公衆トイレ論文は信用ならない

トランス活動家が証拠として示す公衆トイレ論文を読んでみたところ、信頼できないことがわかりました。

 

あちこちで使われる「ソース」

トランス活動家に、性自認に沿ったトイレや更衣室を使える法制度ができても、性犯罪の発生率が変わらないというデータを示されたことがあります。

遠藤まめたさんの記事にも言及があります。

しかし、アメリカの大学UCLAの研究所によって2018年に行われた初の大規模研究によれば、性自認に沿ったトイレや更衣室を使える法制度を持つ都市とそうでない都市での性犯罪の発生率は変わらなかったとのことです。

「性自認に沿ったトイレや更衣室を使える法制度を持つ都市とそうでない都市での性犯罪の発生率が変わらなかった」という調査ではありません。実際、犯罪率は異なると論文には書いてあります。この論文は「法制度を持つ都市の法制度制定前後での犯罪率の比較」なので、ソースを紹介した遠藤さんがソースを読んでいないことは明らかです。リンク先も論文ではなくて論文の紹介記事ですね。紹介記事にも「性犯罪の発生率が変わらない」なんて書いてないですね。

元論文はこちらです。以下「公衆トイレ論文」と呼びます。

公衆トイレ論文は、様々な人がソースとして利用しますが、誰も詳しい内容について話しません。誰も読んでないのだと思います。なので読んでみました。

以下、筆者によるセクションごとの要約です。プロの翻訳家ではないので非常に読み苦しいこと、また著作権の都合上図表が貼り付けられないことをご容赦ください。


要約

この論文は、マサチューセッツ州での調査を基に、差別禁止法施行前後で、公共スペースでの性犯罪の刑事事件数に変化がないことを示す。

前書き

ノースカロライナ州でトイレを出生時の性別で使用しなければならないHB2という法律が制定された。同州シャーロット市で性自認通りのトイレに入ることを認めると差別禁止条例が制定されたことを受けてのものだ。HB2は2017年に一部廃止されたが、論争は続いている。今までにこの件に関しての経験的なエビデンスはなかったので、我々はトイレ・更衣室での刑事事件数を調査した。

法的背景

差別禁止法・条例は20州200自治体で制定されている。内容はまちまちである。就職・公共施設利用の差別を禁止する連邦法はない。2015-2016年には性自認に基づくトイレ使用を禁止する法案が増加した。学校で性自認に合ったトイレ使用を求める訴訟など、係争中の案件は多数ある。

文献の見直し

LGBT排除の政策は、存在しない問題を想定していないか。これらはLGBTを異常者として見ており、反論も多い。トランスジェンダーに関する政策は、正の面と負の面を評価することが必要だ。我々は「トランスジェンダーがトイレを利用する政策に負の面があるのか」を問う。この調査は、性自認に基づくトイレ利用が犯罪率を「変えない」「減少させる」「増加させる」のいずれかを検証する。

手法

性自認による公共施設利用の差別禁止法(以下GIPANDOsと呼ぶ)のある自治体、ない自治体におけるトイレ、更衣室での犯罪報告数を比較する。マサチューセッツ州の自治体を分析対象として選択した。マサチューセッツ州は性自認による差別は禁止されているが、公共施設利用に関しては対象外であったことが理由だ。
犯罪数は時間と場所によりゆらぎがある。マッチドペア分析と差分の差分法を使い、比較を可能にする。
マサチューセッツ州にはGIPANDOsが施行されたいる自治体が7つある(ボストン2002年、メッドフォード2014年など)。これらと条件の似ている自治体を比較対象とし、マッチドペア分析を行った。
なおマサチューセッツ州では2016年に公共施設利用差別禁止の州法が成立したが、本調査はこの時期の前後が調査対象となっていない。

データ

マサチューセッツ州のGIPANDOsが施行されている全自治体、対照群の自治体に、2回に渡り公的記録を請求した。請求範囲は、差別禁止法施行前後の1-2年である。1回目は「公衆トイレ、更衣室でのすべての犯罪の告訴の記録」として請求した。犯罪の大半は破壊行為と薬物使用であった。そこで2回目はさらに「犯罪のうち殺人、暴行、レイプ、痴漢、のぞき、公然猥褻」に絞って請求した。十分なデータが得られない自治体もあった。データはすべて人口十万人あたりの件数に正規化した。

解析と結果

GIPANDOsが制定される前後の年平均犯罪率を対照群と比較したところ、統計学的に有意ではなかった。有意でないのはサンプル数が少なすぎるからとも言えるが、仮にマッチドペアを50に増やしたとしても、優位な差はないだろう。
制定前後2年分の、GIPANDOs群と対照群の犯罪率の差のグラフを見ると、施行後10〜20ヶ月後に数字の増加が見られるが、この間GIPANDOs群の犯罪率増加は一定である。

議論

差別禁止法に反対する人々はトイレでの安全確保を理由にするが、GIPANDOsの施行前後の犯罪統計を取った調査はこれまでになかった。我々はGIPANDOsが犯罪率を「変えない」ことを支持する。

制限

この調査にはデータ源による制限がある。一つは、データとして警察の犯罪記録を使っていることだ。この記録は信頼できるものの、報告されていない事件は含まれていない。性的暴行については30-35%しか報告がないという調査もある。しかし我々は調査手法により、報告されていない事件についてもコントロールするようにした。
シスジェンダーかトランスジェンダーのどちらが起こした犯罪なのかも区別できないが、問題にはならないだろう。
もう一つ重要なのは、公共スペースでの犯罪率は極めて低かったことだ。数が少ないため、統計解析には制限がある。しかし、マッチドペア分析を行ったことで欠点が補われたはずだ。
また、自治体によって犯罪記録の詳細に差があった。GIPANDOs群よりも対照群の自治外のほうが詳細なデータが得られた。しかし、差分の差分法によってバイアスを払拭した。
このような制限はあるものの、調査により犯罪は公共スペースでは滅多に起こらず、差別禁止法と関連のないことが示された。

結論

差別禁止法施行前後で公共スペースでの刑事事件の増加は見られない。


論文の雰囲気だけでも伝えられたでしょうか。マサチューセッツ州を対象とした、犯罪記録ベースのそれなりに長い期間をかけた調査です。データから推測できる結論としては正しいと考えます。データに信頼性があれば。

 

狭い調査範囲

論文自体でも認めているように、この論文にはいくつも欠点があります。

まず、この調査はマサチューセッツ州の7自治体+比較群だけの調査結果であるということです。マサチューセッツ州は人口654万、人口がアメリカの3分の1程度の日本で考えると、世田谷区と練馬区と大田区を合わせたくらい(228万人)に匹敵します。その中で、GIPANDOsの制定されている都市はボストン(68万人)、メドフォード(5.8万人)、メルローズ(2.8万人)、ニュートン(8.9万人)、セイラム(4.3万人)、サマーヴィル(8.1万人)、スワンプスコット(1.5万人)で合計99.4万人です。そもそも7自治体の人口の差がありすぎて、ボストン以外のデータは信頼できません。

論文には明記されていませんが、単純に全都市の犯罪率を足し合わせて10万人当たりの数を求めたのなら、これはマサチューセッツ州ですらなく、ボストンの調査にすぎません。ボストンと人口規模・人口密度がほぼ同じなのは典型的な首都圏郊外型都市の埼玉県上尾市(22万人)です。上尾市の調査は世界に通用するでしょうか(上尾市にお住みの方ごめんなさい)。

せめて2016年にマサチューセッツ州全体で差別禁止法が制定された前後で比較できたらもっとまともな調査になったろうと思います。

 

少ないサンプル数

犯罪記録のサンプル数が非常に少ないことも論文内で認められています。事実、GIPANDOsに制定されいる都市では、人口10万人当たり0件だった、というデータすらあります。トイレでの犯罪自体がないんだから、反対派は心配しなくていいという解釈もできますが、統計としては不十分と言わざるを得ません。

 

日本とアメリカのトイレ事情の違い

日本とアメリカではトイレ事情が違います。アメリカでは昔トイレで犯罪が多発したため、扉の下側に大きい隙間があり、犯罪を行いにくくなっています。

参考1

参考2

トイレは主に商業施設内にあり、お金を払って入る場所であるという認識があるようです。

参考3

参考4 公衆トイレは25セントかかる

お金を払うか、隙間の大きい扉を選ぶかしかないのなら、犯罪数が少なくて当然ですね。そもそもトイレでの犯罪調査には実効性があったのかが疑われます。アメリカでは犯罪が少なくてよかったね、という話になるかもしれません。

 

刑事事件数がカウントされている

最大の問題は、これも論文で指摘されている通り、刑事事件数をカウントしていることです。性犯罪を刑事事件にするのは非常にハードルが高いです。論文に記載のある数値を使ったとしても実際は3倍程度の犯罪が発生していたということになります。本文では調査方法でカバーしたという苦しい言い訳が使われています。余談ですが日本での性犯罪申告率は18.5%です。この後、さらに半数以上が不起訴となります。

 

結論

以上より、公衆トイレ論文で行われた調査は極めて狭い範囲であり、サンプルの数も少なく質も信用できず、到底信頼できる調査ではありません。また犯罪が行いやすい日本のトイレとは事情が違うので、手放しで日本に適用するのは間違いです。黄門様の印籠のごとくこのデータを使って人を黙らせる人間を私は信頼しません。

 

補足

当たり前といえば当たり前なのですが、この論文の作者Amira Hasenbushはトランスアライ弁護士、Andrew R. FloresJody L. HermanはいずれもLGBT研究家、トランス活動家であることを付け加えておきます。

また、この論文の被引用数は1件です。


公衆トイレ論文は信用ならない」への6件のフィードバック

  1. この調査は眉唾だと私もかねがねおもっておりました。先ずGIPANDOsを実施した公衆トイレに特に新規則のサインがなかったとしたら、普通の使用者は男女のサインのみに従った可能性があり、使用者自身の意識が変わっていないので変化があるはずがありません。またこの論文でも覗きは巧妙なカメラなどを使ったものが多く察知されにくとあります。どれだけの覗きや盗撮が被害者に気づかれずにされているのかもわかりません。

    確固たる数字はないですが、アメリカやカナダやイギリスなどで、GIPANDOsのような規則を起用した大型小売店や公共プールの更衣室や女性シェルターや女子刑務所などではすでに色々な問題が起きています。このひとつの調査だけをして、問題は起きないという根拠にするのは非常に無理があります。

  2. こんにちは。あなたも読まれたのですね。トイレに明示的な表示がなければ、法令が変わったとしても利用者の意識は変わらない、ということですね。そのとおりですね。
    ありがとうございます。

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