西垣通『新基礎情報学』まとめと感想

※自分用のgoogleドキュメントから転載

 現代における情報学(に限らず、自然科学全体?)はコンピューティング・パラダイムに基づいている。これはシャノンの情報理論(図書館情報学でやったやつ)やラッセル達が確立した論理演算の追求をベースとした、宇宙/世界の客観的記述が可能とする立場である。これは、西洋のユダヤ=キリスト教に基づく宇宙一元論と符合するので、熱狂的な信者が学者にも多く、AIが人間を超える(いわゆるシンギュラリティ)とまことしやかに予言されている。人間は物理的素材からできていて限界があるが、コンピュータの発達はそのような制限がなくいずれ人間を追い越すという想定である。

 コンピューティング・パラダイムの欠点は2つある。1つは形而上学的な問題。カントが明らかにしたように、人間の生物学的特性の限界により、宇宙/世界の存在に絶対的にアクセスすることは不可能で、人間というフィルターを通して相対的にアクセスすることしかできない。神が眺めているような宇宙/世界を想定することを素朴実在論といい、これはカントやフッサールの現象学によって大いに批判され、現代哲学では自明視できないと考えられている(だから、現代哲学は大抵が相対主義である)。が、多くの科学者はいまだに素朴実在論を信奉している。私たちも大半がそう考えていると思う。

 もう1つは技術的な限界。AIは記号の操作はできるが、意味を解釈できない(記号接地問題、フレーム問題というらしい)。人間は論理推論だけで生きているのではなく、身体的直観や暗黙知、文化、物語、俺様ルールなど様々な非論理的な知を駆使して生活している。機械が意味を「解釈できている気がする」のは私たちの想像力がそうさせているだけである。最近の深層学習はAIに統計処理を導入し、力技でそれっぽいことができているように見えるが、実のところ何もできていない(囲碁とか顔認識とか厳格なルールがある場合だけしか無理)し、その限界は30年前からわかっていた。結局、現時点の技術ではAIが自律的になることは不可能で、AIの背後には必ず設計者が存在する(これも昔と同じ)。

 とはいえ、今のようなAI信仰が進むと、AIの判定に従って人間が決定を下したり、AIを強くするためだけに人間が働くような、人間が機械の奴隷になる日もそれほど遠くはない(ハラリの「ホモ・デウス」という本に詳しいらしい)。ディストピアを回避するにはどうするか。そこで情報基礎学の出番というわけである。

 情報基礎学では、基礎理論としてサイバネティック・パラダイムを採用する。これは、生命活動から情報をとらえようとする立場のこと。生命の特徴は、価値の自律的な創出にある。生命は、限定された認知世界という前提の下で常に最適解を探そうとするものである。1970-80年代ごろに出現したネオ・サイバネティクスは、「客観的な、観察された世界の分析」から「主観的な、観察する世界の分析」に視点を移そうとするものである。視点を外側から内側に移すということである。

 情報基礎学(の西垣研究所?)はHACS(Hierachical Autonomous Communication System:階層的自律コミュニケーションシステム)モデルを採用する。HACSでは、まず生物をAPS(AutoPoietic System:自己創出システム)ととらえる。環境からの刺激を自分なりに意味解釈して、自分を再構成していくというモデルである。そして、複数のAPSが相互作用しつつ、さらに、APSの間に非対称な階層関係を想定するのがHACSである。

 例えば、学生と大学の関係を考えればいい(この例えはオリジナルです)。学生一人一人はAPSであるが、大学というシステムもまた一つのAPSである。APSとしての学生同士の相互作用を考えることができる他にも、大学から見ると学生一人一人は、自律性を捨象された機械のような存在として見える(学生番号で管理される学生を想定してみるといい)。つまりHAPSにおいては、自律(サイバネティック側からのアプローチ)と他律(コンピューティング側からのアプローチ)を両方考えることができるのである。

 本書は基礎情報学の枠組みをおおむね以上のように示すが、実際のところこれがプログラム開発にどう役立つのかについては何も述べておらず(プログラムはコンピューティングパラダイム内の集合だからそりゃあそうか)もっぱら哲学的な議論、AIの限界などがメインである。本書中で示された参考文献はとても面白いものばかりで全部読みたいが、情報学を学ぶ上でどのようにその視点を生かしていくか、私の中では全然はっきりしていない。とはいえ、私はこの本読むまで素朴実在論者だったし、情報学に対する考え方を180度回転(コペルニクス転回ってやつ?)してくれたことは事実である。そして、課題も沢山見えてきた。哲学への興味(基本的に西垣先生が毎回思想を解説してくれる)と、AIに対する興味があれば読める非常に刺激的な書物なので、ぜひ読んでみてください。

 東大情報学環ってすげー面白い所なんだなーと思いました。西垣先生はすでに退官されているので、後任の若手さんがまた面白いことをやってくれてるんでしょうね。

参考

digital-narcis.org


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