書籍レビュー: ソローを取り込みたい『作家たちの秘密: 自閉症スペクトラムが創作に与えた影響』 著: ジュリー・ブラウン

★★★★★(*´﹃`*)

あの作家は自閉症スペクトラムなのか

自閉症スペクトラムの疑いがある、もしくは診断を受けた作家について分析した本です。著者のジュリー・ブラウンさんはアメリカのライティングの教師で、あまり有名な人ではないようで、米amazonでも探すのに苦労する本です。よくこの本を発掘できたなぁ。

本書で大きなトピックとして取り上げられている作家は次の8名です。

  • ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805-1875)
  • ヘンリー・デイビッド・ソロー(1817-1862)
  • ハーマン・メルヴィル(1819-1891)
  • エミリー・エリザベス・ディキンソン(1830-1886)
  • ルイス・キャロル(1832-1898)
  • ウィリアム・バトラー・イェイツ(1865-1939)
  • シャーウッド・アンダーソン(1876-1941)
  • オーパル・ウィットリー(1897-1992)

アンデルセン(童話)、ソロー(森の生活)、メルヴィル(白鯨)、キャロル(不思議の国のアリス)は有名ですね。もちろん彼らが自閉症スペクトラムなんて知りませんでしたが。ウィットリー以外は全員著作権切れの作家ですので、原文がネット上で全文公開されてて私たちでも根性出せば読める環境にあります。

著者によれば、彼らに共通する創作の特徴をまとめると次の通りです。

  1. 感覚的な障害やコミュニケーションに難があることがかえって作品に独自性を与えている。
  2. 考え方が固定的で柔軟性を書く。自己満足的で伝わりにくい。原稿が汚い。
  3. 表層的、象徴的な物語が得意。人間心理を深く追求する作品は苦手。
  4. 脈絡のない展開をする物語や散発的な出来事を描く短編小説は得意。大きな筋の通った長編小説は苦手。

正直なところ、欠点だらけにしか見えません。4の最たるものは「不思議の国のアリス」でしょう。私はまだ読んだことはないのですが。この作品のように脈絡が無かったりして不条理なのが実際の人間社会なのであるという筆者の主張にも頷くところはあります。

巧みな語り口というもののない自閉症の人々の作品は、実はより現実的なのだと示唆しているようでもあります。彼らの物語は、より偶発的だからこそ、よりリアルなのです。

1のような独自性によって彼らは偉大な作家となりえたのだし、2、3のようなことは他の作家にも言えることで個性の一つです。

ソローの食事

個々の作家で一番驚いたのは以前から気になっているソローでした。それは代表作「森の生活」について分析している一説でした。ここはそれ自体興味深い記述なのですが、私が気になったのは彼の作家性とあまり関係のない1点です。少々長いですが引用します。

ソーンとグレーソンによれば、アスペルガー症候群の人のストレスが制御不能なレベルに達すると、ある一定の言動が表面化していきます。『森の生活』は、ソローが不安の対処法として、どんな言動をしてきたかを示す一覧表とも読めます。

  • 関心の領域が狭く、一定の事象や習慣、もしくはその両方に固執する(ウォールデン湖、自然、読書、執筆)
  • ある一定のやり方で、物事や出来事を表現させようとする(自分の望むような家を建てる、毎日のスケジュールを思いのままにたてる)
  • 何かするための自分のルールを決める(すべてのことを自分でやり、助けを求めない)
  • 同じ事を何度も何度もするのを好む(起床、水泳、食事、労働、散歩、睡眠)
  • 限られた食べ物しか食べない(ニンジン、米、豆、ジャガイモ
  • 大きな音と人ごみをひどく嫌う(静寂の森で過ごすことを選択する)
  • 無駄な労力を使わず、努力も最低限にして、どうしてもやりたい活動だけに集中する(ウォールデンでやりたいことだけに没頭する)

そう、食べ物です。

私が最近リサーチしている理想のコストパフォーマンス高の食物と完全に一致しているのです。。


ジャガイモは調理が必要ですがビタミンCが豊富でそれなりにエネルギーも含み常温保存可能という優秀な食材です。調理可能な環境であれば、コメと豆で賄えないビタミン類の補給源は安くて保存も効くニンジンとジャガイモで決まりだな、と考えていた所だったので本当に衝撃でした。また、上に箇条書きで書いたことはすべて今私が考えている理想と合致しますので彼の著作は全部読み漁りたい、それもできるだけ原文で、という熱意が湧き上がってきました。

ここに注釈付きの原文すべてが置いてあるようです。暗記してしまいたいくらいです。膨大な関連記事もあります。やはりコアなファンが沢山いるようですね。

孤独の嗜好と理解の渇望

私は少し前まで自閉症スペクトラムに寄りかかった自意識を作ることを拒否していました。私は私であってラベリングしたって何の意味もないと思っていました。しかしいざ関連本を読み始めてみるとあまりにも共感できることが多すぎて面食らっています。ネット上では自閉症スペクトラム同士の連帯が出来つつあり、民族自決並みのアイデンティティがコミュニティの中で生まれつつあります。私はまだこのような展開に対して抵抗があります。自分の独自性が、自閉症スペクトラムというラベルに吸い取られてしまうような気がするからです。自分が自閉症スペクトラムなのか、自閉症スペクトラムが自分なのか分からなくなるのが怖いのです。それはデブとかハゲとか出っ歯とか(マイナスの意味を植え付けられている言葉ばかりですが、私はマイナスだと思っていません)いう自分の一特性にすぎないのに、自分がそのラベリングそのものに抽象化されてしまうのは嫌です。でも特性そのものについては、もっともっと知りたいし、twitterやブログでも同種の障害を持つ人のことはフォローしてしまいます。感情は相反します。

著者がソローについて、全く同じ点を指摘しています。彼は一貫して孤独を好みますが、一方で自分について知ってほしいという願望も読み取ることができるというのです。確かに「森の生活」を出版したこと自体がそうです。私がブログ上で文章を書くのもそうなのです。次の記述は孤独と理解を求めることとの対立をよく表しています。

ソローはひとりの生活という自分の嗜好を、独立独歩の高貴な哲学から生まれた発想だと主張しています。が、ソローが結核になり、人生の終わりを両親の家で迎えようとしていたとき、ソローの心は世界中から好意を注いでくれた人々のおかげで安らぎを得ました。妹のソフィアはこう言っています。「友人や近所の人々が自分を気にかけてくれたことに、彼はとても感動していました。人々に対して随分違った感情を持つようになり、もし自分が(こんなに人々が気にかけてくれるものだと)知っていたら、よそよそしい態度など取らなかったのにと言っていました」

 

なんだかソローの話ばっかりになってしまいましたが、他にも「自己同一性拡散」に悩まされるオーパル・ウィットリーの話や、「ひどい狂気は、このうえない正気」と主張して自己愛を突き詰めざるを得なかったエミリー・ディキンソンの話、一般人は抽象から具象に進むが自閉症スペクトラム者は具象から抽象へ進む、、などなど興味深い話に溢れた一冊でした。おすすめです。

当然のこと、日本文学者や思想家にも自閉症の疑いがある人間は沢山いると思います。研究している人がいたら文章を読んでみたいですね。

 

 

関連書籍

いっぱいあります。

 

 まずこれ

アスペルガー症候群の天才たち―自閉症と創造性

アスペルガー症候群の天才たち―自閉症と創造性

 

 

 アンデルセン

完訳アンデルセン童話集 1 (岩波文庫 赤 740-1)

完訳アンデルセン童話集 1 (岩波文庫 赤 740-1)

 

 

 ソロー

市民の反抗―他五篇 (岩波文庫)

市民の反抗―他五篇 (岩波文庫)

 

 

メルヴィル そういえば放送大学でこの作品について中間レポートを書きました。偶然とは思えません。

書記バートルビー/漂流船 (古典新訳文庫)

書記バートルビー/漂流船 (古典新訳文庫)

 

 

 アンダーソン

ワインズバーグ・オハイオ (講談社文芸文庫)

ワインズバーグ・オハイオ (講談社文芸文庫)

 

 

そのほか関連人物

ダニエル・タメット自伝

ぼくには数字が風景に見える (講談社文庫)

ぼくには数字が風景に見える (講談社文庫)

 

 

テンプル・グランディン自伝

我、自閉症に生まれて

我、自閉症に生まれて

  • 作者: テンプルグランディン,マーガレット・M.スカリアーノ,Temple Grandin,Margaret M. Scariano,カニングハム久子
  • 出版社/メーカー: 学研
  • 発売日: 1994/03
  • メディア: 単行本
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ジェイムズ・ジョイスも自閉症スペクトラムだったそうです。

ユリシーズ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

ユリシーズ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

 

 

 


振り返り1 ~小4

前回記事

私が自分について知っていることは、断片的な記憶の集合体です。ふつう自己像というものは脊髄の通った太いストーリーがあって、そこに個々のエピソードがぶら下がっている物だと考えます。発達心理学の分野では「~期」のように自己他者の認識と言ったいわば哲学的な能力が発展していくモデルが作られていて(うろ覚えです)あたかも個々人はその能力を言語化したり自己認識したりして自己を確立していくように描かれています。

しかし私の自己像はいくつかの出来事がバラバラに散りばめられている点描のようなイメージです。それはおそらく、私にアイデンティティというものが長らく存在しなかったことを示しています。私の自己同一性がやっと確立したのはごく最近のこと、今年に入ってからです。生まれてから30年以上たっています。8年前についたアスペルガー症候群という診断すら私に基礎杭を打ち込むものとはなりませんでした。

これから私が行いたいのは、バラバラな記憶を統合するストーリー、物語の構築です。当時の自分に出来事の意味づけを行う能力が無かったのは仕方のないことです。ないものはない。今もあるかどうかは分かりません。できるだけのことは行いたいものです。個人や土地が特定できそうな記述はなるべくぼかしますが目的を達成するために効果と天秤にかけてぼかさないこともします。

~幼稚園

私は名古屋から電車で1時間程度のとある郊外で育ちました。駅からはかなり離れており車がないと生活できない典型的な田舎です。山脈が近く田園風景が広がっていて自然はありますが、ファミコン時代に生まれましたので、自然と触れ合う機会はほとんどなく友達とゲームばかりして過ごしました。今考えると非常にもったいない。

私は2kgちょいという低体重で生まれました。今までの経験上低体重で生まれた人間は思考に偏りがあることが多いです。身内でも私より偏りがある人間に実父(2kg弱)と義母(1kg弱)がいます。

小学生よりも前の記憶はほとんどありません。私が育った土地は小学校に保育園と幼稚園が隣接しており、公立の保育園→幼稚園→小学校がエスカレーターという謎の仕組みでした。幼稚園はプレ小学校という意味合いで、1年間の年長組しか存在しませんでした。関東に出た後に保育園と幼稚園が並立する存在だと知り驚きました。

保育園にも幼稚園にも通いました。保育園の記憶は園庭を除き0です。幼稚園だけ若干覚えています。それも嫌なことだけ。それは学芸発表会という園児の発展を願う名目で教師と親の満足のために行われる会のことです。

発表会では劇を上演します。覚えている限り2回上演しました。私は極度の内気のため、セリフを言うことができませんでした。1回目の劇ではタヌキの役で2言セリフを言うだけなのですが、どうしても言えません。1対1で会話をすることはできますが、人前で何かを話すということはたとえそれが用意されたセリフであっても不可能でした。今でもその残渣は残っています。結局、タヌキを3人用意して同時に台詞を言うという対処にしてもらって(してもらったのか人が余ったから途中で増えたのか忘れました)何とか乗り切ることができましたが、数少ない記憶の1つがこれでしたので相当嫌だったと考えられます。2回目の劇はピラニアの役で、「僕はピラニアだ」と言うだけの役でしたがこの1言をいうのさえもとてつもない負担だったことを記憶していますのでやっぱりめちゃんこ嫌だったようです。発表会なんて滅べばいい。

内気とは自意識過大によるものだと考えます。他人の前で失敗するのではないかと恐れることは自分の自己イメージを崩したくないという考えから生じるからです。人にどう思われようとかまわないという意識があれば他人に対してどのような振る舞いをしようと気にすることではありません。私は当時大きな自己イメージへのこだわりがあったのかもしれません。

ここまで書いて1対1の会話では全く内気ではなかったことを思い出しました。対人関係で恥をかいたような記憶が全くないからです。むしろ恥という概念が無かったと思われます。では内気ではなかったのでしょうか。的外れ?

こうも考えられます。舞台上で台詞を言うときの環境は日常生活と異なります。しんとした環境の中で言葉を発するのは一人だけ、しかもその一人に全員が注目するという異常な状態です。あれに耐えられなかったのかもしれません。もしそうなら特別なことではありませんね。ただし「人前で何かが言えた」ような達成感は全くなく、嫌な感情だけが残っていますので後々プラスになることは全くありませんでした。

小学校1~4年

そのまま幼稚園の隣にある公立の小学校に進みました。4年生までの記憶は断片的にしかありません。特に学校生活は印象が薄く、覚えていることといったら時計くらいです。

小学校に限らず学校では時計に従って行動します。小学校の時計はすべてアナログ式で、時刻が来るとチャイムが鳴ります。45分授業が基本で、

朝の会8:40、1限目は8:50~9:35

10分休んで2限が9:45~10:20

20分休んで3限が10:40~11:25

10分休んで4限が11:35~12:20

給食が13:00まで

20分休んで5限が13:00~13:45

6限が13:55~14:30

20分掃除して10分帰りの会、15:00に下校でした。

ときどき短縮授業と言って40分授業になることがありました。下校は14:30です。

6年間すべて同じタイムスケジュールで過ごしたため、今でもその時間を暗記しています(覚えていて驚きました)し、どの時刻をとっても何らかの感覚が残っています。特に10:20~40の間の20分休みは最も遊べる時間だったため、10:20のあの直線からちょっと曲がった角度には少々思い入れがあり、いまでも10:20くらいのアナログ時計を見るとちょっとした感慨が現れます。授業中は時計をしょっちゅう見ていたということですから授業がつまらなかったのか単に時計が好きだったのかどちらかだと思います。想像でしかものを言えないのは、当時感情が動いていなかったからでしょう。

Clock 10:20

http://etc.usf.edu/clipart/34200/34214/nclock-10-20_34214.htm

画像、探せばあるものですね。

そういえば学校の時計は1分刻みで進み、分針が時刻ちょうどになって3秒たってからチャイムが鳴ることも思い出しました。授業内容は全く覚えていません。

 

もう一つ覚えていることがあります。私は7歳の時手術をしました。扁桃腺が腫れやすくしょっちゅう40度代の熱を出すので、地元の医師に薦められ(?)、自宅から15kmくらい離れた県中心地の公立病院に1週間入院し、扁桃腺を切除しました。その時同室になった同年代の女の子がいましたが私はその子からゲームボーイを借りてひたすら遊んでいただけで何らか会話をすることはありませんでした。私はその子より後で入院し、先に退院しました。何の病気だったのか知りません。ゲームボーイしか記憶がないというのはまずいですね。

この手術は必要なかったと思っています。扁桃腺がないため高熱は出にくくなりましたが、ブロックする構造が無くなり風邪をひきやすくなりました。今でも電車で口を開けようものなら大体風邪をひきます。

 

4年生というとスーファミが出たばっかの頃ですのでやはりゲーム漬けでした。父がゲームをすることもあり私は3歳のときからファミコンで遊んでいました。

そういえばRPGをプレイすることができませんでした。RPGというのは、マップを歩いていると画面がフラッシュしたり突然大きな音が鳴ることで敵とエンカウントします。これがだめでした。寝室の時計の音が気になるので必ず頭に布団を被って寝るくらいの聴覚過敏でしたので、突然大きな視覚聴覚刺激が起きることに耐えられず、傍らに誰か人間がいて喋りながらでないとどうしてもRPGをプレイできませんでした。これは16歳くらいになって過敏が収まるまで続きました。特にFF5は画面が拡大してしかも大きな音が鳴るので最悪です。スーファミ版ドラクエ3だけは例外で、音は小さくしかも画面が左右にブラックアウトするだけですのでこれはプレイできました。

 

やはりバラバラな話になってしまいました。5年生より後はある程度記憶があり、今まで続くストーリーと結び付けやすそうな気がします。そろそろ時間切れなので、また来週書いていこうと思います。

 

次記事


外出時に食費を削れるか

たとえば1泊の小旅行をするとします。すると当然外食しなければいけません。

外食はエネルギー/コスト比が著しく低い上に脂肪分依存度が高くなりがちであることは以前調べた通りです。1日の必要熱量2000kcalを摂取しようと思うと1日3食で1500~2000円はかかるでしょう。

そこで外出時もドラッグストアやスーパーを活用すれば安くて栄養価が高い食事を摂ることができるのではないかと考えました。純観光地ではなく人間が生活している場所なら、この2つは全国どこにでもあるという大きな利点もあります。

外出時の制約と対策

外出時の制限は

  • 調理できない
  • 冷蔵庫が無い
  • ストックできない

です。保存性のないものは基本的に買ったらすぐ食べなければいけません。

主食は食パンです。すぐに腐るものではないし、近所にあるドラッグストアの見切り品を買えば2斤126円、普通のスーパーなら200円、最悪コンビニでも250円で約1900kcalの栄養を賄うことができ、それなりに栄養価もあるためこれだけ食べれば1日楽勝で生きることができます。脂肪依存度もミラノ風ドリアの1/3で済みます。

食パン – カロリー計算/栄養成分 | カロリーSlism

小麦より米?パンよりごはんがオススメな理由は「アミノ酸スコア」にあり : タニタ運営[からだカルテ]

しかしパンだけでは栄養不足です。具体的にはビタミンA、B12、C、ヨウ素が不足します。また小麦はアミノ酸スコアが37と非常に低いため、2斤で66gのタンパク質が実質25g分にしかなりません。アミノ酸であるリジンが少ないことが問題です。これらを補う必要があります。実は玄米もリジンが少なくスコア68と判明したため、以前計算したベストミックスを見直す必要がありそうです。

ビタミンとタンパク質をどう補うか?

ビタミンB12とヨウ素は海苔を食パンに挟んで食べることで解決します。美味しい上に安価です。海苔は軽くて保存性もよいので家から持っていってもいいでしょう。ビタミンCは、みかん・柿・キウイあたりが手ごろです。ピーマンでもよし。ビタミンAはなんといっても人参。ピーマンも人参も生で食べられるそうですのでそのままかじりついてしまいましょう。土がついているのを洗わなければいけませんがこれはそこら辺の公園で十分でしょう。水を汲んでいる人もいるくらいだし。みかんと人参もそこそこ保存性があるので、家のストックを持っていってもかまわないと思います。

タンパク質は豆製品・牛乳・卵が安価で優れています。チーズなどの乳製品は美味しいし食べやすいですが高いのが欠点です。最も安価な製品は以前コメント欄で紹介してもらった「おから」です。次点は納豆。豆腐も悪くないですがどこで食べるんだよという大問題があります。おからもちょっと苦しい。牛乳は外出時に1リットルパックを持ち歩くのが辛いという欠点がありますので、1リットルとほとんど変わらない値段の500mlを泣く泣く買うしかありません。卵は通常は10個パック単位ですからロッキーの真似でもしない限り現実的ではないでしょう。以上を総合すると牛乳と納豆の組み合わせがよさそうです。納豆は臭いが欠点ですので密集地は避けましょう。スーパーで割り箸を貰いましょう。

結果、1日当たりのコストは?

これらを全部そろえるといくらになるでしょうか。

値段調査は近くのスーパー、ドラッグストアおよびSEIYUネットスーパーで行いました。

食パン1斤 950kcal 有効タンパク12.4g 63~150円

牛乳500ml 335kcal 有効タンパク16.5g 130円

納豆(3パックのやつ) 300kcal 有効タンパク21.3g 64~100円

焼き海苔 大7枚100円 1枚当たり14円

みかん 1袋10個くらい 300円 1個34kcal

柿 1個70円 100kcal

キウイ 1個100円 46kcal

人参 1本50円 54kcal

ピーマン 1袋8個ぐらい102円 1個6kcal

例えば1日分は少し高く見積もってこんな感じになります。

食パン1斤 950kcal 100円

牛乳500ml 335kcal 130円

納豆3パック 300kcal 100円

焼き海苔1枚 14円

みかん3個 100円 102kcal

人参1本 50円 54kcal

—–

最低限プラン 494円 1741kcal 有効タンパク50.2g

お腹いっぱいプラン 食パン1.5斤に増量 544円 2215kcal 有効タンパク56.4g

調理不可能でも1日500円くらいで十分栄養豊富になるもんですね。食パンが激安ならば500円を切ります。これは冷蔵庫も調理器具もない時の非常用食料プランとして使えそうです。弁当を買うくらいならこれだけ揃えて1日で食べきった方がましです。スーパー1軒で全部揃うのも利点です。

課題と発展:自作弁当を導入できるのでは?

1食分のみ家でおにぎりを作って持っていくという手があります。3食分持っていくのは重量と保存性の問題があるため不可能ですので、1食分だけでもおにぎりを投入すればもう少しコストが減らせそうに思えます。コメと豆が使えるのは利点です。納豆の代わりに炒り豆作って持っていってもいいわけですし。いずれ検討します。

また、さらっと書きましたが人参・ピーマンは本当に生でそのまんま食べられるのか?という疑問もあります。理論的には問題ないそうですが味については食べたことがないので未体験ゾーンです。後日、スーパーで1本買いして実際に食べてみようと思います。