書籍レビュー: バイオテクノロジーで世界征服 『モンサント――世界の農業を支配する遺伝子組み換え企業』 著:マリー=モニク・ロバン 訳:村澤真保呂、上尾正道

★★★★★(・:゚д゚:・)ハァハァ

 

聞いたことがありますかモンサント。全世界の遺伝子組み換え企業の総本山としてよく知られた企業です。本書はモンサントについて著者が4年に渡る調査を行った結果として書かれた本です。

圧倒的情報量を訳者がさらに補強

まず本書の目玉は圧倒的な情報量です。本文が約540ページもある上に文字が小さめで、膨大な出典付き。それに加えて訳者も本書のあちこちに注と参考文献を2Pに1冊くらいの割合で紹介してくれており、巻末の参考文献もざっと100冊はありそうです。巻末の文献と本文中の文献は独立していて別物です。いったいどれだけ調べたのでしょう。1冊の本を完成させるまでに相当の労力を費やしたことがわかります。

驚くべきはこのモンサントという企業、あらゆる要素を駆使して世界的企業に成長したということです。それも合法的に。

まず国の中枢に働きかけ、環境汚染しながら利益を蓄える

第一部ではPCB、ダイオキシン、ラウンドアップ、牛成長ホルモンを通じてモンサントが巨大企業になっていく過程が書かれています。モンサントと言えば遺伝子組み換え作物(GMO)という先入観がありましたので、公害は「だいたいこいつのせい」と言っても過言ではないくらい、多くの製品を生産していたことは知りませんでした。例えばPCB。

PCBといえば日本ではカネミ油症事件で一躍有名になった有機塩素化合物です。熱にも電気にも薬品にも強い優秀な物質で、加熱冷却用媒体、溶媒、絶縁油などあらゆる工業製品に置いて広く使用されていました。しかしその安定性ゆえに分解されることなく、人体の脂肪内に蓄積されガン・皮膚疾患・ホルモン異常などを引き起こす毒物でもあります。カネミ油症事件ではPCBが漏れ油に混入、加熱によってダイオキシンに変化しこれを摂取した1万4千人に症状が現れました。日本では1975年に輸入が禁止されました。

また、ベトナム戦争で有名になった枯葉剤も彼らが作りました。枯葉剤は「2,4,5-T」という除草剤で、やはり有機塩素化合物です。2,4,5-T自体も毒性がありますが本当にまずいのはその生産過程で不純物として発生するダイオキシン類です。これがベトナムで大量に散布された結果出生異常児が大量に出現したことは有名です。が、驚いたのは40年以上もたった現代でも未だにダイオキシン類が土壌に存在し、健康被害を及ぼし続けているということです。本書で「ホットスポット」「半減期」という単語が出てくるのはまるで放射性物質のようです。前述の安定性ゆえ半減期は数十年。セシウムに匹敵します。

牛成長ホルモンについては次の本にも詳しく書かれています。これもモンサントが普及させました。

 

モンサントはこれらの怪しい物質を、政治家へのロビー活動や有毒性の情報隠蔽などのあらゆる手段を使って売り込むことに成功し、莫大な利益を上げます。

次はアメリカ制覇

第二部はアメリカ制覇への道です。

彼らの売れ筋除草剤ラウンドアップは2000年に特許が切れます。そこで彼らは除草剤と植物を抱き合わせで売り込むという商法を思いつきます。バイオテクノロジーを使って除草剤耐性の遺伝子組み換え作物を作り、それに特許を取らせてライセンス料で稼ぐ、しかも除草剤も売れるという手法です。完璧すぎます。

遺伝子組み換え作物の開発については、プロジェクトXもびっくりの臨場感ある叙述がされます。クレイジーな研究者たちは魅力にあふれています。彼らがバクテリアや遺伝子銃やらなんでも使って除草剤耐性遺伝子を組み込むための血のにじむ努力を続け、運よく生き残った作物のDNAは、特許を獲得します。

生物特許は当時アメリカで認められていませんでしたが、彼らは第一部で磨いたロビー活動の力で特許法を改正させてしまいます。

特許とは無形の財産たる発明、すなわち簡単にパクれる財産を保護するため、新規性などを要件にして、排他的な独占権を認めるものです。この「排他的」はものすごく徹底されていて、著作権よりも遥かに強力です。たとえば公権力を使って海賊品の強制的差し押さえができます。刑事裁判にかけて莫大な損害賠償を請求できます。しかも保護されるのは「アイデア」そのものですから、拡大解釈がかなりの程度可能です。著作権が具体的な作品の差し止めしかできないのとは大違いです。

例えばモンサントの遺伝子組み換え大豆がうっかりそこらへんの畑に落ち、芽を出したとします。するとその畑の持ち主は訴えられ、損害賠償を請求されます。ウソのような話ですが本当の話です。

またGMO種子は1代限りにして種を保持するな、という契約を強制します。毎年種を買わせるためです。種子の保存が見つかれば訴えられ、必ず負けます。モンサントは法務部も超強力で、何千件もこのような訴訟を起こします。

さらに、「実質的同等性」というクソのような概念をロビー活動で導入します。これは「遺伝子組み換え作物は従来の作物と(だいたい)タンパク質組成などが同じなので、安全性の検査の必要性は、従来作物と同じでよい」という概念です。この原則に従えば遺伝子組み換えに伴う安全性の検査不要!!0ドル!!素晴らしく経済的な概念です。モンサントすげぇ!シビれる!憧れるぅ!

モンサントはアメリカ中の大手種子会社を買収し、GMO市場、ひいてはアメリカ作物市場を独占していきます。

最後に世界制覇

第三部では発展途上国への進出です。本書ではアルゼンチン、ブラジル、インド、パラグアイなどを制覇する様子が描かれます。

GMOは実質上のモノカルチャー推進事業ですので同じ作物ばかり作り続け、土地が荒れます。また、除草剤をラウンドアップしか撒かないので耐性昆虫や耐性菌が必ず出現し、毎年除草剤の量を増やさなければいけない宿命にあります。GMOの導入は除草剤を減らす目的だったのに矛盾した話です。ともあれ、農薬大量投入は必然的に世界中で健康被害を引き起きしました。

アルゼンチンは大豆畑まみれになりました。海外では大豆は食用ではなく、主に飼料用です。この飼料をアメリカやヨーロッパに輸出し、大量の肉が生産されます。この過程も先に引用した「ファーマゲドン」にも詳しいです。先進国の貪欲さが途上国の貧困と荒廃を招く分かりやすい例です。

次は日本の番

WTOは世界中にアメリカの論理を広める手段として活躍しました。例えばTRIPs協定。その(意図的に)難解な条文は弁理士試験受験者を悩ませる種の一つですが、これは生物特許を全世界で認めさせるための手段でした。そんなことも知らないで勉強していた私はアホですね。

本書でも警告されていますが日本はまもなくTPPを批准します。アメリカ流を踏襲するなら、現行の(遺伝子組み換え作物不使用)の表示は外さなければいけなくなる可能性が高いです。モンサントの利益に反するためです。こんな表示があったら遺伝子組み換え作物が売れないからです。

TPPにはISDS条項というものがあります。

大企業覇権としてのTPP

投資家が国家を訴えられる条項です。TPPを批准すれば、モンサントが日本を訴えて遺伝子組み換え作物の表示をやめさせることができるようになります。今後、日本にも続々とGMOが輸入されることでしょう。GMOの栽培は国としては禁止していませんが、日本は国土が狭いので北南米のようなGMO作物の広域大量栽培をすることが経済的に不可能なのが救いです。

 

おわりに

モンサントの言い分がしょっちゅう出てきますが、どれもこれも、この本の論調と同じです。

もちろん遺伝子組み換え食品は実質的同等性により安全であるともこの本に書かれていました。

 

 

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成長著しいモンサントの株価は2008年にはテンバガーを達成します。リーマンショックを乗り越え、また2008年並みの価格に落ち着いてきているようです。

本書は企業が世界を征服する過程を描く、画期的な著作です。読むのには骨が折れましたが得るものも大きかった。膨大な参考書籍は今後の課題となりました。

 

 

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