書籍レビュー: 自伝的耽美うつ病小説『車輪の下に』 著:ヘルマン・ヘッセ 訳:秋山六郎兵衛

★★★★★

小説もたくさん読んでみたいですが私は漫画ばかり読んで小説をあまり読んでこなかったので、古典的名作を中心に読んでいこうと思います。

日本では有名だが実は作者が若いころの作品

著者のヘルマン・ヘッセ(1877-1962)は20世紀前半のドイツ文学者の代表選手です。本作のタイトル「車輪の下」は誰もが一度聞いたことがあるのではないでしょうか。私も聞いたことがあったのでこの本を手に取りました。日本ではおそらく、この作品が一番有名であると思います。

作者の自伝的要素の強い小説で、主人公ハンスが神学校の試験を受ける場面の描写などはほぼ事実に即しているそうです。しかし実は本作は1905年、弱冠28歳の時に書かれた作品で、ヘッセの作品が本領を発揮するのは第一次世界大戦後だそうです。ヘッセの作品は著作権が切れているので、今学習しているドイツ語の語彙が4000語くらいになる3年後に本作の原文を読んでみたかったのですが、Project Gutenberg には本作の原文がありません。ということはやはり、海外ではあまり重要な扱いを受けていないということなのですね。

主人公がぶっ壊れていくさまが美しく、訳も秀逸。

以降はぼかしますが少々のネタバレになります。

 

 

主人公ハンスは国家による方向づけられた学校教育という巧みなる社会の誘導に疑問を抱き、神経を病み、ドロップアウトしていきます。現代的にはうつ病に相当するでしょう。ヘッセの学校への反感が十二分にこめられた描写が多数見受けられます。ヘッセ自身も同じように本当にドロップアウトしているので、人生の総復習と自己正当化のために書いたとも解釈できますが、実際のところ冷静に学校教育を観察すればこのように感じるのはむしろ健全であると私は感じます。

私も大体同じように大学でドロップアウトしているので、ハンスには並々ならぬ共感を持ちました。これは通勤電車の中で読んだのですが、中盤で彼が病んでいくシーンはあまりに共感し過ぎて昔が思い出され、町中ボーっとしながら会社に向かい帰宅途中も抜け殻のようになりながら歩いていました。

精神病は外から見ると美しく見えます。無垢な人間が蹂躙されて可哀想可哀想!すてきキャー!ヴィジュアル系バンドに病んだ系の演出が多いのも分かります。でも当人にとっては単に何もかも投げ槍になっているだけなのです。防衛反応として気持ちや感情にシャッターをして、安全な心のプールの中にふよふよ浮いていたくなってしまうにすぎません。さっさと出てこなきゃダメ。

まだ彼が神学校を受ける前の序盤のシーンから引用します。勉強に疲れたハンスが寝るだけの場面なのですが鼻血が出そうなほど美しいです。

今もまた彼は、この狭い部屋には自由な、清々しい大気がこもっているかのようにほっと一息して、ベッドの上へ腰を下ろし、夢想と希望と予感のうちに数時間をぼんやり過した。明るい眼蓋が徐々に大きな勉強に疲れた目の上へ落ちかかって、それがもう一度開いて瞬きし、ふたたび閉ざされた。蒼白い子供の顔が痩せた肩へ落ちて、細い腕は疲れて伸びた。彼は服を付けたまま眠り込んだのである。そして、母親のように優しいまどろみの手は、落ちつかぬ子供の胸の波を沈め、美しい額の、小さな皺をかき消した。

秋山六郎兵衛さんによる訳はおそらくマイナーです。amazonでは高橋健二さんの訳がトップに来ますね。どちらの訳が優れているのかはわかりませんが秋山さんの訳は簡潔かつ美しく、私はとても気に入りました。

 

 

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