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一週間前くらいに読み終わっていたのですが時間が取れずようやく今日レビューを書くことができました。
本書はワーキングメモリについて、最新の研究結果をいくつも報告した論文集という趣の本です。ワーキングメモリとはなにか、の説明は序論でちょろっと書かれているだけなので、先にこちらの本を読んでおくことをお勧めします。
やや読みにくい
全体的な印象を先に書いておくと、訳の日本語が悪いのか私の理解力が足りないのか、読むのにとてつもなく時間がかかりました。『脳のワーキングメモリを鍛える!』はするするっと読めたのですが、本書は学術書という体裁からか読むのに体力を必要とします。
また、論文集みたいなものですので、仮説をバンバン提出するも「因果関係はよくわかっていない。」と結論付けられているものが多いです。仮説自体は興味深いものが多いので以下紹介していきます。
自閉症スペクトラムとワーキングメモリのスキルには相関が無かった
低機能のASD*1児群の成績は、年齢を適合させた対照群よりも低いが、言語性と視空間性のワーキングメモリの評価は、知能指数を適合させた対照群と異ならない(Russell, Jarrold & Henry, 1996)。(中略)高機能のASDと診断された10代の子どもたちは、言語的短期記憶に問題を示したが、ワーキングメモリのスキルは平均的であった(Alloway, Rajendran & Archibald, 2009)。(P73)
自閉スペ人はワーキングメモリが有意に少ないと思っていましたが全然そんなことないみたいです。私のワーキングメモリが少ないように見えるのは個人的な特質であって、マルチタスクも余裕でこなせるスペ人もいるということですね。これは希望が持てます。鍛えることができるということだからです。近日中に鬼トレを仕入れる予定ですので、がんばってみます。
熟達と音楽とワーキングメモリー、努力
7章に「音楽」をテーマとした特集がありました。音楽は昔作曲のまねごとをしていたこともあったのでとても興味がありました。読んでみると主として「熟達・探求トレーニング」をテーマとして扱っている章でした。ヴァイオリニストやピアニストの熟練とワーキングメモリ、そして練習量の関係について述べられています。ざっとまとめるとこうです。
「ワーキングメモリの容量が高い人間はいわゆる才能がある人間を指し、伸びが早い。また、初見演奏に強い。」
しかし一方で次のようにも言われています。
国際的なソリストとなる可能性があると評価された優れたヴァイオリニストたちは、一人での練習時間が20歳までに累積1万時間に達しており、その域に達していない演奏者より何千時間も多かった。その後の研究結果はさらに劇的であり、熟達ピアニストが1万時間の単独練習をしていたのに対し、アマチュアはたった2千時間であった。(P132)
チャーリー・パーカーは(中略)次のように回顧している。「相当練習はしていました…(中略)少なくとも1日に11時間から15時間を練習に当てていました」(P134)
何だよ結局努力が全てじゃねえか!!!
しかし「才能」を「ワーキングメモリ」に、「努力する才能」も「ワーキングメモリ」にだいたい置き換えて考えると納得できるような気もします。というのも、『脳のワーキングメモリを鍛える!』にもあったように、ワーキングメモリの能力が高ければ、雑念を払って集中することが可能となるからです。
また、熟達トレーニングについてはワーキングメモリが少なくても心配することはありません。
Kopies & Lee(2006)の研究では、初見演奏の能力とワーキングメモリーの関連について、演奏の難しさ別の分析を行った。最も簡単な課題(レベル1~3)では、両者に有意な相関があった。しかし、課題が難しくなると(レベル4)相関は有意でなくなり、最も困難な課題(レベル5)でも、有意な相関はなかった(r=0.08)。 (P116)
つまりワーキングメモリーの能力の大小は、その場を何とか乗り切る能力に優れるが、熟達トレーニングの程度が高くなればなるほどワーキングメモリーの意味はなくなるということです。熟達とは自動化していくことですので、徐々にワーキングメモリーの必要性は薄れていくだろう、という直感とも符合します。ですので「努力が全て」で間違いありません。
戦う前から負けるな!
何か活動を行うにあたって最も我々のパフォーマンスを落とすのは「不安」です。不安はワーキングメモリーの容量を食います。いつも不安の対象のループが発生してあなたのCPU使用率を食うからです。学校生活を経験した我々にとって、最も不安をもたらす教科、、それは「数学」です。
数学不安を抱える個人にとって、数学の教材や文脈は、ネガティブな情動反応を引き起こす。この反応が強いと、指を振るわせ、ドキドキさせ、息苦しくさえさせることがある。(P216)
数学が苦手な人は多いのでこのように感じている人間はきわめて多いはずです。ところが、実は「私は苦手」という思い込み自体が、最もパフォーマンスを低下させているのです。これを本書では「ステレオタイプ脅威」と呼んでいます。次の例は「アフリカ系アメリカ人は頭が悪い」というステレオタイプが浸透しているアメリカ(マジかよ)で行われた実験です。
この研究では、参加者は、SAT*2の問題が2つの条件下で与えられた。1つは、「これは、言語能力を純粋に測定するテストである」と伝えられ、もう一方では「これは、言語的な問題解決における心理学的要因を明らかにするための調査である」と単に伝えられた。SATの問題が、言語能力を測定するものであると伝えられた場合、アフリカ系アメリカ人は、同時にテストを受けたヨーロッパ系アメリカ人よりも悪かった。この成績の差は、その問題が能力を診断しない調査という枠組みで実施された場合、減少した。(P218)
ビックリしませんかこれ?「お前は頭が悪い」という思い込みだけで成績が下がるんですよ。
私が本書で一番びっくりしたのは次の記述です。
数学のスキルを訓練するよりも、数学不安と関連した情動の部分を扱った介入が、高い数学不安の個人の成績を改善することが示されている(Hembree, 1990)。このことは、数学不安がパフォーマンスをどのように損なうかについての別の説明、すなわち、数学不安そのものが数学の問題解決中の弱さを引き起こしているという説明を支持している。(P216)
つまり数学が苦手な人間は、数学を勉強しても実は無意味で、「私は数学ができない」という思い込みを捨てることが一番の特効薬になるということです。
「私はできない」という固定観念を捨てましょう!戦う前から負けてはいけません!あなたの可能性を摘んでいるのはあなたです。「私はできる」と根拠なく思ってよいのです!
この研究結果からわかることは、一番成績を上げることができる人間とは松岡修造ということですね。
修造はすばらしい
他にも雑念を払うための瞑想の訓練がワーキングメモリーを飛躍的に向上させることや、人類のワーキングメモリーの歴史など話題盛りだくさんです。おすすめです。