性暴力サバイバーも他人を利用する、という事件に巻き込まれた。
はじまりは、被害者からの依頼で、@noiehoieの性暴力に関する7月15日発売の週刊金曜日の記事を拡散してほしい、という内容だった。パートナーは微力ながらもブログで取り上げて、大きな問題にしていこう、と言った。
ところが話が進むにつれ、被害者側の対応がおかしくなってきた。ツイッターのDMで会議をしていたところ、その場に友人だという人間を多数追加したり、パートナーが書いた記事に週刊金曜日の文字を入れろだの弁護士がこう言っているから直せだの、注文を付けた。
そのためパートナーが記事に対して全責任を負って、生命力も削りながら、書いた。
この記事はホットエントリ入りし、数万人の目に触れた。数万人いればバカも集まる。ブコメにもtwitterにも、暴言が殺到する。これは全てパートナーが受ける負担となった。
被害者側の人間は会議の場に次々と増えていき、まるで自分の手柄であるように、盛り上がっていた。
そして、パートナーが、虐待を受けていたため自己評価が低い、という話をしていた時に、被害者側の人間が次のような暴言を吐いた。
パートナーは傷ついて、去った。パートナーは去る前に、なぜ傷ついたか詳細に説明したが、2人は何をしたのかわからず、形式的に謝るだけだった。説明するのは、傷をほじくり返すことだから、魂を削ることなのに。
パートナーが去った後も、被害者サイドの人間は
と、自分にとって都合の良い場所に感謝し、今傷つけたばかりのパートナーを、今後もコキ使う意を明らかにした。腹が立った。
こいつもおなじ。
次の日、ぼくとパートナーの共通の友人が、c71だけしか頑張っていない、他にできることはある、今日は週刊金曜日が発売されるのだから制限もない、ブログ、ツイッター、増田、手段はいろいろある、と提案してくれた。
しかし、友人が話している途中で被害者側の人間はある者は逃げ、
ある者は暴言を吐いた。
お前らは深刻なんだろうが俺たちは知らねーよ、と言われた。友人のことも傷つけた。
被害者は直接パートナーに連絡を取らなかった。間に人を挟んで、その人にも大きな負担をかけた。被害者側の人間は一切責任を取らないで、外側から、安全な場所から、口だけを出した。
ぼくたちは利用されていた。無償の労働をやって当たり前の存在、と思われていた。
被害者も被害者を利用する。利用をする人間には利用をしている自覚がない。自覚がないから、利用された、と言われると、逃げたり弁解したり逆ギレしたりする。彼らには、利用されて、負担で潰れそうになる人間、傷つく人間が見えない。noiehoieの件と、構造は全く同じだ。
追記
友人がこの件について怒りのエントリを執筆した。
追記2
グループチャットを掲載したサイトができた。