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著者の辰濃和男さんは、天声人語の元筆者です。私は文章が上手ではないのでこういう本にはつい手が伸びてしまいます。でも著者紹介を見てちょっとがっかり。天声人語はエリート意識の強い文が多くあまり好きではないので期待していませんでした。しかし読んでみるといい意味で期待を裏切ってくれました。
テクニックよりも心構えを説く
本書では「1文の長さを適切に」などのいわゆるテクニックも若干収録されていますが、大部分は文章を書く前提となる、自分の日常の過ごし方にあてています。例えば「広い円」では毎日の情報収集、思考、実践の重要性を伝えています。そうして大きな円を作っておかなくては深い文章を書くことはできない、と述べるのです。私もその通りだと思います。100インプットしてようやく10書ける、いや1かもしれないと考えています。
池波正太郎は何十年間も毎日食べたものを日記に書き留めました。たぶん彼の趣味です。で、その結果できたのが次の文章です。
冬に深川の家へ遊びに行くと、三井さんは長火鉢に土瓶を掛け、大根を煮た。
土瓶の中には昆布を敷いたのみだが、厚く輪切りにした大根は、細君の故郷からわざわざ取り寄せる尾張大根で、これを気長く煮る。
大根が煮あがる寸前に、三井老人は鍋の中へ少量の塩と酒を振り込む。
そして、大根を皿へ移し、醤油を二、三滴落としただけで口へ運ぶ。
大根を噛んだ瞬間に、
「む……」
いかにもうまそうな唸り声をあげたものだが、若い私達には、まだ、大根の味が分からなかった。
ただの大根の輪切りを煮るだけの描写ですが私は腹が減って仕方がなくなりました。趣味を何十年も煮詰めれば達人の表現が可能になるということは、次の投稿が示しています。彼も天才の一人です。
「遊び」はちょっと、、
敗戦直後の記者には人があふれ、はちきれ、窓ガラスはたいてい、破られていた。ある窓には板が打ち付けられてあった。誰かが落書きを書いた。「こんな窓に誰がした」
そのわきに小さくこう書かれれていた。「大工がした」
面白いですかこれ!?出典が書かれていないので著者が書いたようです。残念ながら辰濃さんにお笑いのセンスはありません。遊びについては若い人の方が感受性などの面で優れているようです。引用文には面白いものもあります。
買いか
買いですね。収録されている文章は超が付くくらい素晴らしいものばかりです。著者のセンスが垣間見られます。また、著者の人柄の良さもあちこちににじみ出ています。この本買ってよかったな。折に触れて読み返そうと思える本でした。
文章本はまだいくつかストックがあるので今後も読みます。