プラトン – ソクラテスの弁明・クリトン


★★★★★(´・-・。)
おそらく世界でいちばん有名な哲学書(むしろ物語?)。昔背伸びして買った古い岩波文庫が眠っていたので読んだ。対話篇と称されるように全編が実在の裁判に沿ったソクラテスの一人語りでできており、彼の弁論がソクラテスという思想家を構成する仕組みとなっている。物語形式であるためか文章は明快で、哲学に全く明るくない私でも通勤の往復時間(2時間くらい)で読み通すことができた。
本編は高校倫理などでおなじみ「無知の知」を核とする。彼はいわゆる知識人・偉大な人物と称される人間に会い、どれだけすごい人物かと期待し対話するのだが果たして自分より賢くないことが分かってがっかりする、ということを繰り返すうちに、勘違い知ったか野郎の目を覚ましてやることを生きる目的とするようになった。ソクラテスは言う、「彼らは自分が何も知らないのだということを分かっていない」と。そして真に賢明なのは神のみで、人間には何も知ることができないということこそが智慧であると主張する。このことを弁えている自分は彼らより賢い。
こう言うのだから自称知識人達を敵に回して当然である。ざっくりまとめてしまうとソクラテスは真実を言い当てられた人間たちの手で死刑に処される。詳しくはweb上で読める日本語訳があるのでこちらを読んでいただきたい。序文は後で読んだ方が良いかも。
彼が何も知らない・知ることができないと語るのは、少し前に読んだソロスの思想とも通じる。驚くことに、西洋哲学数千年の歴史をもってしても、人間が何も知らないという事実は全く揺らがなかった。私も実感として、さまざまな書物を読むにつけ、私だけではなく人類も何も知らないのだという事実だけが積み重なっていくのがわかる。知ったつもりになっている人間は須らく間違っている。ラストでソクラテスが「私が死んだ後、私の息子がひとかどの人物になったような気になっていたら君たち諌めてくれ」と言うのが切ない。
クリトンはこの話の後日談、ソクラテスの友人クリトンが脱獄を薦めるものの、ソクラテスに説得され諦めるという話。この説得は国家への完全なる服従が前提となっている。詳しくは当時のギリシャに関する書物を読まないとわからないが、彼の言い分からするとアテナイ市民は国家を相手に保護と服従のギブ&テイクの厳格な契約をしたことになっている。契約に不満があれば国家を勝手に出ていってもいいらしい。これを前提として、私は国家から70年も出ていななかった、つまり国の論理に従って生きることを選択した以上、私はこの国の法に則らねばならない、これを破って脱獄するのは国を破壊する行為であり正しくない、と言うのが彼の主張の骨子だ。ああ彼らは大陸人なんだなぁと思った。日本人のような島国の国民にとって国家からの脱出は難しい。言葉の壁も大きい。また現代の人権思想を軸とした見かけ上ゆるい統治体制のせいで、国家を相手に契約した覚えなんかないよ、という人間が大多数だろうと思う。そんな私たちにとってはソクラテス国なんかに殺されて馬鹿じゃねーの逃げろよ!と反発を覚える内容だが、当時のギリシャ人から見れば我々こそ間違っていることになるだろう。
この作品からは理性・論理への完全な信頼が伺える。感情から生まれる非論理的思考を徹底的に排除し、議論によって正しい論理だけを採用する。ソクラテスは自分が正しくないと心の底で感じたとき、「ダイモニオンの声」が聞こえるという。これが何であるかは様々な解釈があると思われるが私は「良心」や「第六感」のようなものだと感じた。ソクラテスはこの声を裏切ることは決してできなかった。どこまでも正しい人であった。そして正しいがゆえに彼は死なねばならなかった。
個人的には、当作品にはこれまでに自称知識人を叩きのめしてきた過程が全く書かれていないので、具体的にどうやって論破するのかを知りたい。


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