書籍レビュー:『これが物理学だ!マサチューセッツ工科大学「感動」講義』著:ウォルター・ルーウィン 訳:東江一紀

★★★★☆

物理を生徒さんに楽しく教えられたらいいなあ、という想いで読みました。

著者のウォルター・ルーウィンさんは1936年オランダ生まれの物理学者で、MITの教授です。彼の物理未修者向けの講義はユニークな実験を必ず交えており、世界中にファンがいます。

例えば次の動画を見てください。15kgの鉄球を振り子の先に付けて手を放し、鉄球が戻ってきても元の高さを超えることはない、というエネルギー保存の法則を体を張って証明しています。

「私はエネルギー保存の法則を100%信じている。鉄球の速さが0にならなければ、これは私の最後の講義となる」

「物理学は正しかったので私は生きているぞ!じゃまた来週!」

すごい人です。このような実験がどの講義でも行われているというのですから、MITの人は恵まれていますね。

「あの人は教壇で爆発するんですよね。…あの疾走感は今でも首の後あたりに残っています」(P17、教え子談)

本書は前半で、講義の内容をまとめたと思われる、ニュートンの4法則や電磁気、音など物理学の基礎にまつわるトピックが豊かに記述されています。ウォルター先生は虹が好きで、虹のできるメカニズムや作り方、白い虹や二重虹について熱く語る第5講が特徴的でした。

後半はウォルター先生の専門分野であるX線宇宙物理学についての話で、東京ドームより大きな気球を飛ばしてX線を検出したり、星が終わるとき何が起こるのか、重力崩壊から中性子星を経てブラックホールになる過程の詳述など、スケールが大きすぎて頭がおかしくなる話がいっぱいでした。

ブラックホールについては

・ブラックホールの中心には、体積がゼロで密度が無限大の「特異点」なるものがある

・ブラックホールを観測する人間から見ると光の速度が遅くなって波長が長くなるので、ブラックホール付近にいる人は赤く見える。ブラックホール付近にいる人からは外部が青く見える。

・ブラックホールにもっと近づくと赤(赤外線)を通り越して可視光を外れ、透明人間になる

・ただし透明人間になる頃には、重力で体が引きちぎられる。これをスパゲッティ現象という

という怖い知識が身に付きました。

ウォルター先生はユダヤ人で、一族をホロコーストで半分亡くしています。第1章には彼の壮絶な過去も描かれています。ホロコーストを笑い飛ばす映画である『ライフ・イズ・ビューティフル』には不快感を覚える、という記述を読んで、そーだよな、ごめんなさい、と思いました。

内容はすばらしいし、ウォルター先生の講義もすばらしいのですが、本書には2点欠点があります。1点目は図が少ないこと。物理学の本なのになぜか縦書きということもあり、イメージが湧きにくく読むのに労力が必要です。2点目は、訳が雑なこと。特に要のはずの物理用語周りの訳が読みにくく、「光が大気圏を通り抜ける間に空気分子を『飛び散らせる』」(P24)という明らかな誤訳もありました。残念です。

彼のことを知りたければ、講義を視聴するのが一番だと思います。

https://www.youtube.com/channel/UCliSRiiRVQuDfgxI_QN_Fmw

力学、電磁気学、波動についての講義や子供向けの講義など、約100件の講義が無料で公開されています。英語ですが字幕も付いていますので、ちょっとだけ英語が読める人なら十分ついていけます。ぜひご覧ください。

一点、忘れないようにしたいことを引用しておきます。

質問があるたびに忘れずにこう言った「すばらしい質問だ。」教える者が何より避けたいのは、学生は愚かで自分は賢いという驕りを、学生たちに感じさせてしまうことだ。(P385)


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