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塩野七生さんによる「ローマ人の物語」文庫版、全43巻中の3巻です。「ハンニバル戦記」というタイトルですが、まだハンニバルは登場しません。文庫版では単行本の第2巻を上中下の3つに分け、上にあたる本書の記載量は150P程度と少なめです。
アフリカ北部の大国カルタゴとの戦闘
本書は紀元前264~219年が舞台となります。ローマは現在のイタリア半島全体をようやく支配し、それなりの大国になりつつある段階でした。一方、アフリカ北部の大国カルタゴは靴の先っぽにあたるシチリア島の西半分を支配し、地中海の制海権を得ようとしているところでした。地中海支配の重要拠点であるシチリア島を巡って、二国が激突するのが第一次ポエニ戦役(前264~241)です。
ここまで陸戦のみでイタリアを統一してきたローマにとっては初の海戦主体の戦争となります。カルタゴは商業大国で財貨も兵士(傭兵)も豊富で、海の経験も長いため海軍がめちゃ強いです。一方ローマは海戦は初めてです。どう考えたって負けそうなのですが、勝ってしまうのです。。
特に戦役序盤で活躍した「カラス装置」に私はおったまげました。ローマ人が発明した兵器?で、大きな板の先端に刃物を付けて、それを船の先っぽに可動式になるように取り付けたものです。
自軍と敵軍の船が近接したら、こいつを下ろします。刃物が敵軍の船に刺さり抜けなくなります。すると自軍と敵軍の船が接続され、相手の船と白兵戦を挑めるようになります。つまり海戦を陸戦に変えてしまったのです!すげぇローマ人!カラス装置の活躍により、第一次ポエニ戦争序盤のカルタゴ勢は壊滅的打撃を受けました。頭いいなあー。
不慣れな海戦で戦わずして座礁し多くの犠牲者を出すなど紆余曲折の末、ローマ人はシチリア半島の制圧に成功します。中巻以降では現在のスペインを植民地化し力を蓄えたハンニバル率いるカルタゴ勢の逆襲が始まりそうなので、読まないうちからワクワクしてしまいます。
私が高校世界史を全く理解できなかったわけ
単行本版の序文にあたる『読者へ』で、「プロセスとしての歴史」について言及されています。
歴史への対し方については主に二通りあり、一つ目は自らの主張が先に存在し、例証として歴史を使うやり方。「君主論」を著したマキアヴェッリが典型とされています(私はまだ読んだことがありません)。概して、記述量が簡潔になります。
二つ目は歴史を手段とせず、叙述を目的とするやり方。「ローマ史」のモムゼン、「ローマ帝国衰亡史」のギボン(二人とも知りません。。)が例として挙げられています。概して、記述量が膨大になります。これを「歴史はプロセスにある」という考え方として、塩野さんは後者の立場を取ると言っています。
そしてこの2点と全く異質の観点によって教えられるのが高校世界史です。最大の目的は「短期間で世界中の歴史の概要を習得すること」。私は次の記述を読んで確信しました。その試みは不可能です。
ちなみに、一年間で世界中の歴史を教えなくてはならないという制約があるのはわかるが、日本で使われている高校生用の教科書によれば、私がこの巻すべてを費して書く内容は、次の五行でしかない。
――イタリア半島を統一した後、さらに海外進出をくわだてたローマは、地中海の制海権と商圏をにぎっていたフェニキア人の植民都市カルタゴと死活の闘争を演じた。これを、ポエニ戦役という。カルタゴを滅ぼして西地中海の覇権を握ったローマは、東方では、マケドニアやギリシア諸都市をつぎつぎに征服し、さらにシリア王国を破って小アジアを支配下におさめた。こうして、地中海はローマの内海となった――
これが、高校生ならば知らないと落第する、結果としての歴史である。これ以外の諸々は、プロセスであるがゆえに楽しみともなり考える材料も与えてくれる、大人のための歴史である。
こりゃ理解できるわけありません。人間の動きや社会の仕組み、人々が何を考え、どうやって行動してきたか、すべてドッスンに潰されたマリオカートのごとく圧縮されぺちゃんこになり行間から排出されてしまっています。
大久保駅の近くに、第一教科書という店があります。
ここは駐車場を改造したようなスペースにずらっと教科書が並んでいて、少しそそられる雰囲気の店です。会社に向かう道の途中にあるので、気になっていました。
ここで山川の世界史教科書を買おうかどうか迷っていたのですが、本書を読んで決心がつきました。買いません。
高校時代には歴史書を読んでおけばよかった。プロセスが書かれている本なんて高校や地域の図書館、近くの本屋にいくらでもあったのですから。あれから10数年経ちましたがこれからでも遅くありません。気長に沢山読んでいこうと思います。