公衆トイレ論文は信用ならない(2) マッチドペア分析は妥当か

前回の記事に引き続き、公衆トイレ論文のマッチドペア分析が妥当かどうかを検証しました。結果、差別禁止法が施行された自治体と他に選択された自治体がマッチドペアとして妥当ではないどころか、検証中、この論文は全く体をなしていないことがわかりました。

読むのが面倒な人、時間がない人は、一番下までスクロールしてください。

こちらの記事にも問題点が述べられています。

 

マッチドペア分析とは

データ分析の妥当性を高めるため、調査対象のサンプルのほかに、調査対象外のサンプルについても同様の分析を行い、比較する手法です。今回の調査なら、GIPANDOs(トイレ等を含む差別禁止法)が施行されている自治体のほかに、施行されていない自治体についても同様の分析を行うということです。対照実験と同じ考え方ですね。

妥当性を高めるためには、傾向が似ている自治体を選択しなければなりません。東京都足立区と沖縄県石垣市を比較しても違い過ぎて何の意味もないですよね?せめて足立区と江戸川区を比較してほしいです。この記事では、比較した都市群が本当に似ているのか、を検証します。

 

公衆トイレ論文で考慮された要素

論文には「人口・ヒスパニックでない白人比率・所得が20万ドル以上の人口割合・所得の中央値・貧困線以下の人口割合・Born Again(キリスト教福音主義か?)を自認する人の割合・2012年大統領選でオバマに投票した人の割合・犯罪率」(P5)を考慮したと書かれています。これらを変数化し最も傾向の似ている自治体が、比較対象として選ばれたそうです。考慮する要素の統計情報および、変数化されたデータについては、論文では明らかにされていません。

考慮されていない要素として重要と思われるのは、まず人口密度です。アメリカのトイレが商業施設に固まっていることは前回の記事で書きました。人口密度が少なければ自治体内の商業施設数が少なくなり、したがってトイレの数も少なくなるからです。商業施設売上もトイレ数に比例すると思われるので、これも考慮するべきです。自治体内にイオンモールが多ければその分トイレの数も多いですよね。

また、年代別人口比率も重要です。性犯罪は20~40代男性の犯行が圧倒的に多いので、高齢化が進んでいる自治体では性犯罪自体が少ないと考えられるからです。

 

使用したデータ

公衆トイレ論文によればGIPANDOsが施行された自治体は7つです。論文では7つの自治体に対して、マッチする自治体を2つずつ選択しています。この記事ではGIPANDOsあり・GIPANDOsなし(1)・GIPANDOsなし(2)を1グループとして、7グループに分けて検証します。

Demographic Statistics for Massachusettsや Botson.com、その他(世帯所得中央値)で利用できる数値を使って、7自治体と比較自治体群が本当に似通っているのか、 検証しました。年代別人口比率は残念ながら18~65歳の数値しか得られなかったので、高齢化率を表すと思われる年齢の中央値を採用しました。

 

検証

まずは最も人口の多いボストン市を含むグループ1です。グループ1でGIPANDOsありの自治体の人口の2/3を占めるので、このグループが似通っていれば、マッチドペアはほぼ信頼できるといってよいでしょう。

太字にしたのは、著者が差異があると判断した数値です。

グループ1 GIPANDOsあり GIPANDOsなし(1) GIPANDOsなし(2)
ボストン ケンブリッジ チェルシー (参考)マサチューセッツ州
人口 625087 106038 35649 6349097
面積(平方マイル) 48.43 6.43 2.19 7800
人口密度(人/平方マイル) 12907 16491 16278 814
白人率 54.5 68.1 57.9 84.5
年齢の中央値(歳) 30.8 31.2 32.2 39.4
世帯所得中央値(ドル) 53601 72529 47291 66866
貧困率 19.5 12.9 23.3 9.3
一人当たり小売店売上(ドル) 7656 11905 8781 9579
暴力事件発生率(10万人当たり件数) 835 403 1852 404

このグループはマサチューセッツ州の中で最も都市化の進んだ地域です。マサチューセッツ州全体と比べて人口密度が高いこと、年齢の中央値が非常に若いことから読み取れます。人口が全然異なるのでこの時点で比較対象としては怪しいのですが、人口密度のほうが重要と思われるので、検討からは外します。

私がこの検証をしていて、差異が存在する項目が最も多かったのはこのグループです。ボストンとケンブリッジを比較すると、ケンブリッジの白人率が非常に高く、所得はかなり高く、小売店売上も高く、人口密度が高く、暴力事件発生数は半分以下であることがわかります。チェルシーはボストンの2倍以上の暴力事件発生数があり、所得は低く、貧困率も高いです。他にボストンくらいの都市化が進んでいる自治体がなかったんでしょうかね。

残念ながら、比較対象としては不適格と判断せざるを得ません。この時点で検証を打ち切ってもいいくらいです。

 

グループ2 GIPANDOsあり GIPANDOsなし(1) GIPANDOsなし(2)
メドフォード ビバリー ウォータータウン (参考)マサチューセッツ州
人口 56738 39796 32248 6349097
面積(平方マイル) 8.14 16.6 4.11 7800
人口密度(人/平方マイル) 6970 2397 7846 814
白人率 86.5 96 91.4 84.5
年齢の中央値(歳) 36.7 40.3 38.8 39.4
世帯所得中央値(ドル) 133931 70563 87401 66866
貧困率 6.4 5.7 6.3 9.3
一人当たり小売店売上(ドル) 9787 9027 14401 9579
暴力事件発生率(10万人当たり件数) N/A 207 172 404

グループ2は高齢化率を見るとグループ1より都市化が進んでいる自治体群ではありません。メドフォードは極端に所得が高く、ビバリーの2倍近くです。人口密度も約3倍です。年齢の中央値も3.6歳違います。ウォータータウンはメドフォードと似ていますが、一人当たり小売店売り上げが1.5倍以上とかなり高いです。大規模商業施設が存在すると考えられます、

 

グループ3 GIPANDOsあり GIPANDOsなし(1) GIPANDOsなし(2)
メルローズ ビバリー ビバリー (参考)マサチューセッツ州
人口 27263 39796 39796 6349097
面積(平方マイル) 4.69 16.6 16.6 7800
人口密度(人/平方マイル) 5813 2397 2397 814
白人率 95.2 96 96 84.5
年齢の中央値(歳) 41 40.3 40.3 39.4
世帯所得中央値(ドル) 85704 70563 70563 66866
貧困率 3.3 5.7 5.7 9.3
一人当たり小売店売上(ドル) 4756 9027 9027 9579
暴力事件発生率(10万人当たり件数) 138 207 207 404

グループ3はなぜかビバリーが(1)と(2)を兼ねています。他に適当な自治体がなかったのでしょう。これもメルローズとビバリーでは人口密度が2倍違うし、小売店売り上げは約半分だし、暴力事件発生率も2/3程度です。

 

グループ4 GIPANDOsあり GIPANDOsなし(1) GIPANDOsなし(2)
ニュートン ブルックリン アーリントン (参考)マサチューセッツ州
人口 85945 59132 43290 6349097
面積(平方マイル) 18.05 6.79 5.18 7800
人口密度(人/平方マイル) 4761 8709 8357 814
白人率 88.1 N/A N/A 84.5
年齢の中央値(歳) 39.4 35.7 41.7 39.4
世帯所得中央値(ドル) 119148 96488 89841 66866
貧困率 4.3 N/A N/A 9.3
一人当たり小売店売上(ドル) 12193 N/A N/A 9579
暴力事件発生率(10万人当たり件数) 88 137 117 404

グループ4はデータが不足していて比べにくいですが、人口密度、年齢の中央値、暴力事件発生数がかなり異なることがわかります。

 

グループ5 GIPANDOsあり GIPANDOsなし(1) GIPANDOsなし(2)
セイラム リビア ウォルサム (参考)マサチューセッツ州
人口 41654 52459 61181 6349097
面積(平方マイル) 8.1 5.91 12.7 7800
人口密度(人/平方マイル) 5142 8876 4817 814
白人率 85.4 84.4 83 84.5
年齢の中央値(歳) 37 38.2 34 39.4
世帯所得中央値(ドル) 55780 51863 74198 66866
貧困率 9.7 14.6 7 9.3
一人当たり小売店売上(ドル) 7668 7273 10200 9579
暴力事件発生率(10万人当たり件数) 378 508 237 404

グループ5は人口密度、貧困率、暴力事件発生数が異なってます。

 

グループ6 GIPANDOsあり GIPANDOsなし(1) GIPANDOsなし(2)
サマーヴィル ケンブリッジ ウォルサム (参考)マサチューセッツ州
人口 76519 106038 61181 6349097
面積(平方マイル) 4.11 6.43 12.7 7800
人口密度(人/平方マイル) 18618 16491 4817 814
白人率 77 68.1 83 84.5
年齢の中央値(歳) 30.7 31.2 34 39.4
世帯所得中央値(ドル) 67118 72529 74198 66866
貧困率 12.5 12.9 7 9.3
一人当たり小売店売上(ドル) 7512 11905 10200 9579
暴力事件発生率(10万人当たり件数) 348 403 237 404

グループ6はウォルサム人口密度が極端に低いです。小売店売り上げもサマーヴィルがかなり少ないです。

 

グループ7 GIPANDOsあり GIPANDOsなし(1) GIPANDOsなし(2)
スワンプスコット マーブルヘッド ミルトン (参考)マサチューセッツ州
人口 13896 19964 27182 6349097
面積(平方マイル) 3.05 4.53 13.04 7800
人口密度(人/平方マイル) 4556 4407 2085 814
白人率 N/A N/A N/A 84.5
年齢の中央値(歳) 44.4 44.4 38.8 39.4
世帯所得中央値(ドル) 92258 98399 111071 66866
貧困率 N/A N/A N/A 9.3
一人当たり小売店売上(ドル) N/A N/A N/A 9579
暴力事件発生率(10万人当たり件数) N/A 134 102 404

グループ7は人口が少ないせいか全然データが得られませんでしたが、それでも人口密度に差があります。

 

総括

最も信頼がなければならないグループ1において相当の差異がでていることが、マッチドペア分析の信頼性を失わせています。他のグループでもすべて差異があります。全グループで人口密度にかなりの差があったことは特筆すべきでしょう。

そもそもマサチューセッツ州内でマッチドペアを作ろうとすること自体に無理があったと言わざるを得ません。

 

例え話

第1グループのボストン(62万人)、ケンブリッジ(10.6万人)、チェルシー(3.6万人)は街の規模が全然違います。人口だけ考えると、東京都で例えれば足立区(68万人)と昭島市(11万人)と瑞穂町(3.3万人)に相当します。ですがこの3自治体の人口密度は全然違います(12775・6455・1950人/平方キロ)。

また、ボストンの人口密度(12907人/平方マイル=4983人/平方キロ)と近い東京都の自治体を3つ選ぶなら、千代田区(5417人/平方キロ)、稲城市(5051人/平方キロ)、武蔵村山市(4686人/平方キロ)となりますが、どう考えても、この3つの自治体が同じ傾向になるとは思えません。例えば平均年収は順に944万、399万、312万とかなりの差があります。

 

マッチする自治体は選択可能なのか

すると、そもそもマッチドペア分析で完璧にマッチする自治体を選択できるのか?という疑問が生じます。おそらくそれは不可能です。公衆トイレ論文において「マサチューセッツ州内で最も傾向の似ている自治体を選択した」という手続きは完全に正しいでしょう。可能な限り、マサチューセッツ州内で選択できる範囲内で、傾向の似ている自治体が選択されたことに疑いはありません。ただし、「選択できる範囲内で最も傾向が似ている」にすぎません。「傾向が強い」ということは以上の検証よりありえません。

 

結論

公衆トイレ論文におけるマッチドペア分析では、適切な比較対象を選択することが不可能だった。したがって論文の分析結果には、意味がない。

 

さらに重要な事実

検証中、論文内に、データの不足について書いてあることに気づきました。まず、スワンプスコットについてはデータが得られなかったとあります。したがってグループ7については公衆トイレ論文の調査対象外です。

また、ケンブリッジ、リビア、チェルシーについてもデータが得られなかったため、調査から外した、これに関連して、得られなかったデータが必要なセイラム、サマーヴィル、ボストンについても調査対象外としたという衝撃的な事実が小さな字でさらっと書いてありました。つまりグループ1、5,6についても調査対象外です。この調査はグループ2、3,4についてのみ行われたということです!

ボストンを外してこの論文に何の意味があるのでしょう?東京都(927万人)を対象にした調査だっつってるのに、足立区(68万人)を調査から外して羽村市(5.7万人)、稲城市(8.4万人)、日の出町(1.7万人)だけで統計を取りました、といっていることと同じです。マジでこの統計何の意味があるの?私のまじめに調査した時間返せよ!

(1/16追記)GIPANDOs自治体の人口合計は約15万人ですから、法制度施行前の10万人当たり犯罪率が0だったのも頷けます。本当に0人なんです。サンプル数が極端に少なすぎるんですね。法制度施行後の10万人当たり犯罪率も0.5ですので、これは1件ということですね。つまり、GIPANDOs自治体のサンプル数は1です

結論2

公衆トイレ論文は調査の体をなしていない。読むだけ時間の無駄。


公衆トイレ論文は信用ならない

トランス活動家が証拠として示す公衆トイレ論文を読んでみたところ、信頼できないことがわかりました。

 

あちこちで使われる「ソース」

トランス活動家に、性自認に沿ったトイレや更衣室を使える法制度ができても、性犯罪の発生率が変わらないというデータを示されたことがあります。

遠藤まめたさんの記事にも言及があります。

しかし、アメリカの大学UCLAの研究所によって2018年に行われた初の大規模研究によれば、性自認に沿ったトイレや更衣室を使える法制度を持つ都市とそうでない都市での性犯罪の発生率は変わらなかったとのことです。

「性自認に沿ったトイレや更衣室を使える法制度を持つ都市とそうでない都市での性犯罪の発生率が変わらなかった」という調査ではありません。実際、犯罪率は異なると論文には書いてあります。この論文は「法制度を持つ都市の法制度制定前後での犯罪率の比較」なので、ソースを紹介した遠藤さんがソースを読んでいないことは明らかです。リンク先も論文ではなくて論文の紹介記事ですね。紹介記事にも「性犯罪の発生率が変わらない」なんて書いてないですね。

元論文はこちらです。以下「公衆トイレ論文」と呼びます。

公衆トイレ論文は、様々な人がソースとして利用しますが、誰も詳しい内容について話しません。誰も読んでないのだと思います。なので読んでみました。

以下、筆者によるセクションごとの要約です。プロの翻訳家ではないので非常に読み苦しいこと、また著作権の都合上図表が貼り付けられないことをご容赦ください。


要約

この論文は、マサチューセッツ州での調査を基に、差別禁止法施行前後で、公共スペースでの性犯罪の刑事事件数に変化がないことを示す。

前書き

ノースカロライナ州でトイレを出生時の性別で使用しなければならないHB2という法律が制定された。同州シャーロット市で性自認通りのトイレに入ることを認めると差別禁止条例が制定されたことを受けてのものだ。HB2は2017年に一部廃止されたが、論争は続いている。今までにこの件に関しての経験的なエビデンスはなかったので、我々はトイレ・更衣室での刑事事件数を調査した。

法的背景

差別禁止法・条例は20州200自治体で制定されている。内容はまちまちである。就職・公共施設利用の差別を禁止する連邦法はない。2015-2016年には性自認に基づくトイレ使用を禁止する法案が増加した。学校で性自認に合ったトイレ使用を求める訴訟など、係争中の案件は多数ある。

文献の見直し

LGBT排除の政策は、存在しない問題を想定していないか。これらはLGBTを異常者として見ており、反論も多い。トランスジェンダーに関する政策は、正の面と負の面を評価することが必要だ。我々は「トランスジェンダーがトイレを利用する政策に負の面があるのか」を問う。この調査は、性自認に基づくトイレ利用が犯罪率を「変えない」「減少させる」「増加させる」のいずれかを検証する。

手法

性自認による公共施設利用の差別禁止法(以下GIPANDOsと呼ぶ)のある自治体、ない自治体におけるトイレ、更衣室での犯罪報告数を比較する。マサチューセッツ州の自治体を分析対象として選択した。マサチューセッツ州は性自認による差別は禁止されているが、公共施設利用に関しては対象外であったことが理由だ。
犯罪数は時間と場所によりゆらぎがある。マッチドペア分析と差分の差分法を使い、比較を可能にする。
マサチューセッツ州にはGIPANDOsが施行されたいる自治体が7つある(ボストン2002年、メッドフォード2014年など)。これらと条件の似ている自治体を比較対象とし、マッチドペア分析を行った。
なおマサチューセッツ州では2016年に公共施設利用差別禁止の州法が成立したが、本調査はこの時期の前後が調査対象となっていない。

データ

マサチューセッツ州のGIPANDOsが施行されている全自治体、対照群の自治体に、2回に渡り公的記録を請求した。請求範囲は、差別禁止法施行前後の1-2年である。1回目は「公衆トイレ、更衣室でのすべての犯罪の告訴の記録」として請求した。犯罪の大半は破壊行為と薬物使用であった。そこで2回目はさらに「犯罪のうち殺人、暴行、レイプ、痴漢、のぞき、公然猥褻」に絞って請求した。十分なデータが得られない自治体もあった。データはすべて人口十万人あたりの件数に正規化した。

解析と結果

GIPANDOsが制定される前後の年平均犯罪率を対照群と比較したところ、統計学的に有意ではなかった。有意でないのはサンプル数が少なすぎるからとも言えるが、仮にマッチドペアを50に増やしたとしても、優位な差はないだろう。
制定前後2年分の、GIPANDOs群と対照群の犯罪率の差のグラフを見ると、施行後10〜20ヶ月後に数字の増加が見られるが、この間GIPANDOs群の犯罪率増加は一定である。

議論

差別禁止法に反対する人々はトイレでの安全確保を理由にするが、GIPANDOsの施行前後の犯罪統計を取った調査はこれまでになかった。我々はGIPANDOsが犯罪率を「変えない」ことを支持する。

制限

この調査にはデータ源による制限がある。一つは、データとして警察の犯罪記録を使っていることだ。この記録は信頼できるものの、報告されていない事件は含まれていない。性的暴行については30-35%しか報告がないという調査もある。しかし我々は調査手法により、報告されていない事件についてもコントロールするようにした。
シスジェンダーかトランスジェンダーのどちらが起こした犯罪なのかも区別できないが、問題にはならないだろう。
もう一つ重要なのは、公共スペースでの犯罪率は極めて低かったことだ。数が少ないため、統計解析には制限がある。しかし、マッチドペア分析を行ったことで欠点が補われたはずだ。
また、自治体によって犯罪記録の詳細に差があった。GIPANDOs群よりも対照群の自治外のほうが詳細なデータが得られた。しかし、差分の差分法によってバイアスを払拭した。
このような制限はあるものの、調査により犯罪は公共スペースでは滅多に起こらず、差別禁止法と関連のないことが示された。

結論

差別禁止法施行前後で公共スペースでの刑事事件の増加は見られない。


論文の雰囲気だけでも伝えられたでしょうか。マサチューセッツ州を対象とした、犯罪記録ベースのそれなりに長い期間をかけた調査です。データから推測できる結論としては正しいと考えます。データに信頼性があれば。

 

狭い調査範囲

論文自体でも認めているように、この論文にはいくつも欠点があります。

まず、この調査はマサチューセッツ州の7自治体+比較群だけの調査結果であるということです。マサチューセッツ州は人口654万、人口がアメリカの3分の1程度の日本で考えると、世田谷区と練馬区と大田区を合わせたくらい(228万人)に匹敵します。その中で、GIPANDOsの制定されている都市はボストン(68万人)、メドフォード(5.8万人)、メルローズ(2.8万人)、ニュートン(8.9万人)、セイラム(4.3万人)、サマーヴィル(8.1万人)、スワンプスコット(1.5万人)で合計99.4万人です。そもそも7自治体の人口の差がありすぎて、ボストン以外のデータは信頼できません。

論文には明記されていませんが、単純に全都市の犯罪率を足し合わせて10万人当たりの数を求めたのなら、これはマサチューセッツ州ですらなく、ボストンの調査にすぎません。ボストンと人口規模・人口密度がほぼ同じなのは典型的な首都圏郊外型都市の埼玉県上尾市(22万人)です。上尾市の調査は世界に通用するでしょうか(上尾市にお住みの方ごめんなさい)。

せめて2016年にマサチューセッツ州全体で差別禁止法が制定された前後で比較できたらもっとまともな調査になったろうと思います。

 

少ないサンプル数

犯罪記録のサンプル数が非常に少ないことも論文内で認められています。事実、GIPANDOsに制定されいる都市では、人口10万人当たり0件だった、というデータすらあります。トイレでの犯罪自体がないんだから、反対派は心配しなくていいという解釈もできますが、統計としては不十分と言わざるを得ません。

 

日本とアメリカのトイレ事情の違い

日本とアメリカではトイレ事情が違います。アメリカでは昔トイレで犯罪が多発したため、扉の下側に大きい隙間があり、犯罪を行いにくくなっています。

参考1

参考2

トイレは主に商業施設内にあり、お金を払って入る場所であるという認識があるようです。

参考3

参考4 公衆トイレは25セントかかる

お金を払うか、隙間の大きい扉を選ぶかしかないのなら、犯罪数が少なくて当然ですね。そもそもトイレでの犯罪調査には実効性があったのかが疑われます。アメリカでは犯罪が少なくてよかったね、という話になるかもしれません。

 

刑事事件数がカウントされている

最大の問題は、これも論文で指摘されている通り、刑事事件数をカウントしていることです。性犯罪を刑事事件にするのは非常にハードルが高いです。論文に記載のある数値を使ったとしても実際は3倍程度の犯罪が発生していたということになります。本文では調査方法でカバーしたという苦しい言い訳が使われています。余談ですが日本での性犯罪申告率は18.5%です。この後、さらに半数以上が不起訴となります。

 

結論

以上より、公衆トイレ論文で行われた調査は極めて狭い範囲であり、サンプルの数も少なく質も信用できず、到底信頼できる調査ではありません。また犯罪が行いやすい日本のトイレとは事情が違うので、手放しで日本に適用するのは間違いです。黄門様の印籠のごとくこのデータを使って人を黙らせる人間を私は信頼しません。

 

補足

当たり前といえば当たり前なのですが、この論文の作者Amira Hasenbushはトランスアライ弁護士、Andrew R. FloresJody L. HermanはいずれもLGBT研究家、トランス活動家であることを付け加えておきます。

また、この論文の被引用数は1件です。