世界の「ミルク史」なるものを地域ごとに詳述、「北方乳文化圏」「南方乳文化圏」なるミルク文明史とも言える大胆な仮説を展開していくダイナミックな書物です。いやー岩波ジュニア新書、すごいわ。

狩猟から搾乳へ

そもそも搾乳とは、狩猟文化からの劇的な転換です。動物を屠畜し食べればその動物はいなくなってしまいますが、搾乳により食物をえるということは、屠畜という単純な消費行動をやめ、家畜という資本からミルクという利子を生み出すストック化に人類が移行したことを表します。この論を読んでなるほど、こりゃすごいと感じました。乾燥のため植物性バイオマスに乏しく、狩猟から農耕に至ることのできない地域ではこのようにしてストックを生み出したのです。肉を食うよりミルクを飲んだほうが、餌からの栄養効率が3.7倍にもなるそうです。

進化の基本である淘汰圧の原理を考えれば、動物性タンパク源がほとんどない地域で乳文化が発達したというのは自然なことです。タンパク質を確保できない人類は病気で死ぬ確率が高まります。狩猟していたのでは牛も羊もいなくなり共倒れで死にます。すると、環境の厳しい地域では搾乳技術を生み出した民族だけが生き残ることができます。搾乳は難しい技術だそうですので、環境の淘汰圧が激しくない日本や北南米では搾乳する必要が無く、全然発達しませんでした。

ミルクの地域史と文明史

本書では主に西アジア(シリア)、インド、モンゴル、ヨーロッパに分けてそれぞれの乳文化の発達と変遷を紹介してくれます。特にモンゴルで筆者と懇意な家族がおり、かなり詳しい食文化が記述されています。搾乳できない雄の家畜を去勢するシーンなんか生々しくていいですよ。

ヒツジやヤギは、行動特性上、四肢を宙に浮かし、背中を地面につけると、暴れることをやめて落ちつきます。去勢は、ナイフで切れ目を入れ、睾丸を手で一気に引き抜きます。左側の桶に、引きちぎった睾丸が溜められています。(写真あり)

(中略)

引きちぎった睾丸はどうするかというと、やはり無駄にすることはありません。食べてしまいます。ミルクと一緒に似て調理します。味は、淡泊で食べやすくはあります。睾丸はタンパク質や核酸を豊富に含み、疲労回復に良いとされていますから、食べても問題ありません。

上野アメ横なんかに売ってるかもしれませんね、睾丸。

驚くのはどこの乳文化圏でも、ヨーグルトが基本になっていることです。人類が乳糖を分解できるのはたいていこどもの間だけで、成長するほどラクトース消化酵素が衰え、乳糖不耐症になるそうです。ミルクが乳幼児のための飲み物である理由です。これをヨーグルトにすると、保存性が良くなるうえに乳糖が発酵で分解され大人も食べやすいようになります。私も牛乳を買ってヨーグルトを作ってみようと思いました。種菌があれば簡単にできちゃうようです。

うまそうな食べ物たち

本編に出てくる乳製品の美味しそうなこと。クリームは洋菓子の基本ですし、チーズはヨーロッパの夏乾燥冬湿潤という気候に完全マッチし、あれだけ多様なチーズが生まれたそうです。ただチーズは買うと高い。日本には豊富な魚があったから乳製品は必須のものではありませんでした。学校給食、パン食の普及とともに乳製品も日本に広まりましたがまだまだ。必須じゃないものはどうしたって高くなります。特にバター、生クリーム、チーズは高い。

本書は文明史としても素晴らしい書物ですがそれぞれの国の食文化の紹介も舌なめずりしたくなるほど魅力的でした。インドの濃縮乳で作った乳菓、ヨーロッパの何か月もかけてできる樽みたいな形のカンタルというチーズ、食べたいものは沢山あります。死ぬまでに一度は食べてみたいです。食べて、彼らの生活や文化に思いを馳せてみたい。

 

 

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