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紀元前49~44年が舞台です。宿敵であり盟友でもあったポンペイウスを打ち破ったカエサルが、ポンペイウスの残党と戦ったりローマ内戦の延長戦を戦った後に国内の大改革を行うというのがこの巻の主な内容です。
来た、見た、勝った
このセリフ時々見るんですが、一体何なのか?
ローマ内戦の終盤戦、小アジア(現在のトルコ)を占領したポントス王ファルケナスに対して、カエサルはゼラという土地で対決します。
この戦闘、なんと4時間でカタがついてしまいました。カエサルが元老院に戦闘の報告をする際の書き出しが「来た、見た、勝った」だそうです。ラテン語では「VENI, VIDI, VICI」。簡潔極まる美しい文体ですね。楽勝勝ちを表現したいときにぜひ使ってください。
紀元前の武士道精神
ポンペイウス側についていた小カトーという人物がいます。彼はカエサルに追い詰められたとき自害しますが、この自害の様子が実に凄惨なのです。
小カトーは、短剣を取って腹部を突き刺した。……だが、突き刺した箇所が適切でなかったのか、すぐには死ねなかった。……駆けつけた医者は、苦しむ小カトーの傷口を縫い合わせようとした。だが、その手を激しく払いのけた小カトーは、自分の手で自分の内臓をつかみ出し、それでようやく死ぬことができた。49歳であった。
カエサルは寛容が徹底しており、ポンペイウス側についた人間を一切弾劾しませんし自由も補償します。それでも小カトーは自死を選びます。誰もが平等という建前の共和制ローマでは「他のローマ人に自分を許してもらう」ことは「許すことのできる特権を持つローマ人が存在する」ことになるため、あってはならないことだったのです。許されるくらいなら死を選ぶ。そういう意味では小カトーを平等主義を貫いた論理的に正しい、清い人物とみることもできます。キケロなんかは称賛しています。
しかし我々後世の第三者から見るとただのアホです死ぬなよバカ。第二次大戦後に自害した日本軍人と思考体系が変わりません。カエサルは紀元前という同時代にいながら、我々と同じ視点を持つことのできた超人ですね。
このエピソードを見ても、政治にかぎらず全ての思想は、所詮はその人のライフスタイルの反映に過ぎないのかと思ったりする。(P85)
はい。そうです。どんな思想でも絶対的な尺度なんて存在しませんので。思想は個人です。
建造物まで寛容に
改革については共和制を事実上終わらせ、カエサル自身に権力を集中させたことに特徴がありますが、他にも365日で11分15秒しかずれない当時としては正確すぎるユリウス暦を制定したり、当時流行っていた巻物を裁断して普通の本にしようぜ!と言ったり面白いものばかりなのですが、一番驚愕したのはローマの城壁を破壊させたということです。首都が城壁も必要ないほどに平和であるのがローマの目指す道だ、という思想をもって破壊したそうです。どこまで寛容なの!
なお、カエサルが多く作った建造物をつい最近破壊したアホがいます。元祖ファシストのムッソリーニちゃんです。
軍隊のパレードをするために「皇帝たちのフォールムの通り」を作ったんだと!これのせいで並みいる遺跡群はいまやアスファルトの中に埋まってしまったそうです。
相手のところまで降りるな
カエサルが超然としている理由はもう一つ述べられていました。
憤怒とか復讐とかは、相手を自分と同等視するがゆえに生ずる想いであり成しうる行為なのである。カエサルが生涯これに無縁であったのは、倫理道徳に反するからという理由ではまったくなく、自らの優越性に確信を持っていたからである。優れている自分が、なぜ、そうでない他者のところまで降りてきて、彼らと同じように怒りに駆られたり、彼らと同じように復讐の念を燃やしたりしなければならないのか。(P34-35)
ふつうは、優越性を持っている人間は他者が言うことについて「なぜお前ごときに言われなきゃいかんのや」と思って怒りがより増幅します。そんな人間を何人も見てきました。でも怒りが増幅するのって、不安の裏返しなんですね。本当に優越を感じていたら不安になるわけないですものね。優越性を持つことがいいかどうかはもとより。
さて前巻でも出てきた次の言葉ですが
わたしが自由にした人々が再びわたしに剣を向けることになるとしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。だから、他の人々も、そうあって当然と思っている。
他の人々はあなたのように高潔ではありませんので、本書のラストで自由にした人々に剣を向けられ、カエサルは突然死にます。紀元前44年3月15日のことです。ここで本書は終わります。
次巻は3月15日の出来事から綴られる予定です。
参考書籍
塩野さんがカエサル好きすぎるためにかなりdisられているキケロさんですが、世界一級品の著述家ですので読んでおきたいです。
中務先生の訳もある!これは読まねば!
中務先生はここで紹介しました